3話 エーデルハイル
リリカはレイデンシュタッツの隣町・エーデルハイルまでやって来ていた。
道中で知り合いの商人と出会い荷馬車に乗せてもらい、大きなカボチャに囲まれながら三時間ほど激しく揺られ、地上に降りた頃には平衡感覚が滅茶苦茶になっていた。
「あ、ありがとうございました!!」
「リリカちゃんのお願いは断れないからね~! 町にはあまり来ないんだろう? 僕でよければ案内するけど……」
「いえ、馬車に乗せてもらっただけでも大助かりでしたから! ここからは大丈夫です!!」
「そっかそっか。今度リリカちゃんとこのトマト買いに行くよ~」
「ぜひぜひ!!」
商人の馬車を見送り、リリカは封筒を抱きしめながら石畳の大通りを歩いて行く。
町に暮らす人々は田舎に暮らすリリカから見ると煌びやかでオシャレに見える。
レンガ作りの家々が並び、露店には美味しそうな食べ物が並んでいる。
すぐそこでは大道芸人がカラクリ人形を操り観客を集め、投げ銭を稼いでいて、村では見ない光景だ。
色鮮やかな世界にリリカは胸を高鳴らせ、物珍しげにキョロキョロと辺りを見回す。
「わぁ~町って凄いなぁ……」
よそ見して歩いていると、ふと何かにぶつかった。
顔を上げると、風船を持ったピエロと顔が合う。
「うわぁ!? ごめんなさい!!」
「ヒヒヒ……」
ピエロは不気味に笑い風船を渡してくる。
悪い人ではなさそうだ。
「ありがとうございます……!」
風船を受け取ったリリカは、引き続きエーデルハイル・フィルの演奏会場を探して歩く。
そして、見つけた。
白塗りの大きくて綺麗な建物だ。
きっとこの中にホールがあって、沢山の人々がエーデルハイルフィルの演奏を聴きに来るのだろう。
リリカは大喜びで入り口へと向かうと、受付の女性に封筒を見せて事情を話した。
「レイデンシュタッツの神父さんね。確かに昔この音楽団に所属していましたが……なぜ郵便配達ではなくあなたが……?」
「本人から頼まれたんです! 大切なお手紙なので、直接手渡したいのですが……」
「最近多いのよねぇ。何かと理由を付けて演者と接触しようとするあなたみたいな迷惑な人……。この手紙も怪しいので、こちらで中身を確認してから届けさせて頂きます」
女性は封筒を太陽に透かして、それから手元の引き出しにしまい込んでしまった。
その様子を見てリリカはあわあわと両手を振りながらお願いする。
「えぇ!? あ、あの……確認したら返してもらえませんか? 直接手渡したいんです……」
「だから、これは私からお届けしますから。心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと届けますので」
「あぅ……」
付け入る隙の無い完璧な防御態勢にリリカはしょんぼりと肩を落とした。
手紙は確かに届けたけれど、音楽団の演奏は見れそうにない。
「仕方ないか……」
そのまま来た道を戻ろうとしたしたその瞬間、激しい衝撃が身体を襲い、足が宙を浮いた。
「人攫いだ!! 人攫いが出たぞ!! 誰か憲兵を……うわぁ!?」
町民の叫び声が遥か後方へと流れていき、リリカは藻掻いて顔を上げた。
馬に乗った男に脇の辺りで抱えられ、リリカの足元は、もの凄い勢いで地面が通り過ぎていく。
「見つけたぜ、フィーネの嬢ちゃん……。さっきは随分と舐めた真似をしてくれたじゃねえか。えぇ? この落とし前はしっかりと身体で払って貰うからなぁ……!」
「フィーネって誰ですか……? 私、隣村のレイデンシュタッツでトマトを作ってるリリカ・クラヴィーアですけど……」
「あぁ? は、つまらない嘘吐きやがるぜ! その赤い髪! 紫紺の瞳! きめ細やかな白い肌……! 少し服装を変えたところでこの俺様が見間違えるとでも思ったか? お前はどこからどう見ても、オペレッタ家の"フィーネ・フォン・オペレッタ"だ!」
「ええ……困ります!! 離してくださいっ!! 離して!! 誰か!! 助けてぇっ!!!」
「騒ぐんじゃねえって!! クソ、仕方がねえな……!!」
男は馬を操る手を離し、懐から取り出したハーモニカを奏で始める。
リリカは依然として走り続ける馬と、手綱を離した男に怯えて叫ぶ。
「ちょっと!! 危ないからやめてください!! 何のつもりですか!?」
男はハーモニカを吹き続け、そこから緑の輝きが広がっていく。
その光景を前にして、リリカは初めて男の意図に気が付いた。
「まさか……魔法!? やだ! やめてくださいっ!!」
「残念だったなフィーネ嬢……。こっちも手段は選べないものでね……」
その言葉を聞き終える前に、リリカは急激な眠気に襲われ、意識を失った。