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『Mephisto-waltz』~異世界音楽ファンタジー~  作者: 高橋
四章 魔術師と詩人編
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閑話 メフィスト・ワルツ

 あの戦いの後、クロはすぐに王都へと帰ってしまった。

 リリカは教会の後片付けをしながら、ふと思ったことを呟いた。


「これで、本当に全部終わったのでしょうか……?」


 リリカは王の差し向けた最強の刺客・クロとの決闘に勝利した。


 悪魔との契約は絶対であるため、国王からの要求は全て撤廃となり、リリカもフェレスもフィーネも何かしらの被害を受けるということはないはずなのだが……。


「あの国王が黙って退くとは思えない」


 フェレスの言葉にリリカは「やっぱりそうですよね……」と項垂れる。


「フェレスちゃんが神器である限り国王様が見逃してくれるはずありませんし、王子のララさんもかなり面倒臭そうな性格してますからね……」


「でも、この戦いでマスターの力は覚醒した。クロネロが来たら分からないけど、それ以外の演奏家が相手なら、まず負けない」


 フェレスの言葉にリリカは顔を上げ、彼女の顔を見つめた。

 フェレスはリリカに真顔で「ぶい」とピースを見せる。


「これは嘘じゃない。本当に、マスターの演奏のレベルは高くなった」


「え、えへへ……そう言ってもらえると嬉しいですね……! でも自分では実感がないんですよね……。今の自分が"最強"かって言われると、うーんって感じです……」


「それはそう。クロネロは、()()()()()最強のピアニスト」


 フェレスのその言葉に、リリカは思わず目を見開いた。


「まさか……別の国の演奏家はもっと強いってことですか!?」


 驚くリリカに対して、フェレスは椅子に腰を下ろして真顔で答える。


「クロネロは確かにこの世界でもトップレベルの実力者。だけど、『世界で一番』ではない。あのレベルの演奏家なら、一国に二、三人くらいは抱えているのが普通」


「普通って……つまりクロネロちゃんレベルの人は世界中にざっと数えて三十人以上はいるってことですか!?」


「マスターは本当に世間知らずだね。ライディアナ王国は弱小国家だから、クロネロ一人しかトップレベルの演奏家を雇えない。だけど、他の大国は違う」


 国が抱える音楽家や芸術家の技量や人数は、そっくりそのまま、国の文化レベルを示す指標として扱われる。

 文化的に優れた国家は一流国家として看なされ、そうではない国家は二流の蛮族国家として見下される傾向にある。


「文化的な価値を持った国家に対しての宣戦布告は難しい。文化を軽んじる国王は周辺諸国からの扱いが悪くなるから、戦争を起こすにもいちいち正当な理由付けが必要になる。だけど、相手が文化的に劣った蛮族国家であれば……」


「価値がないから、守る必要性なんてありませんね……」


 つまり国家は自らの文化的ステータスを誇示するために音楽家を雇う。大国であればあるほど、その人数もレベルも高くなる。


「なるほど……外国に優れた音楽家が多い理由は分かりました……」


「そこでマスターに提案がある」


 フェレスは机に突っ伏したまま、真顔でその提案とやらを口にした。


「国王がこのまま黙って私たちを見逃すはずがない。それなら、私たちはより文化的に優れた他国に亡命したほうが生存確率が高い」


 フェレスの提案にリリカはハッと息を飲み、フェレスのすぐ目の前まで駆け寄り彼女の肩を掴んだ。


「フェレスちゃん……前々から思っていましたが、まさかフェレスちゃんは天才ですか!?」


「狡猾じゃないと悪魔なんてやってられないよ、マスター」


 フェレスの提案は確かに合理的だ。

 リリカの演奏技能は世界的に見てトップレベルであり、獲得すれば文化的なステータスは確実に上昇する。


 しかもリリカはピアノさえ弾ければいいので大して高額な報酬を要求することもない。

 雇い主からすれば喉から手が出るような好条件の人材だ。


「それなら早速ライディアナ国外に亡命して、全部解決しちゃいましょう!」


「へぇ~。いいねえ、それ! 面白いもの見~ちゃった!」


 リリカとフェレスが振り返ると、教会の入り口に一人の少女が立っていた。


  雪のように白い肌に、同じ白の長髪。

 黄金色に輝く月のような瞳に、シルクのようになめらかな翼……。

 そして、頭頂部にはきらめく光輪が浮遊している。


「天使……」


 リリカはフェレスのほうに視線を向ける。

 相手が天使だと言うなら、フェレスの敵である可能性が高い。


 後ろで手を組みにこりと微笑む天使に対し、フェレスがリリカの前に立つ。


「マスター、見た目に騙されないで。アイツは紛れもなく、悪魔……。それも最上級に危険なやつ」


「ひど~い! 私、"ニンゲン"とは友好的にやってるつもりなんだけどなぁ~……」


 天使は人差し指で机をなぞりながら、フェレスのほうへと近付いてくる。


「あなたがピアノの魔術師、フランツ・リストだね~?」


「私はメフィストフェレス。リストじゃない」


「ふ~ん?」


 天使はそう言って唇に指をあて何かを考え込む。

 そして、何かを思い付いたようににこりと微笑み、リリカのほうへと口を開いた。


「ねえ、あなた。私とセッションしようよ!」


「私と……?」


「マスター、気をつけて。コイツは悪魔。安易に口を利くと契約が交わされる。それに、コイツは……」


「あは! 自分のマスターが負けるのが怖いんだ?」


 天使はニヤリと笑い、フェレスの瞳を覗き込む。


「それならいい機会だし、アナタと殺りあおうかな……? そのほうがずっと面白いかも!!」


 刹那、リリカたちの周囲の景色は、何の前触れもなく村外れの小さな山のふもとへと移り変わった。


「え、あれ!? なんでリリカたちはこんな山の麓に……!? さっきまで教会にいたはずなのに……!?」


「黙ってて、マスター。コイツは私が始末する……」


 フェレスが自らの前にピアノを現出させた。

 それを見てリリカは目を見開き、天使は楽しそうに口端を歪める。


「ま、待ってくださいよフェレスちゃん! なんでフェレスちゃんが……セッションするなら、今回も私でいいじゃないですか……!」


 リリカの問いに、フェレスは真っ直ぐにリリカの瞳を見据えて言った、


「マスターは……()()()()()()()()()()()()()()()()


「それは……どういう意味ですか……? リリカにはフェレスちゃんが何を言ってるのか全く分かりません……」


「即答出来ないのなら、黙って見てて。今のマスターには荷が重すぎる」


 フェレスは鍵盤に指を触れ、天使もピアノを現出させる。


「いいねぇ、ピアノの魔術師フランツ・リスト! あなたも、美味しく食べてあげるからねっ!!」


「やれるものならやってみろ……」


 天使と悪魔が盤上に指を踊らせた。

 その瞬間、リリカはあまりにも鮮烈な音色に全身が総毛立つのを感じた。


 フランツ・リスト

 「メフィスト・ワルツ 第三番」


 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

 「交響曲第九番 『合唱付き』」


 もしも、歴史上の偉大な音楽家たちが自らの楽曲を全力をもって弾いたとしたら……


 彼女たちの演奏は、()()()()()

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