第24話《スタッフでおいしく頂きました》
「は……は……はあくっ――」
バキッ!
「しょぼぁ!?」
出かけのくしゃみを顔面パンチで潰される。結果、なんか変な感じになってしまった。うぅ、すっきりしない。
「あの……ハニー?」
殴られたところを摩りながら、俺を殴った有灯ちゃんに話しかける。有灯ちゃんは相変わらず仏頂面だ。
「なによ」
帰ってくるのは不躾な返事。
「俺はなんで今殴られたのですか?」
「……ダーリン」
「はい?」
バキッ!
そして、やっぱり脈絡なく殴られる俺。いや、馴れてしまったんだけどさ。
「今さ。私とダーリンは顔を向かい合わせてたわけじゃない。そこでダーリンがくしゃみをしたとするじゃない。するとどうなったと思う?」
「ぶっかけ?」
「はい、正解」
バキッ。
遡ることちょっと前。有灯ちゃんがやって来た。今日も学校はサボりのようだ。
しばらくは大人しく読書していた有灯ちゃんだったが、何の前触れもなく。
「暇」
その一言から俺虐めが始まったのである。そして今に至る。
「これから狩りをするわ」
今また、前触れなくこれである。しかし、狩りって……それはやっぱり俺が有灯ちゃんに狩られる的な感じのお遊びですか?
「私がダーリンを狩るから、ダーリンは逃げて」
やっぱり!なんて予想通りなんだ!
「言っとくけど遊びじゃないから。私はダーリンを殺すつもりで狩りにいく。だから、ちゃんとダーリンも死に物狂いで醜く逃げ惑ってね。リアルハンティングよ」
ニヤリッと有灯ちゃんの口元が歪む。
こ、これはまずい!俺の生存本能が全力で警鐘を鳴らしてる!ダメだ!危険だ!このままじゃ本当に殺されかけないぞ!
「リアルハンティング。現実感を出すために狩った食材は焼いて食べるから」
「焼いて食べられるの!?」
「安心して、ダーリン。『捕った食材はスタッフで美味しく頂きました』ってテロップをちゃんといれてあげる。ちなみに私は食べないから」
「スタッフって誰!?つーか、ハニーは俺のこと食べてくれないの!?」
「いや、私はカニバリストじゃないし。はい、それじゃスタート」
「って!ちょ!もう、始まっ――」
言うが早いか、さっと有灯ちゃんに正面から羽交い締めにされた。
「はい、捕まえたー」
「うぅお……!?」
楽しげに言う有灯ちゃん。
うぅ、これは……。
羽交い締めといっても、そこはやっぱり女の子で拘束する力はそんなに強くはない。けど、下手に振り払っては勢い余って有灯ちゃんに怪我をさせてしまう危険性があって、振りほどくに振りほどけない。
その前に、
その前に、だ。羽交い締めというかなんというか。今の状況。これは端から見たら、ただ単に有灯ちゃんが俺に抱き着いているだけにも見えないだろうか……。
「かにばさみー」
「……ッ!?」
有灯ちゃんの2本の足が俺のウェストをがっちりとロックする。ぐいぐいと締め付けられているのだが、その力加減が逆に絶妙でちょっと心地良い。
そして、押し付けられている何やら柔らかな感触が……たいしてない。うん、ちっちゃいことは良いことだと思うよ?しかし、鈴郷さんと比べるとこれは余りにも……ない。
それは捨て置いたとしてもまずい状況にかわりはない。胴体に巻き付いているぷにぷにの白い柔肌とか、下手な香水なんかとは違うただ純粋なシャンプーの良い感じの匂いとか、吐息がかかる距離まで近づいた顔とか。
まずいまずいまずい!これは色んな意味でまずい!具体的に言うとマウンテンハイ!いやまて、落ち着け俺!煩悩を封殺するんだッ!
柄にもなく俺は顔を赤くしていそうだ。反して、こんなに接近しているのに、有灯ちゃんは顔色一つ変えず相変わらずの仏頂面で口だけはニヤリッと歪めていた。
か、確信犯かッ!?
「変態、どうかしたの?」
「な、何のことですかっ!?」
「わからいでか」
「……くぅ」
「さあ、ダーリン。台所にゴーよ」
「こ、このままっすか!?」
「食材は放したら逃げるでしょ?このまま、私を台所まで運びなさい」
「食材に運ばれるハンターもどうかと思うんだが……」
「つべこべ言う、なッ」
バキッ。
「おぐっ!?」
有灯ちゃんの後頭部が顔面に減り込む。くぅ、手も足も使えないなら、ヘッドバットか……。激しく痛い。ぐらりと身体が揺らぎ倒れそうになるが、そこはぐっと足を踏ん張って堪えた。今、倒れていたら有灯ちゃんを巻き添えにして痛い目にあわせていたかもしれない。
「さっさと行け」
「は、はぃ……」
有灯ちゃんに羽交い締めにされたまま台所目指し歩きはじめる。
しかし、この体制で歩くとなると……。
「なんか駅弁が食べたいわ」
「……ど、どどどど、どうして急に駅弁ッ!?」
有灯ちゃんの見透かしたような発言に一瞬ドキリッとする。
駅弁!駅弁って!やっぱり、そうか!確信犯なんだろ!?この体制で歩くってのも狙ってやってることなんだな!?
「わかってるくせに。しらばっくれるなら焼きあげるまえに挽肉にするしかないわね」
「ひ、挽肉って……え?それって――」
「せいっ」
「せいってちょ!痛い!いたたたたたたたたたあああああ!やめっ!!し、絞めないでええええええ!!あああああああぁぁぁぁぁあ!!いぎゃああああああぁぁぁぁ!!」
ぎりぎりぎりと俺の身体に巻き付いていた両手両足に力が篭っていく。苦痛に煩悩は一瞬で吹き飛び悶絶する。
くぅ!さっきまでは本気じゃなかったってことか!おかしいと思ってたんだよ!俺を投げ飛ばしたり、押さえ込んだりしていた時の力と比べると随分と非力だなーと思ってはいたんだよ、って――。
「うぐああああいぁああうあいああ!!?!」
「どう、私の絞めつけは?」
「出るぅぅうう!!!出ちゃうぅ!!!な、中身がッ!中身がッああああああぁぁぁぁ!!」
「ほら、いいわよ。なかみ出して。私に抱かれて、なかみ一杯ぶちまけちゃいなさい」
「あぁ、あああ゛あ゛あ゛あああぁぁぁあ!!!」
そして、俺は有灯ちゃんの腕に抱かれて果てた。