第28話《後輩キャラも年取ったら、お姉さん》
「ふう、こんなもんですかね」
パンパンと手を払い、一丁上がりといった具合のきょうなさん。
「……」
流石の有灯ちゃんもこのあまりの惨状に言葉を失っているようだ。まあ、俺も同様なわけだけど……。
なにがあったのかと言えば、さっき、叩きのめした不良共をきょうなさんが"お仕置き"をしたわけなのだが……。
詳しい描写は出来ない。いやだって、なんかモザイクかかってるんですもの。どういう原理かは解らないが、とにもかくにもモザイクがかかってる。おそらく、俺の脳がそれを直視せんと自己防衛本能的なもので強制モザイクになってるんだろう。
うぷっ、なんか気持ち悪くなってきた。もう、モザイクでも見てらんない。
いやしかし、それにしてもきょうなさんは相変わらずだ。既に勝負はついていて相手は無抵抗の完全降伏していようがなんだろうと関係ない。やると決めればやる人だ。
「……ね、ねえダーリン」
有灯ちゃんがこそこそと話し掛けてきた。
「こ、この人なんなの?知り合い?」
「ん、知り合い。この人は内林強奈さん。簡単に説明すると俺の恩人の奥さん」
「へぇ……人妻なのね。結婚すればこんな風に強くなるわけ?」
「いや、それはどうかと。きょうなさんの強さは元からだし」
「……ふーん」
「二人で内緒話ですか?つれないですねー。私もまぜてくださいよ」
「「……ッ!?」」
ぬっと俺と有灯ちゃんの間に割って入ってきたきょうなさん。ビックリして少し後ずさった。
「とにもかくにも、まずは挨拶ですね。私はさい――じゃなくて、内林強奈って言います。赤緒くんとは……そうですねー。友達?と言ったところです。彼女さん」
「あ、はい。私は鈴郷有灯です……って、は?か、彼女さんって、なんですか?」
「あれ、違いましたか?私はてっきり赤緒くんの彼女さんかと思ったんですが?」
「は、はぁ!?ち、違いますからッ!こ、こんな、ヘンタ――じゃなくて、えーっと、その、と、とにかく!こんな奴の彼女だなんてそんなッ!」
珍しくしどろもどろになっている有灯ちゃん。ちょっと珍しかったのでよく見ておくことにした。
ゲシッ。
きょうなさんには見えない角度で蹴りを入れられた。
しかし、彼女か……確かに二人一緒に歩いていれば、そう見えないこともないのかもしれない。
「はぁ、そうでしたか。私はてっきり『ダーリン』なんて、バカップルが使ってるような甘ったるくて嬉し恥ずかしな呼び方で呼んでいたので、てっきり付き合ってるのだとばかり……」
「んなッ!?」
ああ、なるほど、きょうなさんのことだから、さっきの内緒話は普通に聞こえていたんだろう。
確かに有灯ちゃんはさっき俺のことをそう呼んでたなー。
「そ、それは!ちがッ!」
「あらあら、そんなに顔を赤くされて、どうしたんですか?おっと、これはもしかして触れない方がよかった話題ですか。これは失礼しました。確かにそういったことを公に曝すことを恥ずかしがる人もいますからね」
「そ、そういったことってなんですか!?べ、べつに私はこいつと、そんな特別な関係でもなんでもない!」
「わかってますよ。そういうことにしておきますから、安心してください」
「だ、だからぁ……!」
有灯ちゃんがいいようにからかわれていた。
俺、ニコニコである。
ニコニコである。
それはもうニコニコである。
気持ち悪いぐらいにニコニコである。
有灯ちゃん可愛いなぁ、なんて考えてた。
バキッ!
「に、にやにや、するな!」
案の定、殴られたわけである。
でも、なんだか痛くなかった。
「鈴郷さん――」
きょうなさんが有灯ちゃんを呼ぶ。
「いえ、有灯さんと呼ばせて貰っていいですか?」
「……べつにかまわないけど。なにか?」
「中々筋が良さそうだなと思いまして」
※
……と、いうことで――。
「ダメージが少なく、尚且つ、凄く痛い殴り方というのはですね……――」
「なるほど……その手があったか」
有灯ちゃんときょうなさんは仲良くなりました。
なにやら物騒な内容の話しで盛り上がっていた。変なところで意気投合してらっしゃる。
ダメージが少なく凄く痛い殴り方って何さ!?やめて、きょうなさん!そんな、人をいたぶることに特化した攻撃を有灯ちゃんに伝授しないで!多分、それを受けることになるのは俺だから!
なんて、心の叫びは二人には届かず、二人は喜々と談話に花を咲かせる。
それを端から聞いてる俺は、とにかく胃が痛くてしょうがないわけである。
「ねえ、ダ――じゃなくて、へんた――でも、なくて、えーっと、あ、有松、さん」
しばらくして、ちょっと、ぎこちなく俺を呼ぶ有灯ちゃん。
「時間、もう少しで姉さん帰ってくるよ」
「え?あ、ああ!」
知らず知らずのうちに話し込んでいたみたいで(話し込んでたのは有灯ちゃんのほうなわけだけど)気がつくと結構、時間が過ぎていた。
「え、あーっと、きょうなさん、そろそろ俺達は帰るね!」
差し迫って、これではご馳走を作ってツキ姉さんをビックリさせよう大作戦に支障をきたしてしまう!
俺は早口で別れの言葉を告げて、回れ右を決めるが、そこでぐいっと襟首を引っ張られた。
「まってください。そういえば、赤緒さんに聞きたいことがありました」
「え?」
待ったをかけたのはもちろん、きょうなさんだった。
「あなた、今、どうしてるんですか?見ましたよ。赤緒さんの家、さら地になっていたじゃありませんか」
「そ、それは……」
そういえば、家がなくなったことをきょうなさん含め、あの人にも言ってなかったことを思い出す。
「心配したんですよ?赤緒さんはどうなったのか。相変わらず、先輩とは連絡はとれませんし、私はどうしようかとあたふたしていたんですよ?」
……これは完全にやっちまった。いくら家がなくなって途方に暮れていたとはいえ、日頃からいろいろとお世話になっている、あの人ときょうなさんには話しておくべきだった。
「あ、あの、きょうなさん!そ、その、すいませんでした!」
「とりあえずリンチです」
「まじっすかッ!?」
目がマジだ!これは洒落にならねぇ!
「強奈さん。私も手伝います」
「ちょっ!?有灯ちゃん!?」
有灯ちゃんはいつも通りだ!
「まずは爪からいきます」
「わかりました」
「なに物騒なこと了解とってらっしゃるんですか!?え!ちょ!マジでやるんすか!?いやいやいやいや洒落になんない!洒落になんな――――あああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ……あ、あぁ……うぁ……あ…………」
※
「ともあれ、元気そうで安心しました。今、急いでいるんでしょ?なら、行って良いですよ。諸々の事情はまた今度でいいです。でも、必ず説明しに来て下さいね。待ってますよ」
そう言い残して、きょうなさんはさっていった。
「ねえ、ダーリン。強奈さんってなかなか良い人ね」
「……」
「ほら、私達も帰りましょ」
「……」
「ダーリン?」
「……」
「ふぅ……いつまで寝てんの――よッ!!」
「ぐへッ!?」
おおおぉぉ!つ、爪先がッ!爪先が脇腹にぃ……。
「さっさと立て」
「ずびばじぇん」
素で泣いていた。
「なに泣いてんのよ。なんか悲しいことでもあった?」
ぐいっと有灯ちゃんが俺の顔を覗き込みながら言う。悲しいことはないが痛いことならたくさんあったわけだが、言っても軽く流されるんだろうなぁ。
「悲しいことはないけど、痛いことなら」
でも、言った。
「……」
押し黙る有灯ちゃん。
「……どう思ってんの?」
「へ?なにが?」
「……あんたは、私のこと」
「んー?なんのこと言ってるの?」
「……いや、べつに……やっぱ、なんでもない」
「そ、そうか?」
なんか、変な空気になってしまった。何故に?
「さ、さっさと帰るわよ」
そのまま、その変な空気は家に着くまで続いた。