13話 フィーネ・フォン・オペレッタ
リリカとフェレスが農作業に勤しんでいると、何やら向こうの方から騒がしい馬車の一団が駆けてきた。
先頭を駆けるのは美しい黒鹿毛の馬に跨がった……
「あれ、マスターが二人……」
「えぇえええ……!?!? リリカがお馬さんに乗ってこっちに走ってきますよ!?!?」
赤髪をツインテールにまとめた白いドレス姿の少女は、額の汗を拭い今にも泣き出しそうな顔で馬を走らせ、背後の馬車から一目散に逃げている。
「はひぃ~!! どいてぇ~~っ!!」
少女はリリカたちのほうへと猛スピードで突っ込み、そのままバランスを崩して山盛りの藁の中に突っ込んだ。
「うわ……! 大丈夫ですか!?」
「藁が無かったら確実に死んでる。凄まじい度胸だ……」
「度胸……? 完全に事故に見えましたが……」
リリカたちは藁のほうへと駆けて行き、馬は藁に突っ込んだ少女を置いて一人でに教会のほうへと走って行った。
その数秒後、馬車の集団は怒号をあげながら馬を追って二人の視界から消えていった。
「振り落とされたのに気付かなかったみたいですね……。大丈夫ですか?」
「は、はひゅ……死ぬかと思った……っは!?」
リリカ似の少女は藁の中からリリカを見上げ、紫紺の瞳を輝かせて言った。
「うわぁ……すごいきれいなひと……! 結婚して?」
「えぇ!? あなた誰ですか!? てか女の子ですよね!? 出来ませんよぉ!!」
そもそも自分と同じ顔の女に一目惚れとはどういった趣味嗜好なのか、と隣のフェレスは目を細める。
「ううん。するの。あなたは私の太陽よ!! ああ、美しいガーベラのようなあなた……ちなみに、ガーベラの花言葉は「希望」「常に前進」「辛抱強さ」よ。まさに……あぁ、あなた通りの素敵な花言葉ね……!!」
「会ったばかりなのに、そんなの分からないじゃないですか……。ほら、立ってください」
リリカ似の赤いツインテールの少女は、リリカの差し出した手を取り、手の甲にそっと口付けをした。
「うわぁ!? そういう意味で手を貸したわけではありません!!」
リリカはびっくりして手を引き、少女は立ち上がり、跪いて再度求婚を申し込む。
「素晴らしいあなた……! あぁ! あなたのことを「あなた」としか言えないのがもどかしい! さあ、私の手を取って一言「あなたの求婚を受け入れます」と言うのです。そしてあなたの名前を、この記念すべき日に私の脳髄の最も奥深い場所に刻み入れるべく、その麗しい唇から是非お教えください……にへへ……」
「り、リリカ・クラヴィーアです……。結婚はしません……」
「リリカ!! クラヴィーア!! あああなんということ!? 美しいにもほどがあるわ!?」
少女はツインテールを激しく揺らしながら叫んだ。
慌ただしく動き回る彼女を前に、リリカはフェレスと顔を合せるが、フェレスは肩を竦めるだけだった。
「リリカ……! つまり、「リリィ」と「花」でリリカですわね!? ということは百合の花……ユリの花言葉は!! 「純粋」「無垢」「威厳」!!! まさしく、あなたに相応しい花言葉……。ああ、麗しいリリカ……!! もう私の目にはあなた以外は映らない!!」
「はぁ……。それで、あなたは誰なんですか?」
「はっ!? 私としたことが名乗り遅れてしまいましたわ!! 私の名前はフィーネ・フォン・オペレッタ!! オペレッタ家のフィーネですわ!!」
少女は恭しく頭を下げる。
「うん……? フィーネ・フォン・オペレッタ……どこかで聞いたような……」
「私のことをお知りなのですか!? いや、しかし出会ったことは……はっ!? つまり、これは前世での出会いの暗示……!! やはり私とあなたは運命的に結ばれている……」
そう言いながら、フィーネはふと横に立つフェレスと視線が合った。
フェレスは二人のやり取りには何も言わず、ただ真顔でそこに突っ立っているだけだった。
それを見て、フィーネはポカーンと口を開け、それからこう言った。
「おひめさまみたい……すき……」
「悪魔だよ」
「いいえ!! あなたは悪魔などではありません!! あなたはまさしく私だけの姫!!! 私が今まで見た中で最も麗しい少女……!! リリカ様……先ほどの私の言葉は……大変心苦しいのですが、前言撤回させて頂いてもよろしいだろうか……?」
「はい。いいですよ」
苦悶の表情で問うフィーネにリリカはひとつ返事で頷いた。
何やら凄く葛藤しているようだが、リリカには一ミリも関係がない。
「ありがとうリリカ!!! さあ、あなた! ここで私の脳髄の最も奥深いところに! その身を象る素晴らしい名をお教え下さい……!!」
「フェレス」
「フェレス!! ああぁッ!!! 素晴らしい名前だっ!!! 結婚しよう、フェレス……」
フェレスはリリカのほうを見るが、リリカは肩を竦めるだけだった。
「結婚はいや」
「いえ、しよう!! する!! 今日のうちに! いや、今から!! 善は急げと言いますし、幸いなことにすぐそこには教会があるみたいだわ!!」
フィーネはフェレスの手を取り、教会のほうを指さす。
「さあフェレス様!! 早く!!!」
「あなた追われてるんじゃないの?」
「はっ!?」
フィーネは自分が追われていることをすっかり忘れていたらしい。
彼女はフェレスのほうに満面の笑みを見せて、言った。
「ありがとう! 親切なフェレス!! やはりあなたは私の姫に相応しい!!」
「マスター、コイツ面倒臭いからとっととあいつらに引き渡しちゃお?」
「一応話だけは聞いてあげましょうよ……」




