第37話《つながり》
唐突に、突然に、突拍子も、なんの脈絡もなく。
「手、繋がない?」
そんなことを聞いていた。
鈴郷宅への道すがら、俺はそう言って有灯ちゃんへと右手を差し出した。
面食らったような表情で有灯ちゃんはポカンと口を開けている。状況がイマイチ飲み込めていない様。
まあ、確かにア然とするのもわかる。突拍子なさすぎだ。
自分でもなんでこんなことを口にしたのかはよくわからない。勝手に口が動いていた。
駄々っ子のように喚く有灯ちゃんの姿が脳裏を過ぎる。
ただそうしなければならないような気がしたから。
いやまて、それは違う。
そんな言い訳はいらない。それがあたかも自分の意思じゃないような、空気を呼んだとかそんなことじゃないんだ。
これは俺がそうしたかったからしたんだ。自分の意思以外のなにものでもない。
俺は有灯ちゃんと手を繋ぎたい。
ただそれだけ。
有灯ちゃんは俺が差し出した手をじっと見つめ、それから俺のことを見上げた。
「ダメ、かな?」
少しだけ不安になった。ここで有灯ちゃんに拒まれれば、差し出した手を引っ込めるのは大変気まずい。いやまて、よく考えろ相手はあの有灯閣下だ。こんな申し出が許可されるわけはないだろう?俺もしかしてやっちゃった?
そんなことをぐるぐるぐるぐると考える。
当の有灯ちゃんは口を半開きにした間々俺のことをしばらく見つめ、それからボッと火がついた様に顔を真っ赤に染めた。
「なっ……!?ナッ!?なぁッ……!?」
バキッ!
そして俺はいつものようにぶん殴られて、その場で疼くまった。おぉ……相変わらず腰の入ったいい拳だぜ。うぅ、痛い……。
「こ、このッ!……あ、アホッ!!」
げしげしと足蹴にされる。
「この変態。なに考えてんのよあんたは……」
ぶつぶつと呟きながらそっぽを向いてしまう有灯ちゃん。あぁ、なんだろ拒まれたのは概ね予想通り。
予想通りだけど、
少し落ち込んだ。
下を向いてゆっくりと息を吐き出す。気を取り直そう。 暗い顔なんて見せられないから。
「ほら」
不意に有灯ちゃんから声がかけられた。顔を上げると有灯ちゃんがこちらに右の手の平を差し出していた。
「えーっと……これはお手?」
飼い主が犬にするそれである。
ガンッ!
差し出されたその手が手刀に変わり、そのまま俺の脳天に直撃した。衝撃に首が縮んだかと思った。
「違うわよアホ」
いつもの仏頂面でぶっきらぼうに、でも少しだけ頬は赤い。
「ん」
有灯ちゃんは再び俺に手を差し出す。疼くまっている俺。これは手を貸してくれるってことなのか?
俺は怖ず怖ずとその手に捕まろうと右手を出して――。
パシンッ!
と、その手を弾かれた。
「へ?」
ア然と有灯ちゃんを見上げる。手を貸してくれるんじゃなかったのかと講義の視線を投げかけた。
でも、有灯ちゃんはかわらずで、
「ん」
再び、俺に右手の平を差し出す。
……これはどういうこと?
「逆」
一言だけぼそりと、聞き取れるか、否かのか細い声で有灯ちゃんは呟いた。
逆?なにがと聞き返そうとして、ふとあることに気がついた。
俺は今度は"右手"ではなく"左手"を有灯ちゃんの"右手"に伸ばした。
二人の手が繋がる。今度は手を叩かれなかった。
「立て」
有灯ちゃんは俺を蹴り上げた。反射的に立ち上がる。
繋がったままの手。
有灯ちゃんは俺の手をぎゅっと握りしめた。
俺もそれに答えるように有灯ちゃんの小さな手を握り返した。
「……ははは」
知らずに口元が緩んだ。有灯ちゃんの手は少しだけひんやりとしていたけど、ちゃんと感じる人の体温。それが嬉しくて俺は照れたように笑っていた。
ここはこんなに暖かい。
有灯ちゃんを見る。やっぱり相変わらずの仏頂面。
だけど少しだけ、
少しだけ、その表情がいつもと違った。
「……い、いくわよ」
か細い声で、いつもの傲慢というか、他人を見下しているというか、そんな声じゃなくて、ただ普通の少女のような声で、有灯ちゃんは呟く。
「そうだね」
その言葉に頷いて握りしめた手に力を込めた。決して離さぬように想いヲ込めてぎゅっと。俺と有灯ちゃん二人は手を繋いだ間々歩き始めた。
「あの有灯さん?」
「なによ」
「あのさ、何て言うか、その……くっつきすぎじゃないかな?」
手を繋いだまま身体を寄せてくる有灯ちゃん。その距離は零、ぴったりと脇に寄り添っている。しかも、それでもなおぐいぐいと身体を押し付けてくるのだから、これは正直いろいろと堪らない。
「こうしてないと手を繋いでるのがまわりの人にばれる」
そういうものなのか?いろいろと本末転倒な気がしないでもないが、まあ、いいか。
「そうだね」
それっきり俺はなにも言わなかった。それ以上は余計な事だから。
このままでいい。
※
「はい、そのまま、そのままー。ぐふふ、いい眺めよのう」
「ちょっと!?そのまま、じゃないわよ鈴郷!早く次行きなさいよ!いい加減、もうげんかい……」
「ふむ、仕方ないわね。じゃぁ次は左手を緑」
「緑?よし、緑はそこね」
「ひゃぁ!?に、新高さん!そ、そんなところ……だ、だめぇ」
ツイスター。スピナーというルーレットを回して、手や脚を赤青緑黄色のところにおいていき、先に倒れた方が負けというパーティーゲームである。
さてそのツイスターなわけだが、現在、私とほたる、それから昼頃に遊びに来てくれた衣菜ちゃんとともにそれで遊んでいた。
私がスピナーを回し指示を出し、二人がその指示に従いなんともきわどい体制でマットの上で絡み合っていた。見た目可愛い女の子が二人――ほっほっほっ、これは目の保養になるわね。
で、なんでツイスターなんかやってるのかっていうと、時間は少し前まで遡る。
「――で、有松は?」
衣菜ちゃんが言った。
「今いないみたい。とりあえずあがって、あがって」
「お邪魔するわ」
衣菜ちゃんを部屋の中へと招き上げる。
「いらっしゃい。新高さん」
「粟野?もう来てたんだ」
「ちょっと前にな」
「それがね衣菜ちゃん。聞いてよー。ほたるったらさっきまでそこで寝てたんだよー」
ひびの入った壁のすぐ下を指差しながら言う。
「なんかひび入ってんだけど……なにあれ?」
「寝ぼ助のほたるが頭ぶつけたみたい」
「相当な寝ぼ助ね。頭大丈夫?」
「頭は大丈夫なんだが、身体の節々が……」
「とりあえず壁の弁償ってことで、おっぱい揉ませてもらうわ!」
「なんでそうなる!?」
「はぁん?姉ちゃん人ん家の壁ぶっ壊しといてなんもお咎めなしと思っとんのかい?そらあきまへんわぁ、ちゃーんと姉ちゃんには身体で払ってもらうさかい覚悟してもらおかー」
「なんでそんな丸ヤな恐持てお兄さんな口調になってるんだ!?うわっ馬鹿!手をわきわきさせながら近づいてくるな!気持ち悪!」
「うぅ……ごめんなさい、気持ち悪でごめんなさい。ちょっとした下心だったんですゴメンナサイ」
と、こんなことがありほたると衣菜ちゃんは赤緒を巡っての女の戦いが始まったのであった。
とはいえ、また河原で殴り合いをしてもらうのもあれなので物置の奥底からツイスターを引っ張り出してきて痛くないけどちょっとエロい感じの戦いが始まったわけである。私はジャッジね。