お気に召しましたか?
「先日は大変ご迷惑を…」
「本当ですね。やけ酒はいいけど、急に寝るからどうしようかと思いました」
「う」
「何しても起きないし」
「ぐ」
「ボトル半分残ってたのに」
「申し訳ございません…」
そんなことを言う癖に、秋は飲み代とタクシー代を受け取ってはくれなかった。
ランチを奢るのじゃ安い気がするし、飲みで失敗したのにまた飲みに誘うのも気が引ける。
好きな食べ物も…甘いものが好きなのはわかるけど、何が一番好きなのかわからない。
ちょっと悩んだ結果、こうなったのだ。聞こう。と。
「なんかお礼させて欲しいんだけど、何がいい?」
お詫び、と言ったら秋は受け取らない気がした。長年の付き合いでなんとなく。
「何でもいいんですか?」
ちょっと考えて、秋はそう聞き返した。
当たり。
「内容によるわよ!ひとまず言ってみて。」
「んー、じゃあーーー」
◇◆◇
「よかったの?夏服選んで欲しいなんて」
待ち合わせしたショッピングモールで、回りたいお店を掲示板でチェックし、お目当てのお店に歩きながらあたしは聞いた。
「はい。夏服毎年悩むので、麗さんのセンスでかっこいいの選んでください」
「またまたー。おしゃれさんってうちのスタッフも言ってたよ。」
彼女いるんですかねぇ?とも。
そういえば、今は彼女いるのかしら。たまに彼女ができた話も聞くが、惚気話を引き出そうとしてもあまり話してくれないし、長続きしないようだった。
「ふーん。でも今日は僕を麗さん色に染めてくださいね」
「何バカなこと言ってんの。そんなこと言われたらほんとに好きに選ぶよ?手加減しないよ!」
「お願いしまーす」
「ねぇねぇ早速だけどこれ着てみて。この色似合うと思うの!」
「へぇ、あんまり着たことないですこういうの」
似合いそうと思っていたジャケットや、流行りのシャツを次々に渡して行く。
秋は言われるがまま試着して見せてくれた。
「うーん、それよりこっちかなぁ?これは秋持ってるグレーのズボンに合わせて欲しい」
「ああ、デニムにも合うから着回しやすそうですね。」
久しぶりだ、こういうの。
秋はセンスがいい。
でもたまに、違う人の意見聞くといいよね。わかるわかる。
2人であーだこーだ言いながらコーディネートしていく。
「わー似合う!かっこいい!」
「……そりゃどうも。」
「背高いといいねぇ」
お礼と言いつつ、ちょっと楽しみにしていたのだ。
レディースのフロアは妹たちや友達とも来るが、メンズのフロアをじっくり見る機会は最近なかった。あたしもメンズの服はたまに着るけれど限られるし、メンズは男性が着るものを選ぶのがやっぱり楽しい。
元彼はこういうの、嫌がったしなぁ。
お腹も空いたが食べてる時間がもったいなくて、サクッとファストフード店でハンバーガーを食べて後半戦。
デートみたい。…いやいや、相手は秋だし。
ただ、ワイドパンツにヒールというコーデで来たのを少し後悔している。
一目惚れした白の編み上げのヒールのあるサンダルで、白のシャツ、グリーンのワイドパンツに合わせたら可愛いと思ったのだ。
帰るだけだから、我慢するかぁと思った頃。
「麗さん、足何かしました?」
「え?うん、さっき人とぶつかりそうになったときにちょっと捻って」
「そういうのすぐ言ってください」
秋は少し強引に、でもゆっくりと、あたしの手を引いてエスカレーター横の椅子に座らせた。
「別にこれくらい」
「いいからここで動かず待っててくださいね」
目で追っていたのに、すぐに秋は人混みに見えなくなった。
ヒールで足を捻るなんて日常茶飯事だ。最近はそんなに捻らなくはなったが。
捻っても気取られないように歩くのだって得意なのに、なんでバレたのだろう。
「麗さん」
すぐに戻ってきた秋は、ドラッグストアの袋と靴屋の袋を手に持っていた。
「え」
秋はあたしのサンダルを脱がせて、湿布の封を切ると、あたしの足首に湿布を貼ってくれた。
「我慢してくださいね。パンツスタイルだから、変じゃないとは思いますけど」
「お、大袈裟…」
そして靴下を履かせると、紐を緩めた白と黒のスニーカーをスポッと履かせてくれた。ぴったりだ。
「え、なんで」
「よかった。」
びっくりした。
それはもう、いろいろ。
サラリとそんなことするから、王子なんて呼ばれるのよとぼんやりと思ってしまった。
だから、言うつもりはなかったのにポロリと思ったことがそのままこぼれてしまった。
「…シンデレラみたい…」
慌てて両手で口を押さえたところで言葉は戻らない。
顔が燃えるように赤くなるのを感じた。
はしゃいでテンション上げすぎて、気が緩んでいたんだと思う。
いつもならこんな失態、しないのに。
秋が。秋がらしくないことするからぁ!!!
できることなら取り消したい。恥ずかしい、泣きそう。いっそ消えたい。
それなのに、
「お気に召しましたか?シンデレラ」
秋はバカにすることもなしれっとくそんなことを宣った。
長い前髪が邪魔してどんな顔をしているのかわからないが、唇は楽しそうに弧を描いている。
紐をまた少しずつ戻していって、しっかり蝶結びにしてくれた。
「なっ、なんで靴のサイズ」
「ああ、コンクールのときに死ぬほど一緒に探し回ったじゃないですか。サイズは変わってないかなって。大人だし」
あった。そんなこともあった。でも、何年前よ。
しかも、あたしが気に入ってよく履いているメーカーのスニーカー。
ーーーなんで、知ってるの。
たまたま。きっとたまたまだ。
だってどこにでもある有名なメーカーだ、し。
ドクドクと心臓が変な音を立てている。
「キツくないですか?痛くない?歩けます?」
「…だいじょぶ」
そんなに痛くないのに。もう帰るだけなのに。
どうしよう。
嬉しい。
秋はあたしのそんな気持ちを知ってか知らずか、
「行きましょうか、お姫様?」
まるで王子様みたいにあたしの手を取って、あたしを立たせた。
頬が、熱い。
心臓がまだドクドクいっている。
「ワッフル食べたいんですよねー。この時間なら空いてますかね」
「あ、あー、いいね、ワッフル。小腹空いたよね」
すぐに離れたその手を、骨ばった大きい手を、もう少しにぎっていたかった、なんて。