第8話《おひるを美味しく食べたいだけ》
「ほたる、あんたがそんな調子だとおひるが美味しくなくなるわ」
「……わるい」
ほたるはボソッと呟くと、椅子をひいてのそりと立ち上がった。
「ま・ち・な・さ・い」
そうはさせまいとわたしはほたるの腕を引っつかみ、強引に席に戻す。
「ほたるがここでどこかに行ったら、後味悪くて余計におひるが美味しくなくなるでしょ」
「……」
「わたしはね、ほたると一緒に美味しいおひるを食べたいのよ」
どうせ幸せになるなら、一人でなるより、みんなで幸せになりたい。そのほうがもっと幸せだから。
美味しいおひるを食べるなら、一人で食べるより、みんなで食べたい。そのほうがもっと美味しくなるから。
一緒に食べる人が好きな人で、さらに、その人が笑顔ならもっと良い。
ぶっちゃけ、私はおひるを美味しく食べたいだけである。なんか文句ある?
「というわけで、ほたる!悩み事があるなら素直に白状なさい!わたしが解決してあげるから!」
「……」
ほたるは考え込むそぶりを見せるとしばらくして口を開いた。
「……じ、実は、な」
「なに?なに?」
「……」
「……?」
「……や、やっぱり――」
「だ・め!今更、黙秘はみとめないわよ!」
「……うぅ」
「ほらほら、早いとこぶちまけて楽になりなさい」
「……あの、そのぉ」
「うん、うん」
「……笑ったりしないか」
「微笑んだりはするかも」
「……やめる」
「いや!嘘よ!嘘!笑ったりも微笑んだりもしないから!」
「……ほんと?」
「あったりまえよ」
「……じゃ、じゃあな」
「うん」
「……実は――」
※
「はっくしょーーーーーーーーーーーーーーーん」
噂されてる。間違いない。なんだ、今の不自然なくしゃみは、伸ばしすぎだろ。自分でしたくしゃみだけど。
多分、鈴郷さんが噂してるんだろう。なんとかく確信姪たものがあった。きっと、おひる時だから俺の手作り弁当を美味しくいただいてるころだろう。ちょっと、自意識過剰だな。
鈴郷さんの好みはまだわかんなかいけど、とりあえずカップラ味のお弁当にしておいたから外すことはないだろう。
さて、俺はといえばだが、やることがなくなっていたのでダイニングの床に転がっていた。なんか、堅い床が凄く落ち着いた。
掃除は早々に終わらせ、もう、部屋中ピカピカだ。いくら汚かったとはいえ俺がやることは掃除に外ならないわけで。掃除は掃除、一つずつ確実にこなしていけば必ず終わるものだ。誰でも100点がとれるテストだと思う。
次に洗濯。洗濯機って凄いと思った。ウチには洗濯機なんて大層なものはなかったのはいわずもがな。俺が知らない間に文明は進みまくってた。あまりに楽過ぎて、なんとなくズルをしている気分になるくらいだった。
大量にあった衣類はベランダで風に揺られている。
そして、俺は床に転がっていた。
やることがなくなって、なにをすればいいのかわからず、手持ち無沙汰。
と、そんな時だった。
ピンポーン。
チャイムがなった。この部屋だ。
突然のことにビクンと俺の身体が跳ね上がる。
なんだ?なんだ?なんだ?誰が来た?
あわてふためき、その場でおたおたとし始める。
郵便屋さん?いやまて、昨日ちょっと見たけど、ここは集合受け箱、さらに言えばこの部屋は3階だ。わざわざ郵便ごときで登ってくるとは思えない。
だったら書留?小包?俺、でたほうがいいのか?代理人として受け取る?いや、勝手に受け取っていいのか?
と、とりあえず誰が来たのか確認しよう。
そろーり抜き足差し足忍び足と気配を消して俺は玄関に向かう。
物音を立てずに恐る恐る覗き穴を覗きこむ。
「……」
そこには仏頂面の知らない少女がいた。どこから、どう見ても郵便屋さんでもなければ、SAGAWAの人でも大和の人でも、ましてや、ヤクルトのおばちゃんでもなかった。
若干、波打ったショートヘアに透き通るような白い肌が印象的な少女だった。
なんとなく誰かに似ている気がした。
って、そんなこと考えてる場合とちがーーーーーーーう!
なに?だれ?誰なのこの娘は!?
ガチャガチャガチャガチャ!
うおーーーー!?なんかドアノブめっちゃガチャガチャやってるーーー!?
でも、鍵閉まってるからだいじょーぶ。
「……いない。まあ、平日だし、当たり前か……」
ドア越しに微かに少女呟いた。ふぅと一つ溜め息をはくと少女はがさごそとポケットを漁り始めた。
そして、取り出したのは小指程度の大きさの銀色の物体。
うん、すごく見たことがある形だ。それは多分世間一般的に『鍵』と呼ばれるものだと思う。
そして、少女はその鍵を鍵穴に差し込み――。
ガチャ。
たいひーーー!
総員退避ーーー!
にげろーーーい!
脱兎の如く、でも物音は一切立てずに俺はダイニングに転がり込んだ。