15話 雁字搦めのトライアングル
「なるほど……だんだんと話が読めて来ましたよ……」
リリカは立ち上がり、フィーネとフェレスに人差し指を向けて言い放った。
「つまり、その盗まれたピアノがフェレスちゃんってわけですね……!」
「えぇええ!?!? フェレスさんが悪魔のピアノ!?!?」
「ちょ、マスター!?」
混乱する二人を余所に、リリカは自らの推理を披露し始める。
「ようするにですよ! 私が集積所で見つけたこのピアノ……フェレスちゃんのピアノがそのライディアナ王国の神器である国宝のピアノなんですよ! あぁ、だんだんと記憶のピースがくっついて来ましたよ! たしかあの日、私はエーデルハイルでフィーネさんと間違えられて誘拐されて、それからフェレスちゃんと出会ったんです!! これって、つまりそう言うことですよね!?!?」
「えぇえっ!?!? リリカ様はライディアナ王国から神器を盗んだのですか!?!?」
フィーネの驚愕の表情にリリカは眉寝を寄せる。
「ぬ、盗んだわけでは……というより、フィーネさんはそれを知ってフェレスちゃんを取り返しに来たわけではないのですか……?」
困惑するリリカに、フェレスが呆れた声音で言う。
「マスター、コイツがここに来たのは偶然だって話だったよ……。それに、私を取り戻すことが目的なら、わざわざ目の前で落馬するような意味不明な真似はしないと思う……」
それを聞き、リリカは青ざめた顔になり、自分が今何をしたのかを自覚する。
それから部屋の隅に立て掛けてあった箒を取り、それをフィーネに向けて構えた。それとほぼ同時、フェレスはフィーネを羽交い締めにし拘束。
何が起きているのか分からないフィーネは「え? え?」と混乱した様子で二人のほうへと目を向けることしかできない。
「マスター、殺っちゃおう? 知られたからには生きては返せない」
「殺しはしませんが……迂闊でした。わざわざ自分の弱みを見せてしまうなんて、リリカ・クラヴィーア、一生の不覚です……!」
「ちょちょちょ!! なんなんですのいきなり!! 私に何の恨みがおありですの!?」
「恨みはない。ただ不都合な存在というだけ」
「私は盗んだわけではありませんが、フェレスちゃんがここにいると知られればただでは済まされません。フィーネさんは自分の家族を助け出すために確実にフェレスちゃんの居場所を報告しますし、そうなったら私も家族も、下手したらこの村ごと焼き討ちです……。悪く思わないで下さいね、フィーネさん……」
「いや、待って待って! 私はそんなことしませんわ!!」
「信じると思う? マスター、はやくその箒でコイツをラクにしてあげて」
「わ、私の家名を賭けて誓います!!」
そう言ってフィーネはポケットから記章と白いハンカチを取り出し、リリカにそれを差し出した。
「これは私がオペレッタ家の令嬢であることを証明するものです……」
フィーネはリリカに語りかける。
「私とリリカ様は見かけの上では全く見分けが付かないほどに瓜二つです……もしこの村に被害が及ぶことを恐れるというのであれば、是非、あなたが自らの手で盗人として私を突き出し、フェレス様を国王様にお返しくださいませ。そうして国王様に要求するのです。『神器を見つけた手柄として、ひとつだけお願いがあるのです。レイデンシュタッツの村には、どうか温情に満ちた対応を取り計らって頂けませんでしょうか? 私がこのピアノを要求した際、村の方々は大人しくピアノと盗人を差し出してくださりましたから』と。そうすればリリカ様も村も助かります……。その後、出来れば私の父と母を解放してさえ頂ければ……」
ようするに、リリカがフィーネになりすまし、フィーネを盗人として国王に差し出すことで、リリカは助かる。村も逆賊の疑いが掛けられる恐れは無くなるし、フィーネの両親も無実が証明される。
しかし……
「それでは……フィーネさんはどうなるんですか……?」
「処刑は免れないでしょう……。しかし背に腹は代えられません。私以外は全員助かるのですから……」
フィーネの言葉にリリカは箒を下ろした。
しかしフェレスはリリカのほうを見上げて言う。
「私を国王に差し出したら、マスターは死ぬ」
唐突な死という言葉にリリカは目を見開く。
「フェレスちゃん、それはどういうことですか……?」
フェレスはこれまでで最も低い声音でその内容を紡いでいく。
「国王に私を差し出せば、マスターは私を弾くことが出来なくなる。つまり、これは契約不履行。悪魔との契約が破られた場合……契約者であるマスターは確実に死に到る。これは私とマスターの意志によってどうこう出来る話じゃない。一度結ばれた契約は、それが達成されるか、マスターが死ぬことでしか破棄することは出来ない」
「つまり、私は何が何でもフェレスちゃんを国王に渡してはいけないということですか……?」
「そう。私はマスターのピアノ。そして、あなたは私のマスター……」
フェレスの青い瞳にリリカは俯き奥歯を噛んだ。
中世の世界では、魔女狩りは日常茶飯事だった。
村ごと焼き滅ぼされることさえ珍しくはなかった。
それが魔女という嫌疑を掛けられただけであれば本人だけで済むかもしれないが、今回に限っては、魔女どころか現行犯の逆賊だ。
リリカは箒を強く握り締め、それから、床に捨てた。
転がる箒を見てフィーネはリリカのほうに顔を上げる。
彼女は覚悟を決めたようにふっと笑った。
「フィーネさん、約束してください。私たちのことは絶対に誰にも他言はしないと。その代わり……」
リリカは紫紺の瞳を真っ直ぐ、目の前の悪魔へと向ける。
「フェレスちゃん。私はここで……『契約』します」
リリカの言葉にフェレスはすっとマスターを見据える。
「悪魔の契約は絶対だよ。もの凄く高くつく。いいの?」
「はい。フィーネさんと私の間に絆や信頼がある仲ならば口約束でもよかったのですが……生憎、私はフィーネさんを信じ切れません」
「……そう。それじゃあ、契約して。マスター」
フェレスの呟きと共に部屋の床に魔法陣が広がり、紫色の輝きを放つ。
リリカはその魔法陣の上でフィーネとの契約内容を取り決め始める。
「私は命に代えてでもフィーネさんのお父さんとお母さんを助け出します。その代わり、フィーネさん。私とフェレスちゃんのことは誰にも言わないでください。もし誰かに言おうとしたら……」
フィーネはリリカの、その悪魔のような冷たい表情に息を飲んだ。
「言葉を発する前に、舌を噛んで死んでください」




