19話 玉座を前に
――一週間後
――ライディアナ王国首都、エデルリッツ
「お父様! この私、ライオネルがフィーネ嬢をお連れ致しました!!」
国王の間へと入って来た貴族、ララは縄で拘束した赤髪の少女を王の前に引き出した。
少女は俯いたまま、何も言わず、その場で騎士たちに組み伏せられ地べたに這いつくばった。
「ご苦労だった。それにしても……よくここまで逃げ回ったものだ。オペレッタ家の一人娘よ」
国王の言葉に顔を上げ、フィーネは何も言わずその目を睨んだ。
赤い髪の隙間から紫紺の瞳がギラギラと輝き、その狼のような表情に国王はふっと笑った。
「そう恐ろしい顔で見るでない。貴殿に聞きたいことはただの一つだけ。それさえ答えれば命だけは見逃してやろう。もちろん、父も母も無事で帰してやる」
「………………」
あくまで口を開かないフィーネに、騎士の一人が腹に蹴りを入れた。
フィーネは小さな呻き声を上げ、それでも王を睨み続けた。
「貴様! 国王様の御前で何たる無礼! 口の一つも利けないというのなら、その役立たずの喉を剣で無理矢理にでも開いてやろうか!!」
「やめたまえ。これでもライディアナの血を引く娘だ」
「そういうお前はライディアナの血を引いてないらしいね」
「……ッ!」
ララはハッと息を飲み、国王はにやりと笑う。
「ほう……飛んで火に入るなんとやら、というやつかな? フィーネに問うまでも無かったようだ」
彼女は国王の喉元にナイフを押し当て、銀髪のツインテールを揺らして無表情で周囲の騎士たちを見下ろしている。
誰も、彼女がどこから現れたのか、いつからそこにいたのか分からなかった。
まるで悪魔のように、音も無くそこに現れたのだ。
「貴様! お父様に何をするつもりだ!!」
「騒がないで。騒いだら殺す……。まずは一つめの要求。私のマスターを解放して」
フェレスの言葉にライオネルは眉根を寄せる。
「何……?」
「放してくださいって言ってるんですよ。聞こえませんでしたかぁ……?」
ライオネルは足元の赤髪の少女に視線を落とし、それからまさかと息を飲んだ。
「誰かさんと勘違いしてるみたいですけど、私、リリカ・クラヴィーアですよ?」
「貴様……!!」
「よせ。解放してやれ」
国王の言葉にララと騎士達はたじろぎ、それからリリカを解放する。
依然としてナイフを向けたままのフェレスに国王は表情を変えずに問う。
「二つめの要求はなんだ?」
「フィーネ・フォン・オペレッタはお前に受け渡す。ただし、彼女と、彼女の家族の身の安全は保証すること」
「嫌だと言ったら?」
フェレスがナイフを押し込むと、国王の首筋から一筋の赤い線が襟元を滲ませる。
「き、貴様!! よくもお父様を!! よくも!!」
叫ぶララに国王は右手を出し、制止を指示する。
「まあ待てライオネル。……そうだな、フィーネとその家族の身の安全は保証しよう」
「お父様!」
「それで、他にも要求はあるのかな? 悪魔・メフィストフェレスよ……」
「悪魔・メフィストフェレスだと!?」
ララは国王の言葉に思わず声を荒げ、周囲の騎士たちはざわつく。
「悪魔・メフィストフェレスって……この国の神器のひとつ、"神界のピアノ"のうちの一台じゃ……」
「あの子がメフィストフェレス……? ってことは、国王様は神器を探してフィーネ様を探していたのか?」
「それはおかしいだろ。それじゃあメフィストは国庫には無かったってことになるし。盗まれてたなんて話だったら、ただ事じゃないぞ……」
騎士たちの呟きに国王が睨みを利かせ、一同は押し黙る。
目の前で起きている事態が尋常でないことをただの一睨みで悟らせたのだ。
フェレスはその様子を傍目に、自らの要求を続ける。
「私とマスターが村へと戻るまでの間……いや、それ以降も手出しはしないで」
「断る」
「断れば今ここであなたを殺す」
フェレスの青い瞳に、国王はふっと笑った。
「ならば、殺すがよい。……しかし、交渉の余地はあると見たぞ。己のマスターにフィーネのフリをさせ、私の喉元まで迫ったその度胸と頭の回転だけは褒めないこともない。私は正しい評価を下すつもりだ。貴様は無謀ではあっても愚かではない。そうだろう?」
国王の言葉にフェレスは顔色は変えず、続きを待つ。
「貴様がピアノの悪魔というのなら、そして貴様のマスターが演奏家だと言うのなら……決闘で話を付けたほうが早いのではないかね?」
「……」
国王の提案にフェレスとリリカは顔を見合わせ、頷いた。
「その決闘、お受け致しましょう……!」




