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『Mephisto-waltz』~異世界音楽ファンタジー~  作者: 高橋
四章 魔術師と詩人編
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22話 最強のピアニスト

 あれから二日が経った。

 リリカは鏡の前で髪を整え、家を出て教会へと向かう。


 ついさっき、この村に大量の馬車の群れがやってきた。

 王都からやってきた、今日の決闘(セッション)の対戦相手だ。


 リリカが教会の扉を開くと、その相手がこちらへと振り返った。


 青みがかった緑色の髪を緩やかに巻き、その上に魔女風の帽子を被った、黒装束の少女だ。

 身長はフェレスよりも低く、いかにも虚弱そうな、ガラス細工のような雰囲気を纏っている。


 彼女はリリカの目の前までふらふらと歩いてくると、気だるげにリリカを見上げる。


「はぁ……アンタが国王に喧嘩吹っ掛けた頭のおかしなピアニストね?」


「リリカ・クラヴィーアです。よろしくお願いします」


「はぁ……。国王に雇われたからセッションだけはしてあげるけど……正直、時間の無駄だと思うのよね……。なんたって私、この国で最強のピアニストだもの。生半可な相手じゃ、一曲弾ききる前に終わっちゃうわよ?」


 少女は面倒臭そうに頭を搔きながら、赤髪の少女を見上げる。

 対してリリカは彼女の発言に目を大きく見開き、ぽつりと呟いた。


「最強のピアニスト……?」


 リリカの呟きに少女はニヤリと笑い、大きく手を開いてこちらに突き出してきた。


「ピアニストの才能は手に現れるわ」


 少女の翳した手にリリカが手を合せる。

 指の長さはリリカのほうが一回りも大きく、大人と子供ほどの差がある。

 当然、届く鍵盤の領域もリリカのほうが圧倒的に広い。


 指の細さもそうだ。

 彼女の指は病的なまでに細く、すぐに壊れてしまいそうだ。

 こんな指では、鍵盤を強打することは出来ない。


 つまり、この少女はリリカよりも圧倒的に才能がない。

 それなのに、彼女は自らを最強と名乗り、笑いながらリリカを見据える。


「世の中には"才能がない天才"ってやつが一定数存在しているわ。虚弱体質のボクシング選手、片足が無い長距離ランナー、耳の聞こえない作曲家……。私の場合、手が小さくて関節が脆い。ピアニストにしては致命的な欠陥ね。だけど……私はこの国で一番強いピアニストなの」


 少女は芯の通った声で言う。


「私の敬愛する作曲家は、()()()()()()、フレデリック・ショパンよ。虚弱体質に小さい手……ピアニストを志すには、彼にはあまりにも才能がなさ過ぎた。だけど、そんなことは何にも関係ない。全部吹き飛ばせるわ」


 リリカから手を放し、彼女はゆったりと指をしならせて言った。


()()()()()()()()()()


 それを聞き、リリカはフェレスは顔を見合わせ、それから目の前の彼女にニッと笑って言った。


「それじゃあ、この決闘(セッション)が終わる頃には私が一番ですね!」


 リリカの挑発に少女は舌打ちし、隣のフェレスへと目を向ける。


「あなたがこの国の神器、メフィストフェレスね? 随分とやんちゃしているみたいだけど、今日まで楽しかったかしら? 演奏が終わったら、あなたは国王のもとに戻るのよ」


「そうはならない。努力の量ならマスターも負けてない」


 フェレスの回答に魔女は溜息を吐き、運ばれてきた自らのピアノのほうへと視線を向けた。


「名乗り遅れたけれど、私の名前はクロネロ・シュヴァルツ・ノワールよ。みんなはクロって呼ぶけれど……ま、どうせあなたたちは死ぬから覚える必要ないわね」


 クロはリリカのほうに視線を向ける。


「ルールはカウンター・セッション。作戦変更は……無し」


 その言葉にリリカは思わず問うた。


「作戦変更なしって……つまり、一曲だけで勝負ってことですか!? それって、もはや純粋な技量勝負じゃ……」


「ふふ、そうよ。まあ怖気付くのも分かるけど……あまりあなたに時間を掛けたくないの。ごめんなさいね?」


 それを聞き、リリカは笑う。


「安心しました。私、前回の戦いで作戦負けしちゃったので」


 紫紺の瞳をギラギラと輝かせて。


「純粋な技量勝負……ワクワクしちゃいますね!!」


 リリカの嬉しそうな声音にクロはため息を吐いた。


 クロは今までに何人もの身の程知らずどもを相手にしてきたが、そのほとんどが第一小節が終わる頃には顔を真っ青にし、曲が始まってから三十秒以内には意気消沈して、演奏するのを辞めてしまうというのがお決まりの流れだった。

 だから、この目の前の赤髪の少女も、演奏が始まれば無様な泣き顔を晒すに決まっている。


 クロはつまらなそうにルールの解説を続けた。


「この戦いに私が勝てばあなたとフィーネ、そしてメフィストフェレスの身柄は拘束するわ。村も無事では済まさない。逆にあなたたちが勝てば、私は退き、国王はあなたたちへの要求の全てを撤回する。……これでいいわね?」


「ええ、早いところ始めちゃいましょう。早く一番の座が欲しいので!」


 指を動かしながら言うリリカに、クロは引き攣った笑みを浮かべた。


「まずは自分の身の安全を心配したほうがいいんじゃない?」


「いえ。私、絶対に負けませんから!」


「チッ……あっそ。それじゃあ死んじゃいなよ。お馬鹿さん」


 クロは自らのピアノの前に腰を下ろし、リリカもフェレスのピアノに指を添えた。

 フェレスはリリカに声を掛けようかと思ったが、リリカの集中した表情に何も言わず、ただ信じて見守ることにした。


 中央の座に魔結晶が配置され、国王からの使者たちが勝負の準備を整える。


「それでは……決闘(セッション)開始(スタート)です!」


 刹那、二つの旋律が同時に鳴り響いた。


 フランツ・リスト

 「交響詩第六番 『マゼッパ』」


 フレデリック・ショパン

 「ポロネーズ第六番 『英雄ポロネーズ』」


 その瞬間、二人は思わず譜面台越しに相手と顔を見合わせた。

 そして、彼女たちはこの戦いがただ事では済まないことを瞬時にして悟った。


 これは紛れもなく、"最強のピアニスト"を賭けた戦いだ。

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