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9話 クラ×ジャズ

 モーリス・ラヴェルはクラシックの斜陽に生きた作曲家だ。


 第一次世界大戦を経験した世代の作曲家であり、ラヴェル自身も戦闘機パイロットを志願したが、虚弱体質を理由に断られ、それでも諦めきれず、砲弾が飛び交う中をトラック輸送兵として戦争に参加した。


 1875年に生まれ1937年に没したと聞けば、彼がどれだけ現代に近い作曲家か分かるだろう。

 そして、今セシリアの演奏する「ディッパーマウスブルース」の作曲家、ジョー・"キング"・オリヴァーは1885年に生まれ、1938年に没した。


 彼らは同時代の作曲家かつ、没年に関して言えば僅か一年違いでしかない。


 クラシックの斜陽にしてジャズの黎明期。

 ふたつの音楽の交わる境界で、ラヴェルはクラシック界に輝き、オリヴァーはジャズを牽引した。


 ジャズとラヴェルは互いに影響を受け合う存在だった。

 ジャズはクラシックから生まれ、ラヴェルはそのジャズをクラシックに逆輸入した。


 明るく楽しげで未来に希望を感じさせる、なんとも愉快な旋律で、かと思えば思慮深く繊細なパッセージへと移り変わり、そうかと思えばまた嬉しそうに跳ね回るピアノが楽しい、ジャズらしさも含んだピアノ協奏曲。


 それが「ピアノ協奏曲 ト長調」だ。


 リリカはセシリアの「ディッパーマウスブルース」で出来上がった聴衆の気分に合わせ、ジャズとクラシックの繋がりを利用して酔わせたのだ。


 聴衆たちは互いに楽曲についての解説を始め、リリカの意図する作戦に徐々に気付き始める。


「アイツヤバいぞ……マジでヤバいって!!」

「技術だけじゃない……豊富な知識に確かな即興能力……非の打ち所がないな……」

「そこじゃねえだろ! 音楽に対する愛だよ……!! 弾くだけじゃなくて、知ろうとする執念がある!!」

「そうだ! リリカちゃんには音楽に対する愛があるんだ!!」


 聴衆たちの反応は一気にリリカ優勢に傾いた。

 セシリアは座に置かれた魔結晶へと視線を移す。


 無色透明だった結晶は、今は僅かに赤みがかっている。


(マズい……思ったより手強い……)


 セシリアは「ディッパーマウスブルース」を吹きつつ、頭の中で立て直しのための作戦を練る。

 彼女の楽曲はジャズの要素を含んだクラシック音楽だ。

 しかも、こちらの楽曲に時代まで合せ、その対称性を武器の領域にまで昇華した。


(ならば、こちらも作法を合わせるまで……!)


 ビックス・バイダーベック

 「Singin The Blues」


 強烈な楽句(イクスプロージョン)が観衆をさらに湧かせた。

 そう……ビックス・バイダーベックは「ラヴェル」に対するジャズ最大のカウンターだ。


 「クラシックに対して」なんて生温いカウンターではない。


 それを理解した一部の観衆は大狂乱を起こして叫びを上げる。


「司教様も負けてない!! 司教様にも愛があるんだ!!」

「凄いぞ……こんな戦い二度と見れるもんじゃない!!」

「これは一世一代のクラシックとジャズの大戦争だ!!!」


 聴衆の大歓声にセシリアはしてやったりと微笑む。

 その笑顔をみて、リリカは嬉しそうに笑う。


 彼女の表情を見て、セシリアは何を笑っているのか分からなかった。

 コルネットを演奏している彼女に代わり、セリナが問いかける。


「一体何を笑ってるの? 何が嬉しいの……?」


「いえ……やっと音楽を純粋に楽しんでくれたなって思いまして……!」


 それを聞き、セリナはセシリアのほうへと視線を向けた。

 セシリアは呆然と目を見開き、自分が今、無意識のうちに音楽を楽しんでいたことを自覚する。


「ビックスも二人と同じ時代の音楽家ですからね、すぐに気が付きますよ。デトロイトでのバンド時代、ビックスはより高度な音楽の技法を学び取るため、同時代の現代音楽……特にドビュッシーやラヴェルを主とする印象派のクラシック音楽を聴き入りました。そうして印象派の影響を受けて作曲した、最も有名な二つのジャズ楽曲……それが『Singin The Blues』と『In A Mist』です。」


 リリカはセシリアに微笑み、嬉しそうにラヴェルを紡いでいく。


「ビックスはセシリアさんやキング・オリヴァーさんと同じコルネット吹きでした。ですが、『In A Mist』はピアノの楽曲です。ビックスは音楽が好きすぎて、プロになってからピアノを始めたんですよね!」


 リリカはまるで友達と話すかのようにセシリアに語りかける。


「たった一度のセッションでこんなに繋がりがあるなんて……クラシックとジャズって、両思いですよね! セシリアさん!」


 その問いかけに、セシリアは自分の内に眠っていたものが氷解していくのを感じていた。


 権力にしか興味がない……。

 そんなはずがあるわけないじゃないか。


 セシリアは今喋れない。

 だから、代わりにコルネットに全力の息を注ぎ込んだ。


 強烈な一撃だ。

 だけどリリカはそれを大喜びで受け取った。


「一緒に行きましょう、セシリアさん! 最後の楽曲は、お互いのやり方で……作戦抜きの、最強で!!」

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