5話 ガール・ミーツ・ガール
爽やかな小鳥の囀ずりが鼓膜をくすぐる。
「う~ん……朝……」
リリカは布団から起き上がり、眠気の残る瞼を擦った。
なんだか今日は凄い夢を見ていた気がする。
人拐いに連れ去られ、倉庫で命懸けでピアノを弾くなんてぶっ飛んだ夢だ。
もしあんなことをしていたら、リリカはきっと、いや絶対に死んでいた。
「ふぁ~……流石のリリカも命を捨てるほどのバカじゃありませんからね~。理性的な判断が出来なくなるなんて、夢の中って本当に不思議ですね~」
リリカはそう言って立ち上がろうとして、ふと、自分の体に何かがまとわりついていることに気付く。
布団を捲ると、お腹のあたりに一人の女の子が抱きついていた。
「えぇええっ!?!? 誰ですか!?!?」
リリカはあたふたしながら叫ぶ。
「え、本当に誰ですかあなた!? なぜリリカのお布団の中に!?」
「ふぁ……おはよ、マスター……」
女の子は眠そうにそう呟き、ぎゅっとリリカを抱き枕にして二度寝しようとしてくる。
リリカは彼女を無理矢理引き剥がし、肩を揺すって問い詰める。
「もう! あなたは一体誰なんですかぁー!! "マスター"ってことはメイドさんですか? でもリリカの家は貧乏なのであなたを雇うようなお金はありませんし……」
そんなことを言っていると、少女はパチリと目を覚ます。
白銀のツインテールに宝石のような青い瞳。
触れれば割れてしまいそうな線の細い肢体。
おとぎ話に出てくるお姫様のような、非現実感溢れる雰囲気……。
そんな彼女が部屋の隅のほうへと指をさす。
リリカがそちらへ目を向けると……
「ぴ、ぴぴぴぴぴぴ……ピアノぉ!?!?」
昨夜夢の中で弾いていたものがそっくりそのまま、現実のリリカの部屋の中に置いてあった。
「まさかまだ夢の中ですか!? リリカは目覚めていないのですか!?」
「マスター、うるさい……」
銀髪のツインテールを揺らし、少女はベッドから立ち上がる。
部屋の隅に置かれたピアノに体を寄せ、彼女はこちらに微笑んだ。
「おはよう、マスター。私の名前はメフィストフェレス……。異世界の妖精で、マスターのピアノ……」
「待って!? あなた異世界から来たの!? じゃあ神才さんと同郷の人ってこと!?」
「そういうことになる。よろしく、マスター」
「えええええ!?!?!? リリカ困りますよぉ!!」
「困るも何も、ちゃんと契約した。マスターは命を代償に、私を使える唯一のピアニストになった」
「夢じゃなかったんですか!?」
「夢じゃない。マスター、嬉しい?」
リリカは頭を抱え絶叫した。
「もうワケが分かりませんよ~っ!!!」
† † † † †
「というわけで、こちらメフィストフェレスちゃんです」
「悪魔ですね。祓いましょう」
奥の間へと向かう神父の服を掴み、リリカは引きずられながら叫ぶ。
「待ってくださいよ! いくらなんでも判断が早すぎますって!!」
「聖職者なので見れば分かるんです。その子はどこからどう見ても悪魔です。何か悪さをする前に祓ったほうが身のためですよ」
「でもこの子はピアノなんですよ!?!?」
神父は足を止め、大きく溜息を吐いて振り返る。
リリカの前で眉根を寄せ、心底言いづらそうに指摘を始めた。
「そういう場合、『でもこの子は生きてるんですよ!』とか、『でもこの子は私の友達なんですよ!』とか言うのが普通ですよね……。リリカさん、いくら何でも価値基準が狂いすぎでは……」
「だって……」
「マスターは私のことが好きなんだね」
「それはちょっと語弊がありますよね……?」
リリカとメフィストフェレスを眺め、神父は肩を竦めた。
確かに、悪魔だからといって無理に祓おうとするのは軽率な気もする。
まだこの悪魔がどんな存在であるのかも分からない以上、その危険度も未知数。
下手に手を出して被害を出すよりは、ここはひとまず静観に徹したほうが安全かもしれない。
「そうですね、ひとまず祓うのはやめておきましょう……」
神父がそう言うと、メフィストフェレスはツインテールを揺らしてリリカのほうにガッツポーズを見せた。
「やったね、マスター。上手く神父を欺けた。これぞまさに悪魔の所業よ」
「やっぱり祓いますか」
「冗談! この子こういうこと言う子なんです!!」
リリカはメフィストの口を押さえ神父に引き攣った愛想笑いを見せる。
神聖な教会にこれ以上悪魔を居座らせるわけにも行かないので、神父はここで話を切り上げることにした。
「はぁ……分かりました。ただし、その子が悪い悪魔だと思ったらすぐに祓いますからね? くれぐれも良い悪魔であるように。分かりましたか……?」
「ケケケ……この村を滅ぼしてくれる……」
「メフィストフェレスちゃん……?」
詰め寄るリリカの圧に銀髪の悪魔は両手を上げて投降の意志を表明する。
「私を良く使うも悪く使うもマスター次第。つまり、私自身は良い悪魔でも悪い悪魔でもない。全てはマスターの判断による。オーケー?」
「またそういう屁理屈言う~!!」
メフィストフェレスは真顔のまま舌を出し「てへぺろ」と呟いた。
リリカとメフィストフェレス、二人を巡る物語は、今ここで動き出した。
「動かなくてもいいですよ」
「メフィストフェレスちゃん……?」
「動いてもいいです」