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『Mephisto-waltz』~異世界音楽ファンタジー~  作者: 高橋
四章 魔術師と詩人編
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25話 決着

 「革命」と「主題と変奏」が強烈な熱を伴って激突した。

 音の衝撃がガラス窓を揺らし、聴衆たちは二人の演奏者のあまりの気迫にざわめき立つ。


 この戦いは、剝き出しになった二人の精神の……"戦争"だ。


 クロのエチュード、「革命」はショパンがリストへと送った練習曲集「12のエチュード」のうちのひとつだ。

 そして、この12のエチュードのうちのいくつかは今でも難曲として知られており、「革命」もそのうちのひとつである。


 リストはどのような楽曲でもひとめ見ただけで完璧に弾きこなしたが、彼は生涯で唯一この「12のエチュード」だけは弾ききることが出来ず、あまりの悔しさに数週間も世間から雲隠れし、再び現れた時には誰よりも完璧にこのエチュードを披露した。


 リストの演奏のあまりの完成度の高さに感動したショパンは、この楽曲を彼に献呈したのだった。


 リリカの「愛の夢」に回答する形となったクロに対し、リリカは自らの意思表明としての楽曲の選択を行う。


 「パガニーニによる大練習曲第六番『主題と変奏』」。

 リストは世を騒がせたヴァイオリンの悪魔・パガニーニに憧れ、ピアノの超絶技巧者(ヴィルトゥオーゾ)になるべく自らの道を開拓した。


 この楽曲は、その名の通りパガニーニの楽曲をピアノ用に編曲したものである。

 しかし、それは彼の楽曲をそのままピアノ曲に写し変えたという意味での編曲では決してない。


 リストが求めたもの……それは"極限"。


 パガニーニは自らの超絶技巧を表現するべくヴァイオリン楽曲を作成した。

 彼がどれだけの超絶技巧を持っていたかは、彼の最期の逸話からも見て取れる。

 パガニーニは彼自身の演奏技巧の高さゆえに「あれは悪魔と契約して得た演奏技巧」だと噂され、その噂が世界中を震撼させ、彼の死後にカトリック教会が86年間に渡って埋葬の許可を出し渋ったほどだ。


 その悪魔・パガニーニをリストはさらに複雑に、さらに高度に、より高みへと押し上げた。

 楽譜を見れば分かるが、彼のパガニーニは音符の濁流によって支配されている。


 リストは誰もが認める本物のピアノの天才だ。

 そして晩年には僧籍に入っていた彼を、人々は尊敬と畏怖の念を込めてこう呼んでいた。


 ()()()()()()()()()()()()


 リリカの「主題と変奏」、クロの「革命」……。

 二つの音色が、かつての天才たちの魂を纏い凌ぎを削り合う。


 死んでもいい。

 殺してもいい。


 二人の狂気を纏った指捌きに観客達は恐れ戦き、魔結晶が激しく輝きを放つ。

 赤と青に入り乱れた光の中で、ピアニストたちは全力を賭けて演奏する。


 この二人は、ピアノのためだけに生まれてきたのだ。


 最後の打鍵が教会中に響き渡り、残響が鼓膜を揺さぶった。


 静寂の中、リリカは息を切らして震える手を眺めていた。

 今までで一番の演奏……セシリアやララの時とは比べものにならないほどの最高のセッションだった。

 自分がこれほどまでの力を持っているということに、今まで全く気が付かなかった。


 リリカは顔を上げ、譜面台の向こうの天才ピアニストに視線を向けた。


 彼女と戦ったことで、リリカの才能は開花した。

 今まで燻っていたものが晴れて、心の中に真っ直ぐと陽の光が差し込んだ。


「ノワールさん……」


 リリカは声を掛けようとしたが、その先が出てこなかった。

 彼女は、泣いている。


 顔を伏せ、肩を震えさせて……透明な雫が盤上にぽつりぽつりと滴っている。


「ありがとう……」


 彼女は震える声でそう呟き、その瞬間、無色透明だった魔結晶は真っ赤に染まった。


 それを見てリリカは俯いた。

 演奏後に無色透明だったということは、観客達はリリカとクロを互角と判断したということ。

 そして、二人もそう思っていた。


 その後魔結晶が変色したのは、結晶内の術式のプログラムによって勝敗が決定したからだ。

 つまり、クロが最初に反則行為をしたという事実に基づいて、演奏の優劣以外のところで決闘(セッション)の結論が提示されたのだ。


 リリカは立ち上がり、クロのもとへと歩み寄る。

 クロは泣きながら、リリカの顔を見上げた。


「リリカ・クラヴィーア……」


 そう呟く彼女にリリカは手を差し出した。


「また演奏(セッション)しましょう」


 たったの一言だった。

 彼女の顔からは最初にあった笑顔が消え、ただ真剣な表情でクロのことを見据えている。


 リリカにとってクロは越えるべき壁だ。

 彼女の才能は身体性を越えた部分に宿っている。

 精神的で情緒的な……リリカとは逆の内向きの才能だ。


 この戦いを通じてリリカは自分の弱さを感じ取った。


「最強のピアニストの名は伊達じゃなかったです」


 リリカの率直な感想に、クロはぼろぼろと泣いてしまう。

 胸の奥のぐちゃぐちゃな情緒を今は整理し切れないけれど……クロも、リリカをライバルだと認めている。


 全部を言葉にすることは今は出来ない。

 だから、今はこれだけで我慢しよう。

 この続きは……次に会ったときに。


 目の前のライバルを倒す時に取っておく。


「ええ……また、演奏(セッション)しましょう……」


 クロはリリカの手をぎゅっと握り、来るべき再戦に想いを馳せる。


「あなたを倒して、本当の最強になるわ」

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