第22話《つんでれついん》
決闘翌日。
お昼休み。私、咲夜、ほたるのいつもの三人に加えて、今日はもう一人を交えて机を囲んでいた。
「改めまして。新田絵菜よ」
「にったかさん?」
ほたるが首を傾げる。
「いなちゃん?」
咲夜も首を傾げた。
「にったか、いなちゃんね」
私は肯定した。
「きるとこが違うわよ!」
そして、いなちゃんは否定するのだった。
「私の名前は『にったか』『いな』じゃなくて『にった』『かいな』よ!変なところできるな!」
「うーん。べつに変じゃないと思うんだけど?」
「にったかさん」
「いなちゃーん」
「だ・か・ら!変な切り方するなって言ってるの!」
「まあ、そんなわけでよろしくね。新高衣菜ちゃん」
「よろしく、新高さん」
「よろくしくね、衣菜ちゃん」
「漢字まで返られた!?人の名前を勝手に改名すんなッ!」
心なしかカルシウム足りなめの女の子だった。
「それじゃ、改めてこっちも自己紹介するわね。鈴郷暁、16才、高校一年生、父親は一人、血が繋がってない母親が一人に腹違いの妹が一人いるわ」
「……なんか、今、さらりと複雑な家庭事情を吐露しなかった?」
「私は粟野ほたる、両親共に私が生まれてすぐに事故死、その後、親戚連中をたらい回しにされたあげくに結局は施設にいれられた。所謂、孤児だ」
「いろいろと重いんだけど!?私どんな反応すればいいの!?」
「それで私はね、佐倉田咲夜ー。好きな飲み物は濃いミルク。好きな食べ物はソーセージ。あとはねー、お馬さんに乗るのが好きだなー」
「普通な気がするけど、どこはかとなく卑猥な感じが……」
咲夜が卑猥なのは今に始まったことじゃなかった。
「まあ、何て言うか、よろしく頼むわ」
「よろしくね、いなちゃん」
「よろしく、にったかさん」
「仲良くやろうねー、いなちゃーん」
「……もういいわよ、その名前で」
どんよりと落ち込む、いなちゃん。浮き沈みの激しい性格のようだった。
「ほらほら、そんなどんよりとしてないで元気出す!」
元気が一番!病は気からなんて言うし、どんよりしてると病気になりそう。
「はあ、私は鈴郷がよくわからないわ。だいたい、昨日もなんで喧嘩を吹っ掛けられたのかよくわかってないし。私はあの時なにをしたの?」
あの時とは昨日の朝のホームルームの時、いなちゃんが転校生として自己紹介をしていた時のこと。
「いなちゃん、昨日の自己紹介をもう一回してみて」
「……へ?べつにいいけど」
ゴホンといなちゃんは一つ咳ばらいし、ふぁさっと長いツインテールを手で払うと、昨日と同じ台詞を口にしていく。
「私の名前は新高衣菜……――って!ちょ、待ちなさい!自分で言ったけど、今の台詞なんかおかしくなかった!?」
「おかしくないよ」
「おかしくないな」
「おかしくないねー」
「そういわれるとおかしくない気が……」
「そんなことより続き続き」
「……え?あ、うん。改めて――私の名前は新高衣菜。家庭の事情で転校してきたわ。今後、このクラスでお世話になるから、よろし頼むわ。好きな食べ物は食パン。嫌いな食べ物はカップラーメン。私はあんな身体に悪いインスタント食品は人間の食べ物と思わないわ。その点、食パンはいいわ。食パンは最高……と、ここまでね」
いなちゃんは半ばで自己紹介を打ち切った。
「ここですずちゃんが、割り込んだんだよねー」
そうだ。ここで私はいなちゃんの発言にイラッときて、思わず声をあげたのだ。
「ねえ、鈴郷。改めて自己紹介して、自分の発言を振り返ってみたわけだけど。やっぱり、私にはどこが悪かったのか皆目見当もつかないわ。一体何が悪かったの?」
「これを見なさい!」
ビシィっと私は現在進行形で食べているお昼ご飯を指差した。
気づいてる人もいるかと思うけど、ここはあえて言わせてもらうわ!
そう!私の指差した先にはいつも通りのカップラが――。
「お弁当?随分とかわいらしいお弁当だけど……鈴郷の手作り?」
――なかった……。
そこにあったはかわいらしい有松特製のお弁当だった。
そうだった。有松が家に居候するようになってからはお昼ご飯はカップラじゃなくて、有松が作ってくれたお弁当を食べるようになっていたのだ。まだ、1週間もたってないけど。
くっ、習慣って怖い。味が一緒だったから、今日もてっきりカップラを食べていると勘違いしていたようね。
ちなみに今日のお弁当は言い感じにレッド・フォックスだった。
「鈴郷」
「は、はい?」
「それでお弁当がどうしたっていうのよ」
「……」
有松弁当は見た目は普通のお弁当だ。これではいくら、私が声だかにカップラ好きを叫んでも説得力を欠いてしまう。
ちなみに言っておくけども、私がいなちゃんにイラッとした理由は勿論、カップラを馬鹿にされたからね。カップラ信者の鈴郷暁にとってあの発言は自身が信じる神を冒涜する行為と同じ意味である。
「うーん。仕方ないわね。ホントはあげたくないんだけど」
結論、一口食べさせてあげれば理解してくれるだろう。卵焼きを一つ摘んでそれをいなちゃんの目前に持って行く。
「はい、あーん♪」
ちょっと甘ったるい感じで、お約束の台詞。
「……へ?ちょっ、鈴郷!?な、なんの真似よ!?」
すると、火がついたように顔を真っ赤に染めるいなちゃん。
「はい、あーん♪だよ。ほらほら口開けてパクっと!さあさあ!」
「えぇ!?いやでも!こんなところでぇ!?」
あたふたとうろたえるいなちゃん。女の子同士なのだからそんなに恥ずかしがることでもないだろうに。
「あ、いいなー。すずちゃんにあーんしてもらってるー。私も、はいあーんで、あーんってして白いのをおもいっきり、ぶっかけられたいよー」
「咲夜、ここは余計なことは言わずに黙ってようか」
咲夜の問題発言にすかさずほたるのツッコミがとぶ。
「あ、ちなみにねー。白いのって言うのわー」
「わかるから!わかるから、それはわざわざ言わないで良いから!それにわかってるとは思うけど、すずからは白いのはでないから!女の子だから!」
「でもー」
「はいストップ!もうダメ!どうせ、次は「白いのは無理でも別のは出せるっていうか吹けるよねー」とか言うつもりだろ!?」
「むふふー、ほたるちゃんもいうよねー。ほたるちゃんのえっちー」
「いやまて!これはちがっ!?」
基本的にはほたるはムッツリだった。
「ほらほら、いなちゃん。遠慮せずにパクっといっちゃって、パクっと」
「だ、だから!は、恥ずかしいでしょ!人の目があるところで!」
「い、いなちゃんは私のこと、嫌い、なの?」
「そ、そういうことでもなくて!そういう問題でもない――って!ちょ、ちょっと!なんであんたがそこで、泣きそうになって、目に涙を貯めてるのよ!?」
「うぅ、いなちゃんが私のこと嫌いだって。そうだよね。私みたいなゴミクズに、あーんとかされても嬉しいわけないよね。むしろ、迷惑なんだよね。ごめんね。ちょっと首吊ってくる」
「あー!もー!わかったから!食べるから!あーんするから!だから、そんな悲観的にならないで!あーん、しなかったのは恥ずかしかっただけで、私はあんたのこと、べ、べつに嫌いじゃないんだからね!」
「え、ホント?」
「ででで、でも、勘違いしないでよ!私がはい、あーんするのはただ単に卵焼きが食べたいからであって、べ、べつにあんたの泣き顔がみたくないとかそんな理由じゃないんだからね!そんこんとこいい!?ぜ、ぜーったい!勘違いするんじゃないわよ!」
この台詞を聞いて私は思った。
いなちゃんはツンデレなんだなーって。