表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/31

閑話 未来はいつも「霧の中」のように不透明で

「それで……負けておいて厚かましいお願いではあるのですが……」


 セシリアは申し訳なさそうにリリカたちにそう呟き、頭を下げた。


「セリナのこと……他言しないで頂きたいのです……」


 亜麻色の髪が垂れ、顔はよく見えない。

 しかしその声音は真摯さを感じさせ、決闘以前の見下したような態度はどこにも残っていなかった。


「こんなお願いが出来る立場でないことは重々承知です……。しかし、私はどうしても、今の立場を失う訳にはいかないのです……」


「事情は私から話す」


 セシリアの前にセリナが立ち、なぜ、彼女が「権力」を欲するようになったのか、なぜ彼女は教皇を目指すのかを話し始めた。


 話を要約すると……セシリアは、教皇に母を殺された。

 病弱な母を医者に診せるため街に赴いたその日、教皇の乗った馬車が進路を狂わせ、彼女の母は轢き殺された。

 教皇はその様子を見ていたにも関わらず、まるで気に掛ける様子もなくその場を立ち去って行ったという。


 人が轢かれたのに、母が殺されたのに……街の人達は誰一人として母を助けようとも、教皇に声を上げようとも、セシリアに手を差し伸べようともしなかった。

 それは彼女の母を轢いたのが「教皇」という最高権力者であるからだ。

 市民が声を上げたとして、そこから先何が起きるのか誰も予想が付かなかった。


 セシリアは、その日すべてを悟った。

 母がゴミのように殺されたのは、誰も自分を助けてくれないのは、自分たちの立場が弱かったからだ。

 セシリアは誓った。もう誰にも見下されないくらい偉くなって、誰もが自分を尊敬するような「権力」を手にすると。


 そして、いつかその権力の力を振りかざし、あの教皇に復讐するのだ。

 その願いを叶えるために、セリナは彼女と契約した。


「セシリアには未来が必要。どうか、今回だけは見逃して欲しい。私からも、お願いします……」


 セリナは誠心誠意頭を下げ、自分たちを見逃すように懇願する。


 リリカは神父と顔を見合わせ、神父は頷く。


「顔を上げてください、セシリアさん、セリナさん」


 顔を上げたセシリアに、リリカは彼女の手を掴みぎゅっと握った。


「セシリアさんと私たちはもう音楽仲間なんですよ? 仲間を売るようなことは絶対にしません!」


 その言葉を聞き、セシリアは息を飲む。

 そして、神父のほうを見た。


 神父は微笑み、聖典を翳して言った。


「聖職者は"赦す"ためにいるものですから……」


 セシリアはそれを聞き、安心したように、その場に静かに泣き崩れた。

 セリナは彼女の背をさすり、フェレスのほうへと視線を上げる。


「セシリアを恨まないであげて……。それと……あなたは弱いマスターって言ったけど、セシリアが本当に弱いかどうかは、これから次第だから……」


 そうとだけ伝えると、彼女はセシリアを立たせ、教会を後にしようとする。

 その肩を掴み、フェレスは肩を竦めて言った。


「泣きながら帰られると後味が悪い」



 † † † † †



 同日、夜――

 酒場には村中の人々が押しかけ、二人の音楽家の演奏を今か今かと待ちわびていた。


「こんな場で、しかも協演するなんて初めてです……」


「大丈夫。マスターも初めてだから」


「それ本当に大丈夫なんですか!?」


「ダメでも問題ないわ。別にこれは決闘でも何でもないんだから。それでも緊張するようなら、最初に派手な失敗やらかしちゃいなさい。そうしたら、後はやるようにやるだけなんだから」


 フェレスとセリナの無責任なアドバイスにセシリアは肩を竦め、隣のリリカは楽しそうに笑う。


「フェレスちゃんもセリナちゃんも、いい悪魔ですね!」


「良いも悪いもマスター次第だよ、マスター」


「別に……私は当たり前のことを言ってるだけよ」


 二人の悪魔に微笑み、リリカはセシリアと顔を見合わせる。

 舞台の向こうからは期待に胸を膨らませた聴衆たちが、二人の登場を今か今かと待っている。


「ジャム・セッションはジャズ発祥の演奏形式です。今夜はセシリアさんの得意なジャズで盛り上がっちゃいましょう!」


「でも……何を演奏すればいいのか……」


 リリカはウィンクし、舞台上のピアノを見て、それからセシリアの持つコルネットを流し見た。


「まさか……"あれ"ですか!?」


「ピアニストとコルネッターがいるんですから、今日の決闘を予習していれば当然の選曲です!」


「でも、あれはピアノソロ曲ですよね……?」


「即興はジャズのお家芸でしたよね、セシリアさん?」


 挑発的なリリカの表情に、セシリアは彼女の思惑を理解し口端を上げた。

 協演とは言っても、ジャム・セッションは腕前を競う側面の大きな演奏形式だ。


「なるほど……確かに、それはいい考えです」


 二人は肩を並べて舞台へと上がり、観客達の拍手喝采に笑顔で応えた。

 リリカがピアノに腰掛けるのを見ると、セシリアは客席に一礼する。


 そして互いの楽器を構え……


「「それでは聞いて下さい……ビックス・バイダーベックの『In A Mist』!!」」


 騒がしい酒場に、楽しい音楽が弾け回った。


 ジャズの黎明期を牽引した王様は、こんな言葉を残している。


『私はいつも、なにか手立てがあると思っております。扉がひとつ閉じたなら、神様は別の扉を開けてくださるものです』


 二人の運命はここから、「別の扉」へと進んでいく……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ