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18話 決着

 ディープ・パープルは言わずと知れたハードロックバンドの頂点のひとつだ。


 1960年代に結成し、最初期にはクラシックを土台としたロックを奏でていた。と言うのも、ギターを担当するリッチー・ブラックモアは幼少期にクラシックギターを習っていたし、キーボードのジョン・ロードは元々はクラシック・ピアニストを目指していた。


 そのような経験からか、彼らはロックにクラシカルなフレーズを含ませることを好んでいた。


 ロックへの情熱とクラシックへの愛。その二つが混じり合って生まれたのが、この「ディープ・パープル・アンド・ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ」……ジョン・ロード作曲の協奏曲だ。


 ロックバンドと管弦楽団が同じ舞台で音を奏で、二つのジャンルの境界を行き来するこの風変わりの楽曲は、歴史上初めての、ロックとクラシックの融合楽曲である。


 リリカの奏でる第二楽章中盤にララは歯軋りする。


「この女……ッ!」


 カウンター・セッションは敵対する両者が、異なる楽曲を奏で合う演奏形式だ。

 当然、二つの楽曲間には演奏時間に差異があるため、短縮したり引き延ばしたりとアレンジを加えた演奏が必須となる。


 そして、ロックとクラシックとの戦いの場合、その傾向はより顕著に現れる。

 リリカはこの長大な協奏曲からより効果的だと思われる部位を継ぎ接ぎしながら、的確にララの演奏を追い詰めていく。


「残念でしたね。私、"化かし合い"は得意みたいです……」


 そう、リリカは既にこの手の即興演奏で最も強いジャンルの相手と戦っている。


「ジャズか……」


 ララの呟きにリリカは笑い、自らの楽曲をスウィングする。


「だが、ロックにも即興の演奏技術はある……!!」


 ララのエレキギターが火を噴くようにうねりを上げ、「SpeedKing」は雄叫びを上げる。

 演奏の中の一部分を即興で改変する演奏技法"ジャミング"だ。


 そしてララは最後の作戦変更権を使い、「Speed King」から次の楽曲へと流れるように紡いで行く。


 ディープ・パープル

 「紫の炎(burn)」


 燃えるような炎を纏い、ジェット噴射のような音色が聴衆の鼓膜を強烈に揺さぶる。

 ララのギターがシャウトし、誰もが知るこの楽曲の有名なフレーズが心の奥底に深々と突き刺さる。


 互いに最後の楽曲だ。

 ここから先、別の楽曲への変更は不可能。


 つまり……純粋なパワー勝負……。


「ここで勝負を付けるぞ! 女!!」


「望むところです……!」


 ララの切り札を前に、リリカは更に指を加速させる。


 華やかかつ壮大な協奏曲が、軽快さとおどろおどろしさを以て聴く者の心を惹きつけ揺らし、そこに次第にロック的な攻撃的旋律が加わり、ディープ・パープルが炸裂する。

 クラシックとロックが交互に主張し、その二つが高いレベルで融和しながら、手を取り合って踊り出す。


 リリカの奏でる第三楽章はまさにロックとクラシックのバトルであり、ワルツでもある。


 中盤においてのティンパニとドラムとの戦いを経て、終盤ではロイヤルフィルが高らかに歌い、ディープ・パープルが後から加わり最後までひたすらカッコよく駆け抜ける。


 対するララの楽曲は印象的なフレーズの繰り返しから始まり、刺さるようなヴォーカルが聴く者の鼓膜を心地良く揺らし、ギターの超絶技巧が冴える名曲中の名曲。ディープ・パープルと聞けば、恐らくほとんどの人はこの楽曲を思い浮かべることだろう。


 ギターが叫び、オルガンが駆ける。

 一つのバンドが奏でた、全く違う二つの音楽。


 音符と音符がぶつかり合い、鍵盤が爆ぜ弦が唸る。


 全てが終わった時、教会は歓声で溢れていた。


「………………」


 しかし、リリカはオルガンから立つことが出来なかった。


 騎士の一人が座から魔結晶を下ろし、その色を確認する。

 赤に染まっていれば、リリカの勝ちだ。


「魔結晶の色は……青! 僅差ですが……青です!!」


 リリカは揺れる目で鍵盤に視線を落とし、その声に何も言えずに、ただ座っていることしか出来なかった。


「ララ様だ!! ララ様が勝ったぞっ!!」


 聞こえてくるのは騎士たちの歓声。

 そして、ララは得意気にギターを掻き鳴らす。


 リリカは呆然と今までの演奏を振り返った。


(負けた……? 私が……? この戦いは、絶対に負けちゃいけない戦いだったのに……)


 この勝負にはフィーネの命が賭かっている。

 そして、成り行き次第ではリリカとフェレス……最悪、村すらも無事では済まないのだ。


 その戦いに、リリカは敗北した。


(理由は……そうだ、このオルガンは初めて触ったから……。ピアノとは違う部分が多くて……)


 必死に言い訳を探すが、それは何の意味も無いことだった。

 契約して、勝負して、負けた。

 ただそれだけだ。


 今さら何を考えても、結果は変わらない。

 悪魔の契約は絶対だ。


 後ろから、足音が聞こえてくる。

 男はリリカを見下ろし、口を開いた。


「いい勝負だった。が……惜しかったな。あそこであの楽曲を選んだのは、お前のミスだ」


 最後、リリカとララの戦いは純粋なパワー勝負だった。

 そして、演奏が終わった瞬間、リリカもララも、この戦いが完全に互角だったことを悟っていた。


 そこにひとつだけ違いがあるとすれば、リリカは敗北を悟り、ララは勝利を確信していたということだけだ。


 ララはギターを従者に運ばせ、言った。


「リッチー・ブラックモアはレッドツェッペリンが台頭した辺りからクラシック路線からハード路線への変更を巡ってジョン・ロードと意見を対立させていた。お前の選んだ楽曲はその直後のものだ。ブラックモアはこの演奏を納得していなかったとも言われているが、定かなことは分からない。ただひとつ言えることは……」


 ララはリリカの眺めるオルガンの鍵盤蓋を閉じて、言った。


「リッチー・ブラックモアは、「紫の炎」を「納得して作曲出来た」とコメントしたということだけだ」


 だから、リリカは負けた。


 どちらの曲も優れているのは事実だ。

 しかし、カウンター・セッションでは純粋な力量差だけではなく、選曲の適切さまで評価を下される演奏形式だ。


 リリカはララのスピードキングを利用し、ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラで対抗するしかなかった。

 しかし、その時点で、リリカはララに作戦負けしていたのだ。


 序盤の不利はひっくり返した。

 その時点では有利も不利も無かったのだ。

 魔結晶は無色透明で、そこからは純粋なパワー勝負。


 そうなれば、相手は同じディープ・パープルで、より観客ウケのする名曲を出せばいいだけの話だ。


 つまるところ、最初の一曲目でララが数秒遅れて演奏を始めたという事実一つで、この戦いの全ての結果が決まってしまっていたのだ。

 リリカの敗因は、「ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ」だ。

 しかし、「ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ」を出さなければ、二曲目の時点で負けていた。


 どう転んでも、詰んでいたのだ。


「さあ、決着はついた。フィーネ・フォン・オペレッタを差し出して貰おうか」


 その言葉に、リリカはただ呆然と、閉じた鍵盤を眺めていることしか出来なかった。

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