値段に釣られて家賃の安い部屋に住んでみたらやっぱり事故物件だった件
「いや〜! ここが新しい部屋かぁ」
俺の名前は五十嵐裕太。大学進学に当たって一人暮らしをすることになり、この部屋に住むことに決めたのである。
東京某所にあるアパートのこの部屋は何と家賃二万円である。しかも、1LDKという中々の広さだ。
俺は不動産屋に何度も事故物件ではないのか問い詰めた。そして、大島◯るにも載ってないことを確認した。
下見の時も怪しいところが無いか隈なく探したが、特に問題無かった。
荷造りも無事に終え、今日から新しい生活が始まるのである。
「よーし! まずはバイトを探して、大学でサークルに入ってそれから……」
大学に合格するまでの間、色んなことを我慢してきたんだ。これからはたくさん遊びまくるぞー!
楽しみと期待に胸を膨らませていた俺だがその日の夜、不思議な夢を見た。
その夢は夢というには妙に現実感があり、俺は部屋でテレビを見ていた。
扉の方向から『ピンポーン』というインターホンの音が聞こえ、俺は玄関に向かった。
ドアスコープから外の様子を確認すると、赤いワンピースを着た髪の長い女が立っているのが見えた。表情は顔を伏せている為、確認することができない。
「ん……」
そこで俺は目が覚めた。変な夢だったな。気づけば汗をびっしょりかいていた。
顔を洗い、シャワーを浴びて大学に向かう準備をすることにした。
バラのキャンパスライフ、楽しみだなーと鼻歌混じりに部屋から出ると俺は思わず悲鳴を上げそうになった。
「こ、これは……髪?」
扉の前には長い髪の毛が数本か落ちていた。まさか夢で出てきた女の……
いや違う……これはきっと隣の部屋の人の髪だ。そうに違いない。
俺は頭の中で何度も自分にそう言い聞かせ大学に向かうことにした。
入学式が終わり、帰宅する頃には既に昨日見た夢のことなどすっかり忘れかけていた。
だが、この日も俺は妙な夢を見る。
昨日と同じく、俺は部屋でテレビを見ていた。扉の方向から『ピンポーン』というインターホンの音が聞こえてきた。
またか……ぎこちない足取りで玄関の扉に向かい、ドアスコープから外の様子を確認すると、昨日夢で見た女が顔を上げ、ニッコリと微笑んでいた。
「ひ……!」
咄嗟に扉から離れた。女が笑っていた。その女の顔は生気を感じられないくらい色白く、歯はまるでサメのようにギザギザしており、とても不気味であった。
俺は急いでリビングに戻り、目覚めようと頬を抓るも目覚めることが出来なかった。
すると、テレビの画面が突然、砂嵐に変わったかと思うと、ドアップで女性の顔が画面が写り込んだ。
女性は白目で、カクカクと不気味に顔を上下に動かしている。
「ニガ……サ……ナイ」
「うわぁ!」
そこで俺は目が覚めた。な、何だったんだ。今の夢は……
!!!!!!!!
絶句した。テレビに目を向けると、何とテレビの前には長い髪の毛がたくさん落ちてあった。
すぐに誰のものか分かった。この髪はきっとあの女のものだ。
「このままじゃ、まずいよな……」
身の危険を感じた俺は藁にもすがる思いで『とある人物』に電話をし、事情を説明した。
午前十時、その人物がやってきた。扉を開けるとムスッとした表情で俺のことを見つめていた。
俺は見知った顔を見て、何だかとても安心した。
「来てくれてありがとう。入ってくれ」
「全く……急に呼び出したかと思えば。本当都合良いんだから」
俺が連絡したこの人物の名前は藤原悠理。歳は俺より一つ上で、小さい頃からの付き合いでよく一緒に遊んでいた。
悠理は去年、俺と同じ大学に合格しており、俺が入学する前もちょくちょく連絡を取り合っていた。
悠理には昔から霊感があり、今回の件も何とか出来るのではないかと思い、お願いしてみたのである。
「ってかさ、そもそも家賃二万円の部屋なんて普通危ないと思うでしょ。何で住もうと思ったの?」
「だって、不動産屋の人も事故物件じゃありませんって言ってたし、」
「そんなの隠そうと思えばいくらでも隠せるんだよ」
「け、けど……大島◯るにだって載ってなかったし」
「大島◯るに載ってなくても事故物件のところなんていくらでもあるんだからね。まー、一応見てあげるけどあんまり期待しないでよ」
早速、リビングの中に入ると悠理はテレビと落ちている髪を凝視した。やはり何か感じるのだろうか。
「うん。やっばいね……この部屋」
いつも強気な態度をしている悠理が珍しく顔を引きつらせていた。やはり、この部屋は事故物件だったようである。
「や、やっぱり何かあったのか。この部屋には?」
「何があったのかまでは分からない。けど、このままだとあんた。間違いなくとんでもないことになるね。悪いことは言わないから今すぐここから出た方がいい」
「で、出るって言ったって……」
引っ越せるものなら今すぐにでも引越ししたいが、部屋を見つけ出し、引越しするまではこの部屋に住む必要がある。
実家から大学まではかなり距離があるため、通学するのは厳しいだろう。
引っ越しが終わるまで果たして俺は生きていられるのだろうか。考えただけで身震いしてくる。
「とりあえず、今日はうちに来なよ」
「え……でも」
いくら子供の頃からの付き合いとは言え、彼女でもない女性の部屋に泊まるというのは憚られた。
「どうせ泊めてくれる友達もまだいないんでしょ? このままだと、あんた間違いなくその女の霊に殺されるし、遠慮しなくて良いからさ」
「わ、分かった。それじゃあ悪いけど……」
悩んだ挙句、俺は悠理の部屋にお邪魔させてもらうことにした。
悠理の部屋はここから電車で四つほど離れた駅の近くにある。
「ちょっと散らかってくるけど上がって」
その言葉に嘘偽りなく、悠理の部屋は散らかっていた。悠理は全く自炊してないのか、テーブルの上にはコンビニ弁当やカップラーメンの空が大量に積まれている。
「悠理……ちょっと、掃除しても良いか?」
「うん、別にいいよ。ってか、超助かる」
掃除している中で、悠理が脱ぎ散らかした服や下着、虫なども出てきたが何とか掃除を終えた。
俺の事故物件もなかなかだったが、悠理の部屋もすごい有様だなと思った。
悠理は綺麗になった部屋にファブリーズをたくさん噴いた。悠理が言うにはファブリーズには除霊効果があるらしい。
さらに部屋の角に盛り塩を置いた。これで今日は悪夢を見なくなるのだろうか。
恥ずかしながらも俺は悠理が近くにいるというだけで安心感でいっぱいだった。
「夜食買いに行くけど、何か欲しいものある?」
「…………ひ、一人は怖いから俺も付いて行っていいか?」
悠理と共に近くのコンビニに向かうことにした。歩いている途中、俺達はたわいもない雑談をしていたが、悠理が突然こんなことを訊いてきた。
「ねぇ、裕太。高校の時、恋愛関係で何かトラブルってあったりした?」
「え、あぁ。まぁ……ちょっとな」
俺は高校時代のトラブルについて悠理に説明した。かつて俺は同じクラスの女子にストーカーされていた。
ストーカーされる前にその女子から告白され、断ったのだが、それ以降ストーカーされてしまうのであった。
しかし、先生に相談したことでその女子からのストーカーは無くなった。
「多分だけど……あの霊は生き霊だよ」
「い、生き霊だって!?」
「予想だけどね。ま、手は打ってみるけどあんまり期待しないでね」
帰宅すると部屋の角に置いてあった盛り塩が全て黒くなっていた。霊感のない俺でもかなりやばいことが分かった。
「うっわ……想像以上にやばいね。裕太に憑いてる生き霊。こりゃ、モタモタしてらんないや」
まさかそんなに一刻を争う事態だとは思わなかった。
その日の夜、悠理は真剣な表情でA4サイズの紙に何かを書き込み、お札のようなものを作った。
「悠理。これは?」
「ちょっとしたおまじないだよ。生き霊が相手となるとかなり手強いからね。今日はあんたの枕元にこれを置いておくからね」
夜十時を過ぎた頃。俺と悠理は二人並んで一緒に寝ることにした。
悠理は俺にとって姉のようなものである為、恋愛感情など無いに等しいのだが、さすがに異性と一緒に寝るというのは小さい頃以来なので少し緊張する。
「それじゃ、電気消すよ。いい?」
「う、うん……」
部屋が真っ暗になった。自分の部屋で一人きりだったら、俺は怖くて眠りにつくことが出来なかっただろう。
「裕太」
隣にいる悠理が俺の手を握ってくれた。その手は暖かく、とても安心した。
「大丈夫だよ。私がいるからさ。ゆっくり休みな」
「うん。おやすみなさい」
俺はあっという間に眠りに落ちることが出来た。そして、また妙な夢を見た。
俺は自分の部屋におり、テレビを視聴していた。だが、昨日と決定的に違うのは俺の隣には悠理がいた。
「よし、作戦通り」
「ゆ、悠理……これは一体?」
「さっきのお札には裕太の夢に入り込める効果があるんだ。上手くいったみたいで安心したよ」
「え、えぇ……」
そんなトンデモ効果のあるお札をさくっと作れちゃうって……悠理、ちょっと凄すぎない?
「それで、夢の中だと何が起こるの?」
「昨日と一昨日は扉からインターホンの音が鳴ったんだけど……」
しかし、いくら待っても扉からインターホンの音は聞こえてこなかった。
「何も起こらないな……」
「油断しちゃダメだよ。地縛霊ならともかく生き霊なら確実に追ってくるはず」
すると、テレビの画面が砂嵐になったかと思うと昨日の夢と同じくドアップで女性の画面が写り込んだ。
昨日は白目を剥いていたが、今日は目が赤く充血していてより不気味だった。
「ひ……!」
あまりに怖くなった俺はテレビの画面から目を逸らした。早く目を覚ましたい。その思いでいっぱいだった。
しかし、そんな俺の頭を悠理が掴むと、強引にテレビの画面を見せようとしてきた。
「目を逸らさないの。ほら、ちゃんと確かめて。この子が裕太をストーカーしていた子?」
恐る恐る女性の顔を確認した。今はとても不気味な表情をしているが、その女性は高校時代に俺をストーカーしていた子であることが分かった。
「裕太くんのことが好きです! 付き合ってください!」
高校二年の夏。俺は同じクラスの女子から告白された。
俺に告白したその子とはほとんど接点がなく、どうして俺のことを好きになったのか不思議で仕方がなかった。
好きになった理由を彼女に訊くと雰囲気に惹かれたとのことだが……本当かどうか定かではない。
当時の俺は勉強第一で恋愛には興味が無く、申し訳ないと思いつつも告白を断った。
しかし、それ以降も彼女は俺にしつこく絡んでくるようになった。
机の中に俺への思いをびっしりと書き記した手紙を何十枚も入れてきたり、ある時は家の前で俺のことを観察してきた。
彼女のことが怖くなった俺は担任の先生に相談した。それ以降、ストーカー行為が無くなり、三年時にはクラス替えで別々のクラスになったため、彼女との接点も無くなった。
「ダ……レ……ソノ……オン……ナ……ノロッ……テ……ヤル……」
恐ろしく低い声で呟く彼女がとても怖い。さらに彼女の目から血の涙が溢れ出した。
「裕太。これ」
悠理はお札を取り出したかと思うと、俺に渡してきた。
「悠理、これは……」
「裕太。この霊はね、彼女の思いが具現化されたものなんだよ。テレビにお札を貼って、もう自分と関わって欲しく無いことをはっきりと伝えな。そうすれば、この霊は消えるから」
そうか、よし。やってやるぞ……
覚悟を決めたその時、部屋がグラグラと激しく揺れ、天井からポタポタと血が滴り落ちてきた。
テレビから細い腕が伸びてきた。まさか、テレビから出る気なのか!?
「早く貼って! モタモタしていると私も裕太もその子に呪い殺されちゃうよ!」
「わ、分かった!」
俺はテレビのお札を貼った。息を大きく吸い込んで自分の思いを告げる。
「もう……頼むから俺には関わるないでくれ! 俺のことは忘れて君は楽しく生きるんだ」
急にテレビから火が発生した。夢にも関わらず、凄まじい熱さを感じる。
「分かった。もう……関わるのはやめるよ」
不気味だった女性の顔は高校時代に見た和やかな表情に変わっていった。プツンとテレビの電源が落ち、火が消える。
「は!」
そこで俺の目が覚めた。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。悠理も「ふわぁ……」と欠伸をし、腕を伸ばしながら目を覚ました。
あんな夢を見ながら欠伸が出るなんて……すごい肝っ玉だな。
「上手くいったみたいだね」
「そうだな」
その日は念の為、悠理に自分の部屋を見てもらった。まだ終わってないんじゃ無いかと心配であったが、悠理はもう大丈夫だと言ってくれた。
「それじゃまた。今度お礼にさ、飲みにでも付き合ってよ」
「俺、未成年なんだが……それに悠理だって、まだ十九歳だろ?」
「大学生なんてみんな飲んでるんだしへーき、へーき。じゃーね」
「おう、またな」
悠理が帰っていった。悠理には感謝しきれない。
とても怖い思いをした数日間だったが、これでようやく楽しい大学生活の始まりである。
この時の俺は完全に全ての恐怖から解放されたと思い込んでいた。しかし、そんな希望はあっさりと打ち砕かれる。
その日の夜。俺はまた夢の中で自分の部屋にいた。だが、ちゃんとテレビは消えている。
きっと、偶然部屋にいる夢を見てしまったのだろう。
――ピンポーン。
扉の方からインターホンの音が聞こえてきた。
まさか……まだ終わってないっていうのか!? いや……ストーカーしていた子は確かに除霊したはずだ。
――ピンポーン。
――ピンポーン。
――ピンポーン。
何度も鳴らされるインターホン。さらには『バン、バン、バン』と扉を激しく叩く音が聞こえてきた。
怖いという思いがあったものの、どうしても真実を確かめたいと思った俺は玄関に向かった。
恐る恐るドアスコープから外の様子を確認する。
赤いワンピースを着た色白の女性がニッコリと微笑んでいた。あの時は気づかなかったが、よく見ると外にいる女性はかつて俺をストーカーしていた生き霊とは顔が違う。
つまり、ストーカーした生き霊の子とは違う霊だったのか。そして、チラッとだが見えてしまった。
あ、あれはまさか……俺は確かめるべく、再びドアスコープを見る。
女性は両手に『ある物』を持っていた。
「そ、そんな。悠理……」
「ケ、ケ、ケ、ケケケケ!」
女性は愉快そうにカクカクと顔を左右に揺らす。女性は苦痛に満ちた表情をしている悠理の生首を持っていた。
俺と悠理がその後、どうなってしまったのか……ご想像にお任せする。