20話 一時撤退
「ただし……再戦は一週間後とさせてもらう」
国王の言葉にフェレスとリリカは目を細めた。
それに続いてララが声を荒げる。
「お父様! 決闘をするというのなら、今この場で事を済ませたほうが確実です!! コイツらは自らの身を偽り御前へと忍び込み、お父様に刃を向けるような不届きな連中なのですよ!? いつ逃げ出すかも分かったものではない! このライオネル、今この場をもってこの卑怯者たちを断罪致しましょう!!」
「ライオネル……」
国王は瞳を黄金色に輝かせる。
その国王の瞳に騎士達ははっと顔色を変えた。
「次戦えば、お前は確実に敗北する」
「……ッ!!」
ララはその言葉に歯噛みし、国王の瞳に歯軋りし、静かに身を退いた。
「魔眼か……」
「少し先の未来が見える」
フェレスの問いに答え、国王は笑って言う。
「いくつかの可能性が見えたが……流石は悪魔・メフィストフェレスだ。今のところは逃がしてやるが、契約は絶対だ。一週間後の夕刻……こちらで用意した対戦相手をレイデンシュタッツの村に送らせる。せいぜい身構えていることだ」
「契約……成立だね。フィーネ、出てきていいよ」
フェレスの言葉に従い、奥のほうからフィーネが現れた。
「き、貴様……!!」
「契約は絶対。手出しは無用だよ……」
フェレスの言葉にララは睨みを利かせ、リリカがふっと笑う。
「フィーネさんには別のルートからこちらへと向かってもらいました。あとはフェレスちゃんの力を幾ばくか借りましたが……とにかく、契約は絶対ですからね。不本意ではありますが『フィーネを差し出す』という契約は、これにて履行ということになります」
「そんな馬鹿なことがあるか! これでは……まるで意味がないじゃないか!!」
先ほどの契約でフィーネの安全は保証されている。
そして、リリカが負けたツケはこれで支払ったことになる。
あとは……。
「マスター……次負けたら、許さないから……」
こんな無茶は今回限りだと、メフィストフェレスは青い瞳を煌々と輝かせリリカのことを見下ろす。
対してリリカは、紫紺の瞳をギラギラと輝かせ悪魔を見上げて言った。
「はい、契約です!!」
紫色の光が舞い、魔法陣がリリカに新たな契約を刻み込む。
今回の戦いでは負けの負債を背負うことになった。
だから、次の戦いはその禊ぎだ。
絶対に負けてはならない。
「それじゃあ、行きましょう。フェレスちゃん」
フェレスは国王にナイフを押し当てたままその場を立ち、部屋を出るまで騎士たちを牽制し、それからリリカと共に走ってその場を後にした。
ララは騎士たちに彼女たちを追うように命令するが、国王がそれを止めた。
悪魔の契約は絶対だ。
履行前に殺せば、契約不履行として国王の命が持って行かれる。
それを聞きララは地団駄を踏み、叫んだ。
「おのれクソ女どもがぁああ!!!!!」
ララはマントを翻し、息を荒げながら王の間を後にした。
戸惑う騎士たちに、国王はこの場で起こったことの全ては他言無用だと言い放ち、フィーネを連れて早急に出ていくように命じた。
王はただ一人部屋に残り、静かに玉座に腰をおろした。
静寂の中、部屋の片隅から一人の少女が国王のもとへと歩み寄って来る。
雪のように白い肌に、同じ色の長い髪。
黄金色に輝く月のような瞳に、シルクのようになめらかな翼……。
そして、頭頂部にはきらめく光輪が浮遊している。
その姿はさながら、悪魔と対となる天使であった。
「見~ちゃった!」
少女は国王の横でいたずらっぽく笑い、彼の膝の上にちょこんと座る。
「ライディアナの国王様? わたしとの約束……忘れてないよね?」
彼女の問いに国王は顔色ひとつ変えずに答える。
「無論だ。メフィストフェレスは必ず……お前に喰わせる」
その言葉に天使は笑い、舌舐めずりをした。
「ベートーヴェン、ブラームス、J.S.バッハ……どれもとっても美味しかったけれど……。ピアノの魔術師「フランツ・リスト」は……どんな味がするんだろうなぁ……!」
天使は悪魔を想い、ニヤリと笑った。




