第25話《カニバリストではありません》
俺がどん底をさ迷っていた時、手を差し延べてくれた人がいた。
最初はわからなかった。なんで、縁もゆかりもないあの人が俺に手を差し延べ、助けてくれたのか。
聞くとあの人はいつもの笑みで理由を教えてくれた。
"俺が手を差し延べて、おまえが俺の手をとって、俺とおまえは結ばれた。だから、今度はおまえが違う誰かに手を差し延べて結ばれる。それを繰り返していけばいずれ世界中のみんなが結ばれる。俺の夢だ。カッコイイだろ?"
こんな台詞を恥ずかしげもなく言うんだ。しかも、わりと本気で。はっきりいって、かっこよすぎる。
そんなあの人の夢の手伝いをしたい。
いつしか、あの人の夢は俺の夢になっていた。
「うぅ……だ、誰か、た、たす、け」
床に俯せにはいつくばった俺をげしげしと足蹴にする有灯ちゃん。手加減の一切ないスタンプ攻撃が容赦なく俺の背中に繰り出される。一撃、一撃がとにかく重い。
さて、なんでこんなことになっているやら。思い出した。有灯ちゃんの突発的暴力衝動だった。急に後ろからタックルされたと思ったら、そのまま押し倒されて、マウントをとられ拳の乱打、それに飽き足らず今度は脚技に発展したわけだ。
「ふふふ、ダーリン。いくら泣きわめいても誰も助けないし、誰も手を差し延べたりはしないわよ」
この角度からだと有灯ちゃんの表情は見えないが、有灯ちゃんが今とっても良い笑顔を浮かべているであろうことは容易に想像ができた。よかった、俺はまた一人の人を笑顔に出来たんだな。いやまて、その代わりの代償がかなりでかい。まあ、べつに良いんだけれども。
「ふう、飽きたわ」
それを皮切りにぴたりと有灯ちゃんの猛攻が止んだ。
恐る恐る顔を上げて、有灯ちゃんを見上げ――。
「せいっ」
バキッ!
顔面に拳が減り込む。
「ダーリン、今、もし振り返ってたら私のスカートの中見えてたよね?」
何を隠そう有灯ちゃんは今セーラーふ――訂正、凄くいいセーラーふ――訂正、凄くいい素敵過ぎる大変素晴らしい人類の偉大なる発明品であるところのセーラー服だった。学校をサボってきたのだから当然だ。うん。それにしてもセーラー服最高!
「今撲ったのはね。言わば前借り制裁よ。悪いことをしそうな奴を私の独断と偏見と一方的な物差しで判断して、罪を犯す前に罰を与える制度よ」
「そんな横暴な!?」
相変わらず無茶苦茶だ。罪を前借りして罰するとか横暴にも程がある。
ん?いやまて、これは考えようによっては……。
「ねぇ、ハニー。俺は罪にたいする罰を先に受けたから、これから罪を犯してもいいってことだな?」
ようは商品のお金を先払いしたから、あとは商品を貰うだけって理屈。
「パンツ見せてください!」
グシャッ!!
「死ねカス」
バコッ!グシャッ!ベキッ!バキッ!ガッ!ドゥドゥドゥドゥドゥ!ガッコン!シャキンッ!どーん!
「いぎゃあああああああぃぁぁぁぃあぁぁあ!!」
俺は知る。有灯ちゃんは今まで若干の手心をくわえて、くれていたことを。いや、あくまでも若干なんだけどね。
「……はぁ、はぁ。し、死ねよ変態……」
「……(ミンチ)」
流石の有灯ちゃんも今の殺人乱舞は体力を使ったのか、顔を真っ赤に染めて息を荒げていた。
流石に今の発言はまずかったか。これからはもう少し弁えなきゃいけないな。
「あ、夕食の買い物いかなきゃ」
そういえばと思い出し、俺は立ち上がった。
「ダーリン……意外とタフよね」
「……?なんか言った?」
「べつに、なんでもないわよ」
「んー?まあ、そんなわけで俺はこれから夕食の買い出しに行こうと思うのですが――」
「もちろん、私も行くわ」
すべて言い終わる前に有灯ちゃんは、俺がなにを言おうとしたのか理解したようで答えがとんできた。頭の回転が俺とは違って速い。これが若さなのだろうか?いやまて、有灯ちゃんと歳は一つしか違わないから。
有灯ちゃんと二人、鈴郷さんの部屋を出て最寄りのスーパーを目指す。
道すがら有灯ちゃんが口を開いた。
「そういえばさ。お金とかって姉さんから預かってるの?」
「うん!見て見て!昨日ツキ姉さんからお小遣ってことで500円も!ご・ひゃ・く・いぇん・も!頂いたのさ!」
お小遣で500円とかマジ半端ない。1週間分の食費をお小遣でとかリッチ過ぎる!さすがはいいとこのお嬢様だ。金銭感覚が一般人のそれとは掛け離れてやがるぜ。もう、恐れ多いことこの上ない。
「やっほーい!500円やっほーい!」
「……」
有灯ちゃんがどこか哀れむような眼差しで俺を眺めていた。
「そんなわけで今夜はこのお金でツキ姉さんに美味しい夕食をご馳走しようって魂胆さ!」
「500円でご馳走?そんなの普通に考えて無理じゃない。たかが500円でなにが用意出来るっていうのよ」
なにを寝言をと俺の発案を一蹴する有灯ちゃん。そういえば、有灯ちゃんは鈴郷さんの妹。それなら必然、有灯ちゃんもブルジョアだったか。
「まあ、そこは任せといて!」
「はあ、なんでもいいけど、姉さんにあんまり粗末なもの食べさせたら、ダーリンを粗末なものにして野良犬の餌にするからね」
「そっか。それはなんかいいな。例え死んでも何かの為に役に立てるってのは嬉しいことだな」
俺という意識が消えても、俺というモノがまだ誰か、何かの役に立つ。たとえそれが野良犬であっても無駄にしてしまうよりかはいい。
「……」
有灯ちゃんは物鬱気な表情で俺を見ていた。
「どうかした?」
「……べつに……やっぱり、気がかわった。もし、ダーリンが粗末なものになったら私が苦々しくいただくことにする」
「やっぱり有灯ちゃんはカニバリストッ!?」
バキッ。撲られた。
「違うわよ……バカ」
ふいっとそっぽを向いてしまう有灯ちゃんだった。