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メジロとチワ  作者: ariya
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5 嘘のはじまり

 大賀の里に拾われた機部佐平は忍びとして育てられた。

 仕事を問題なくこなし、里の長からの期待も高く、機部の姓を名乗ることを許された。


 これは大賀の里の創始者の氏であり、与えられることは特別な意味を持っていた。いずれは幹部にと期待される男だったのだ。

 大賀の里は本邦の全てを手に入れた富貴嶋家につくことを選んだ。当然佐平もこれに従う。

 既に本邦の大部分を手に入れた富貴嶋は家臣を派遣し、玖邦に介入することになった。

 一番本邦から近い珂縞家がまず標的になる。

 彼らは巧みに誘導し、珂縞家は領地を玄今に譲り別の島邦へ移るようにと言われる。

 500年も守ってきた領地を手放せとは認められることではなく、彼らは挙兵する。


 玄今はすぐにこれを制圧するつもりであったが、珂縞家は土地勘の優れたゲリラ戦により大きな打撃を受けた。

 長く続けば続くだけよくないと観念した玄今は和議を申し立てた。


 珂縞家が最低限の富貴嶋の要求をのめば、領地は安堵するという約束である。

 その条約の確認をするために一時休戦、珂縞家の棟梁を城へと案内した。


 それが罠とも知らず珂縞家の棟梁はおびき寄せられた。


 玄今家は珂縞の棟梁を狭い空間に閉じ込め、嬲り殺しにした。

 城外で待機していた家臣たちも同時期に嬲り殺された。


 これを聞いた棟梁夫人は屋敷に火を放ち自害した。

 他家へ使者として参っていた嫡男も帰路の途中に殺された。

 生き残った子や家臣一家も捕らえて処刑をしていった。

 一族の禍根を残さない為に根絶やしにする予定であった。


 そしてまだ生きているとされるちより姫を探し出した。

 佐平の任務は彼女であった。

 ちより姫を探し出し、玄今家の手で処刑する。


 のちに姫滝と呼ばれる場所まで追いつめた時、女人が身投げした。

 姫の恰好した女人で、佐平と共に行動を共にしていた追手はみな落ちた女人へと向かった。


 佐平だけはそこから動かず、女性が身投げをする前にいた吊り橋をみた。

 その上で残されている娘がいたのがわかった。

 佐平は上の方へと走った。

 彼の目は優れており、遠目であってもわかった。


 今落ちたのは姫の恰好をした姫よりも年かさの女性だ。


 身代わりだ。

 となれば、残された娘の方が姫であろう。


 佐平は吊り橋の上で倒れる少女をみた。

 彼女は小刀で自身の首を切り自害を図った後であった。


 できれば生きた状態で確保したい。

 玄今からの命令であった。


 生きた状態で姫を処刑したい。

 領民に領主一族が滅んだことを実感させるために。


 首に触れるが、そこまで深く切っていなかった。

 圧迫をひたすらすれば問題なく止血できるかもしれない。

 刃物に馴れない姫で良かった。


 顔をみて佐平は息をのんだ。

 青白い肌に震える唇、あまりに儚く、あまりに美しい少女であった。

 佐平は思わずその姿に見とれてしまう。


「おい、姫さま」


 すぐに首を横に振り彼女の意識を確認した。

 彼女は佐平の声を聞き、瞼を開いた。


「メ、ジロ?」


 彼女の声から喜びの色が読み取れた。

 自分ではない名を紡ぐ声に佐平はしびれてしまい、しばらく動けなかった。

 ほほ笑む彼女は弱弱しく腕をあげて佐平の顔に触れた。


「ああ、メジロ。生きていたのね。……ごめんなさい。私は死ぬわ。でも、あなたは生きて」


 何を言っているのだ。

 メジロとは誰のことだ。

 ちより姫はまた瞼を閉ざした。


 このまま手当をしながら玄今の元へ運ばなければ。

 そう思った。それが彼の任務なのだ。


 だが、気づけば佐平はちより姫を反対側へと運んでいた。

 滝の下にいる者たちが身投げした女に夢中になっている間に。


 彼女を運び、山の中を駆け巡った。

 ちより姫が向かおうとした珂縞領から西の方角ではない。

 南の方へと。

 山の中でもだいたいの地理は把握していた。


 ちより姫の首を圧迫止血を繰り返しながら、頭に叩き込んだ地図を思い出しながら道を歩き続けた。


 そして湯縞領へとたどり着いた。

 玖邦五家のひとつ。

 珂縞よりもずっと勢力の大きい場所である。

 ここであれば玄今も簡単に追手を差し向けられないだろう。


 そして、湯縞家であればちより姫を守ってくれるかもしれない。

 珂縞家の棟梁の母は湯縞家の縁の者だ。


 3日かけ、ようやく湯縞領近くの山寺で休むことができた。

 ちより姫は酷い熱病におかされていて、寺の僧侶に部屋を用意してもらった。

 姫の看病をしながら佐平は文を書いた。

 近くの色町にいる遊女・六蜜へあてた文であった。


 実は佐平は以前、この色町を訪れたことがあった。

 湯縞の忍びだろうと感づいたあの遊女に情報を流し込む。


 六蜜にあてた文が本人に届けられないかもしれない。

 だが、ちより姫を助けられる存在が他に考えられる方法が見当たらなかった。

 黒今家に預けられればちより姫は処刑される。

 富貴嶋家の範囲で助けを求めても結果は同じであろう。

 玄今家の主家である富貴嶋家の現当主は冷酷な君主であった。

 今回の珂縞家滅亡は彼の命令によるものだ。それに10年以上前に起きた戦にて敵兵を根絶やしにした。女子供関係なく、容赦なく処刑し、その残骸を畜生穴と呼ばれる奈落へと捨てた。


 文が届いたであろうその晩に六蜜は山寺へとやってきた。

 彼女はすぐに湯縞の忍びに掛け合い、湯縞の棟梁にも耳を入れた。


 富貴嶋についた大賀の忍びが、珂縞のちより姫を保護してやってきたと。


 ちより姫はすぐに保護されて、そして佐平は幽閉された。縄できつくしばられ身動きがとれない状態で。

 確かに玖邦に圧力をかけている富貴嶋家、玄今家の手先なのだ。

 これは覚悟の上であった。ちより姫を助ける為であれば自分は構わないと。


 何故だろう。

 はじめてであったばかりの少女なのに。

 守らなければならないと思った。

 まるで以前からその感情を抱いていたように思える。


 六密らから尋問と拷問を受けたが、佐平は里に関する情報は伝えることはしなかった。


「まぁ、簡単に情報をぺらぺら話す男は逆に信用できないけど………」


 六蜜はふむと佐平をみた。佐平の口の中をみて納得した。


「呪をかけられているね。大賀の情報を流そうとすれば死ぬってことね」


 その通り。佐平の舌には大賀の里秘伝の呪術が施されていた。

 里の情報を外に漏らしてはならない。

 どんな拷問を受けようにも声が発せられなくなる。

 無理に漏らそうとすれば舌から毒が巡り一瞬で命を落とす。


「それであんたの狙いは何? 機部の名を持っているということは長のお気に入りでしょう。そこまでの男が裏切ったの?」

「助けたいと思った。気づいたらここに連れてきていたんだ」


 そう伝える男の言葉に六蜜は不審な視線を送った。


「うーん、信じられないなぁ」


 確かにそうだろう。


「でも、あんたの力がいるからちょっと来て」


 尋問は終わりだと六密は道具をぽいっと床に捨てた。

 一緒に拷問に加わっていた忍びが佐平を戒めていたものを解いた。

 汚れも取る為にお湯と布を用意され、新しい着物を着せられた。

 案内されたのは佐平がちより姫を看病していた山寺だ。


「ちょっと困ったことが起きたの」

「困ったこと?」

「あのお姫様、折角助かったのにまた手首を切ってね。目を離すとすぐに自殺しようとする」


 六蜜は疲れた様子で何度もため息をついた。


「おまけに目がみえなくなっているわ」


 医師にみせると精神的なものだと。

 一族が滅んでよっぽどショックだったのだと六蜜は同情をした。


「それから何度も泣いて、メジロを呼ぶのよ。メジロってあなた? ここに運ばれるまで何度も声をかけてくれたって言っていたけど」


 声をかけたのは佐平であるが、メジロではない。そもそもメジロとは誰のことだ。

 六密らを待ちわびていた僧侶が代わりに説明してくれた。


「メジロは、才川芽二郎のことです。姫は彼をそう呼んでいたようで」


 彼は珂縞家棟梁の小姓だったそうだ。

 あの城で、棟梁とともに嬲り殺された。

 顔が似ていたかどうかはわからない。

 同じ三白眼で、声が同じだというのだ。

 視力が低下したちより姫は声だけで佐平をメジロと勘違いしていたようだ。


 部屋へ案内されてちより姫をみた。確かに熱病は治ったはずだ。前よりも顔色が悪く、巻かれている包帯が増えている。


「何で……」


 佐平が声を出すと、ちより姫は立ち上がり佐平の方へと向かった。

 震える足でよたよたと。

 崩れそうになるのを佐平は支える。


「メジロ!!」


 ちより姫は泣きながら佐平に縋った。


「良かった。お父様と一緒に死んだと思っていた。でも、生きていたのね。私を助けに来てくれてありがとう」


 佐平は何も言えなかった。ただ、姫とだけしかいえなかった。

 するとちより姫は悲し気に佐平を見上げる。視力はみえない。うつろな瞳がぼうっと佐平を映し出した。


「メジロ、昔のようにチワと呼んで。もう私にはあなただけなの」


 そういいながら縋る彼女の手は包帯だらけだった。


 何度、彼女は自殺しようとしたのか。


 もし、ここで佐平はメジロではないと言ったらどうなるだろう。


 彼女はメジロだけなのだという。父も母も兄弟もみんな死んでしまった。

 ずっと自分を守っていた侍女も目の前で命を落とした。

 きっとあの瞬間、彼女は心を閉ざし視力を失ったのだ。

 ようやく生きていたと喜んでいた旧知の者が違うと知った時、彼女はどうなるだろう。


 死ぬ。


 その言葉に胸が締め付けられそうになる。心臓が鷲掴みにされ痛い。


 嫌だ。


 佐平は思った。震える唇を動かし、ゆっくりと彼女を呼んだ。不安になる。本当に彼女にはメジロの声に聞こえるのだろうか。


「チワ」


 その時みせたちより姫の顔は何よりも美しかった。ああ、こんな美しいものが存在したのかと切なくなる。


 守りたい。


 何を犠牲にしてもいい。

 この少女を、ちより姫を、チワを守りたい。


 この時、機部佐平はメジロになった。

 はじめて心が痛いと感じた嘘だった。そしてその嘘は五年経った今も続いている。

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