6 メジロとチワ
機部佐平がメジロになった後、山寺でちより姫の世話を焼きながら軟禁生活をしていた。
六蜜の上層部、おそらく湯縞家で協議されちより姫とメジロの処遇が決まった。
ちより姫は本来、珂縞家唯一の生き残り、正当な後継者として保護する必要があるが、姫として保護すると様々な問題が発生する。
富貴嶋家を背景にした玄今家の現当主、永登がちより姫の身柄引き渡しを求めるだろう。場合によっては玄今との戦が始まる。
今回の件で精神的に視力を失い、不安定になったちより姫はそれに耐えられるかわからない。
ちより姫のことはこのまま身投げ自殺をしたものとしておいた方がいい。
その結果、チワと呼ばれる盲目の少女として六蜜が現在任されている茶屋で預かることになる。さすがに姫が茶屋で見世物の芸人になっているなど思わないだろう。
そしてメジロについてであるが、本邦の大賀の里の忍びで信用がない。
しかし、命令違反でちより姫を湯縞領に運んだこと、メジロの存在がちより姫の精神を安定させることを考えると処分できない。
監視下のもとチワの世話人、護衛として傍にいるようにと命令を下された。
チワはメジロの正体を知らない。
本物のメジロ、才川芽二郎はもうこの世にいないということも知らない。
知ってしまったら彼女の精神は崩壊してしまうかもしれない。
秘密は明かさないことと厳命された。
目付は六蜜、今はお六という名であるが、彼女が行うことになる。そして六平太も茶屋で様子を観察することになった。
もし、メジロに不審な点があれば処分する。
そう判断された。
メジロはいつかチワにばれるんじゃないかと心配になった。
幸い芽二郎の母は本邦の生まれで訛りもそこまで酷くなかったようだ。
話し方に関しても父の小姓になる前は幼馴染として距離が近く言葉もくだけていたようだ。
チワとメジロの思い出を知らないことに関しては、玄今に嬲り殺されかけたときに記憶を欠損してしまったということにしている。
チワの存在だけ何とか思い出し、彼女を追いかけたというシナリオとなった。
チワはメジロの記憶障害を信じて、時々思い出話をするときは詳し目に語り掛けてくれる。
その時の彼女の表情はとても好きである。
だけど、彼女の紡ぐ思い出には自分はいない。
当然のこととはいえ、それが苦しい。
メジロは五年間、チワをだまし続け、チワの為のメジロを演じ続けている。
苦しいが、実はいうと嫌ではなかった。
むしろ彼女の傍にいられて喜びさえする。
正直、殺されると思っていた。殺されなかったとしても、湯縞に飼い殺しにされ彼女の傍にいることはできないと思っていた。
きっと自分は本物のメジロ、才川芽二郎に呪われるだろう。
湯茶本舗の建物に入ると、まだ片付けていない厨の状況をみて深くため息をついた。
明日の下ごしらえもしないといけない。
片付けながら、メジロは明日の準備も同時にしていた。
「メジロ」
チワはひょこっと顔を出して来た。
「まだ寝ていないのか?」
何だかチワはいつもより不機嫌そうにみえる。
「もう、メジロはいつも夜遅くまで外にいるなって言っているのに」
チワは夜遅くに帰ってきたことに怒っていた。
「すっごく心配したんだよ」
「そうか。それは悪かった」
そうだよとじとっと睨んでくる。目は朧気で見えないはずだが、メジロのいる場所へ焦点をあてようとする。
「ご飯、冷めちゃったよ」
「大丈夫だ。食べられるから」
団子汁の団子は少し水を吸ってふやけてしまったようだ。それでも食べられなくない。
メジロは残りの汁をすすいだ。
チワはじっとメジロの傍を離れない。今日はやけに近い。
やっぱり故郷の噂話を聞いて不安なのだろう。
「今日会った人は、珂縞領の人?」
「いや、仕事で知り合った奴だ」
また嘘をつく。珂縞の状況を知っている者で、チワの旧知。
だが、チワが知る必要はない。
「メジロ」
チワはぽすっとメジロの肩に身を寄りかかった。
ああ、何て無防備にしているんだ。
そう思うがメジロはチワのこの行為を嬉しく感じていた。
「メジロ、無理しないでね」
「無理はしていない」
「うん、ありがとう」
チワは静かにそう呟きそのまま眠りについてしまった。食事を済ませたメジロはチワの体を抱き上げて、彼女の部屋へと運び込む。布団の中に入れてぽすぽすと胸を叩いてやる。
ああ、愛しい。
メジロはそう思いながらチワの寝顔を眺める。
俺はきっとこの子の為なら何でもするだろう。俺の愛しいお姫様。
決して表には出さない感情をチワは深くかみしめていた。