第3話《潰れたのは、しょうがないことだった》
そんなわけで俺は鈴郷さんと同棲することになりました。
「そんなわけって、どんなわなけだーーーーーーーーーーーー!」
「でも流石にただで住まわせる気はないわよ。有松にはちゃんと働いてもらうから」
「鈴郷さんは人の話を若干聞かないとこあるよね」
「有松」
「はい?」
「ど、同棲するの嫌?」
「嫌ではないよ。でも、その……うーん。疑問が多々あるわけなんだけど」
美人さんと一つ屋根の下とか大歓迎!だけど、だからこそ、いろんな疑問が沸いて来る。俺は結構普通な人間だから。
でも、鈴郷さんは。
「そんな細かいこと気にしなくていいのよ。私は生き場のない有松に救いの手を差し延べてるだけ。だから――」
すっと右手が俺に差し出された。
「あんたは素直に私の手をとればいいのよ」
微笑み。
それはまるで――いや、違う。この微笑みをまるで、とか言って例えられるものじゃない。これは一つの完成形だ。
すごくキレイ。
ああ、鈴郷さんはこういう人なのか。今まであまり話したことなんてなかったから、まったくわからなかったけど。
なんて、言うか。
うん。
すごく、すごく良い人だ。
俺は差し出された手を握り帰した。
左手で。
「有松、そういう細かいボケはいらないと思うな。私」
右手と左手で握手しようとすれば、必然おかしなことになるわけだ。
俺が鈴郷さんの右手の甲を掴んでる感じ。握手とは呼べなかった。
※
「ほら、入っていいよ」
有松を連れて、愛しの――いや、たいして愛しくはないか。とりあえず今の私の自宅であるマンションに帰ってきた。
「一人暮らしにしては随分と広い部屋だねってゆーか、汚ーーーーーーーー!」
んで、私の部屋に入った有松の第一声はそんな感じだった。
「酷い!仮にも乙女の部屋なのに!」
「自分でも仮にって言ってるけど?」
「だって私も汚いって思うから」
それはあるまじき惨状である。数多の骸が重なり合い築いた屍の山、山、山。主に服とかカップラの容器とか様々。
流石に自分でも酷いと思ってる。だけど、一人暮らしを始める以前に私は『オカタズケ』なる行為を一度たりともしたことはなかった。する必要がない環境で育った。
部屋は私がいない間にお手伝いさんが掃除してくれたし、脱ぎっぱなしの服なんて私が知らない間にクリーニングに出されていて、気がついたらクローゼットの中にしまわれていた。
つまるところ私は今までそういったことをしない、知らない、しようと思わなかった。経験値0。熟練度0。要するに家事スキル0。
「そんなわけで有松。私はあんたに衣食住を提供してあげる。そのかわりに家事全般を任せるわ」
つまりはこういうこと。
「なるほど、そういうことか。俺は住み込みのメイドさん的な」
「ダメね。メイドさんなんてかわいらしい呼称は認めないわ。名乗るなら家政婦よくて冥土さんよ」
「冥土さんとかカッこいいーーーーーーーーー!」
「だよね!だよね!私のネーミングセンスとかはんぱねぇよね!」
「うん。思わず殺意を抱くほどに」
「レモン的ビタミンC的に例えると?」
「レモン291(にくい)個分のビタミン死」
「うまいのか、うまくないのか微妙なとこね。28点」
「赤点か。追試はいつ?」
「今すぐよ。なんでもいいから面白いこと言いなさい」
「無茶ぶりだ」
「私は有松なら出来るって信じてるから。ずっと、これからもずっと私は貴方を信じつづける」
「任せろ。俺は不可能を絶対無理に返る男だから。あ、意味同じだ」
「あ、意味同じね」
※
そんなこんなでお掃除スタート。
早速、俺はゴミ(にしか見えない)の山に突撃した。
すると、出てくるわ、出てくるわ。大量のカップラの容器が。
いや、まて、それにしても多過ぎないか?
「だって好きなんだもん」
邪魔になるよね。と手伝う気を微塵も見せず、早々にベランダに避難していた鈴郷さんがひょっこりと顔を見せてそんなことを言った。
「基本的に三食カップラが基本だから」
「偏ってる」
そういえば学校でも鈴郷さんはカップラばかり食べていた気がする。
昼休み。女子の輪の中で、かわいらい手作りのお弁当でもなく、菓子パンでもなく、カップラをずるずると啜ってる女子が一人だけいた。鈴郷さんなわけだが。
俺はそれを、昼メシにと自宅から持ってきた前日の売れ残りの食パンを食べながら「女の子としてあれでいいのかなー」と眺めていたことがあった。
「カップラはこの世の全てよ」
「随分と大きくでたね」
「なによ?悪いの?そういう有松だって昼休みには食パンしか食べてなかったじゃない」
「あれは売れ残り持ってきてただけだから」
「それにしたって毎日食パンしか持ってきてなかったじゃない」
「まあ、家のパン屋は食パンしか売ってなかったからね」
「は?」
ポカンと口を開けてほうける鈴郷さん。だよな、やっぱりおかしいんだよな。普通の概念から外れてるんだよな。
親父は不器用な人だった。
それはもう紛いなりにもパン屋を名乗っていながら食パンしかつくれないほどに、不器用だった。
親父は食パンしかつくれなかった。
そして、その食パンだが、なにこれやばくねおいしくね、な感じではなく至って普通の食パンだった。
「だから潰れたのよ」
「ごもっとも」