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10話 決着

 それを聞き、セシリアは微笑む。


 二人の楽曲は最終局面へと突入し、互いの音楽が激しくしのぎを削りあう。


 そしてちょうど今、「Singin The Blues」が終わったところだ。

 彼女はコルネットを唇から離し、呟いた。


「大切なことを忘れていました……。私ったら、本当に「あらあら……」ですわね……」


 セリナはそれを聞き、嬉しそうに微笑んだ。


 彼女たちに何があったのかリリカは知らない。

 だけど、彼女たちの「音楽が好き」という気持ちは、演奏の中に残っていた。

 どれだけ時が経っても、最初の気持ちを忘れてしまっても、好きだからこそ続けてこれた。

 本番は、そこに到るまでのすべての練習の積み重ねだから……。


「どうしたんだ……?」

「演奏がやんだぞ……何か喋ってる?」

「これでお終いか? 俺はもっとあいつらのセッションが聴きたいぞ!」


 聴衆たちの声が教会に響く。

 セシリアとリリカは座に添えられた魔結晶に視線を移した。


 結晶は無色透明だ。


 つまり、勝負はまだ付いていない。


「最後の曲は、互いの全力を賭けた一騎打ち……」


「ですね……!」


 二人が楽器を構えるのを見て、観衆は沸く。

 凪は越えた。台風の目の中の静寂も。


 ここからは、音の嵐だ。


 ジョー・"キング"・オリヴァー

 「Wa Wa Wa」


 J.S.バッハ

 「インヴェンション No13 イ短調」


 二つの強烈な嵐が、教会内に突風を巻き起こした。


 跳ねる回るような鍵盤の音色に、貫くように高らかなホーン。


 互いの顔を見合わせ、強烈な一撃をぶつけ合う。

 音と音が反響し、一つの調べとなって空間内の全てを揺らす。

 鼓膜を、壁を、ガラス窓を、振動という名のパワーが力強く揺り動かしている。


 セシリアの選曲はジョー・"キング"・オリヴァー。

 一曲目の「ディッパーマウスブルース」でお馴染み、「ジャズの王様」だ。


 リリカの選曲はJ.S.バッハ。

 彼以降の全ての音楽の始祖とも呼べる「音楽の父」である。


 リリカは「インヴェンション」を繊細に踊らせ、しならせ、弾けさせる。

 セシリアは「Wa Wa Wa」を美しく、そして楽しげに爆発させる。


 聴衆たちは二人の奏でる音楽を聴き入っていた。

 もはや勝敗などどうでもいいとさえ思えた。

 だけど、あの二人だけは違った。


(負けられないわ……!)


「絶対に勝ちます……!」


 赤いポニーテールが風に揺れ、修道服が踊る。

 教会内に重なり響くは悪魔の音色。

 魔結晶は赤く染まり、青く燃え、激しく発光し、両者の音楽の素晴らしさを光に変えて主張する。


 クラシックが爆ぜジャズが叫ぶ。

 両思いの音色が、その存在意義を、自らの美しさを、声高に吠え上げる。


「あ……!」


 刹那、一人の観衆が声を上げた。

 セシリアが懐からスカーフを取り出し、コルネットのベルを覆ったのだ。


「ミュート奏法だ……」


 キング・オリヴァーはこの奏法の先駆け的存在だった。

 何かの金属部品や布や帽子にコップやバケツ、とにかく、ベルを覆ったり中に突っ込めるものなら何でも試した。


 コルネットは唇によって表情が変わる。

 息遣いによって表情が変わる。

 声量によっても表情が変わる。


 そして、外的要因によっても表情が変わる。

 それがミュート奏法。楽器に外付けで部品を足し、楽器の発する音そのものを変えてしまうのだ。


 ギターで言うところのアンプやエフェクターといったところだろうか。

 ただひとつ違うのは、コルネットは日用雑貨だろうが何だろうが、何でも武器に出来るということ。


 無限の表情を持つ楽器……それが、コルネットだ。


 セシリアの多彩な音色の連激がリリカのピアノを圧す。

 対するリリカはさらに指の動きを加速する。


「フェイクを入れてきたぞ……!」


 ジャズは原曲を崩したアドリブでの演奏が基本だ。

 そして、ジャズの原形はクラシック……。

 つまり「インヴェンション」もジャズの技法を取り入れて強化することが出来る。


 ピアノの強みは何はともあれ、二つの旋律を同時に演奏出来ること。

 手は二つあり、指は十本ある。

 理論上の手数の多さはコルネットの十倍だ。


 曲は最終局面へと突入し、聴衆たちは互いの技術の粋を出し尽くした攻防を固唾を飲んで見守る。


 リリカが鍵盤を叩き上げ、セシリアが音色を締める。


 静寂に僅かな残響がこだまし、それが完全に消滅すると共に、リリカはピアノから立ち上がった。

 二人は互いに顔を見合わせ、それから一礼し、観客のほうへと向き直り、もう一度一礼した。


 その瞬間、大喝采が沸いた。


「凄い! 凄い凄い凄いって!!!」

「なんだよあいつら! 最高に狂ってるぜ!!」

「いい演奏だった!!」


 飛び交う拍手喝采を前に、二人は顔を見合わせて笑った。

 もはやこの戦いが争いから始まったことなど忘れているかのように、そして、ずっと前から友達だったかのように。


「いい演奏だったわ」


「セシリアさんこそ! ジャズが好きなんですね!」


 二人は互いの演奏を讃え合い、固く手を結んだ。


「そういえば、どっちが勝ったんでしょう……」


「それもそうね。決闘でしたから」


 リリカ、セシリア、フェレス、セリナ、神父……それに観衆たち。

 全員が座のほうへと、魔結晶へと視線を向ける。


「透明……いや、僅かに赤みがかっている……」


 神父がそう言うと、村人たちは歓声を上げ、セシリアは困ったような苦笑を見せた。


「リリカちゃんが司教様に勝った~!!」


「あらあら……でも納得の結果ね。あなたの演奏と選曲、確かに凄まじい音楽愛を感じたわ」


「えへへ……セシリアさんだって~!」


 リリカが照れていると、フェレスが裾を引っ張ってきた。


「つまり、私たちは異端審問で燃やされずに済むってことでオーケー?」


「ここまで来て処刑しないわよ……。いいわ、あなた達のことは契約通り見逃します。そして、このことは一切口外致しません」


 セシリアの宣言に、神父がその場で崩れ落ちた。

 驚いたリリカは神父の肩を揺する。


「神父さん!? どうしたんですか……? どこかお体が悪いんですか……?」


「いえ……気が抜けてしまって……。はあ、助かったんですね……私たち……」


「よかったね。私のお陰だよ」


「いや、元を正せばフェレスさんのせいですから……とはいえ、助けられたのも事実ですからね……。ありがとうございます。フェレスさん、リリカさん……」


 神父の礼にリリカは笑顔で応え、フェレスはいつもの無表情でダブルピースをした。


「これにて一件落着だね、マスター」

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