閑話 きらきら星変奏曲
リリカとフェレスは真夜中を往く馬車に揺られ、レイデンシュタッツを目指していた。
戦いは一週間後。急いで帰らないとマトモな練習は出来ない。
だからリリカは荷馬車の上でピアノを弾いている。
激しく揺れる荷台で指を走らせ、星の下で音符の粒を弾けさせる。
フェレスはそれを目を瞑って聴き入っていた。
彼女には才能がある。
しかし、その才能をまだ使い切れていない。
得意な楽曲、好きなジャンル以外での彼女はまだ荒削りで、未熟な部分も目立つ。
だけどこの音を聞けば分かる。
彼女は、この世界で一番のピアニストになれる。
星の瞬く夜空に音符を響かせ、リリカはフェレスに問う。
「フェレスちゃん、今回は何もかもが上手く行きませんでしたね……」
「でも上手く逃げられたよ、マスター」
「そうですね……。それも全部、フェレスちゃんにおんぶに抱っこでしたけど……」
フェレスは自分たちが有利になるように物事を運ぶのが上手い。
頭の回転が速いし、一番いい策を考えて実行に移す度胸がある。
それに、いざとなれば実力行使に出ることも厭わない。
今リリカがこうしてピアノを弾いていられるのは、全部フェレスがお膳立てしてくれているからだ。
もし彼女が力を貸してくれなければ、何もかも全部上手く行っていない。
フェレスは何でも出来る。
だけど、彼女が作ってくれる希望をリリカが活かし切れなければ、この先は真っ暗な絶望になる。
リリカが空を見上げると、フェレスが口を開いた。
「マスター」
「なんですか、フェレスちゃん……?」
フェレスは立ち上がり、揺れる荷台の上で、ピアノに寄りかかってリリカの瞳を覗いた。
「私はマスターと契約を交わした、マスターのピアノ……。マスターが演奏出来るように頑張る。だけど、マスターが負けたら意味が無いの。だから、勝って……」
銀のツインテールが揺れ、澄んだ青い瞳が真っ直ぐにリリカを見据える。
絹のようなさらりとした肌に月明かりを受けて、妖精のように美しい彼女の姿にリリカは息を飲み、それから黙って頷いた。
彼女が何者なのか、悪魔とは何なのか、何が目的なのか……。
リリカはまだフェレスのことを何も知らない。
ただ、彼女は信じてくれている。
そしてピアノを弾く機会をくれる。
今はその恩に報いるために、リリカは鍵盤上に指を踊らせる。
「安心してください、フェレスちゃん。次は絶対に勝ちますから……」




