第1話《食パンは好きで食べてるわけじゃない》
もしゃもしゃもしゃ。
食パンを食べていた。
もしゃもしゃもしゃ。
食パンを食べていた。
もしゃもしゃもしゃ。
食パンを食べていた。
もしゃもしゃもしゃ。
なんか、この食パンしょっぱいな。
もしゃもしゃもしゃ。
あ、なんだ。食パンがしょっぱいのは俺の涙のせいか。
もしゃもしゃもしゃ。
あー、なんで俺は公園のベンチで食パンなんか食べてんだっけ。
もしゃもしゃもしゃ。
そうだ。帰る家がないんだった。
もしゃもしゃもしゃ。
「……うぅ。この食パンしょっぱいよぉ……」
悲しい。哀しい。淋しい。寂しい。寒空の下、一人さびしく食パンを食べてる俺って何なんだろう。
遡ること三日前。家業のパン屋が潰れた。
もともと景気の悪かった家は赤字続きで借金塗れ。借金の肩代わりとしてすべてのものを持ってかれたのだ。
残ったものは最後に親父が自棄を起こして焼きに焼きまくった大量の食パンだけだった。
そして親父が言う。
「家族解散!各自好きに生きろ!」
ホームレス中学生かよッ!!
親父いわく言ってみたかっただけらしい。といっても笑い話じゃない。実際問題そうなってしまっていた。
そんなこんなで公園のベンチに座り、泣きながら食パンを食べてる今に至っていた。
※
その日、私は変なものを見た。
公園のベンチに座り、泣きながら食パンを食べている男だ。
つーか、その男はあろうことか知っているやつだった。しかも、同級生。同じ高校、同じクラスの隣の席だったやつだ。
だったやつだ。
名前は有松赤緒。話したことはあまりなかったけどいい人だったってことは覚えてる。
先日、その有松は学校を辞めていた。急に突然、いきなりだ。担任の若林は一言「家庭の事情」とだけ言った。
「有松」
あまりのいたたまれない姿に私は思わず声をかけていた。
※
もしゃもしゃもしゃ。
俺が食パンの最後の一枚を食べていた時、不意に俺の名前を呼ぶ声がした。
「あんたこんなとこで何してんの?」
声のした方を見るとそこには見覚えのある女の子が立っていた。
元同じ高校、同じクラスの隣の席だった人。
「す、鈴郷さん!?」
「なに情けない声だしてんのよ」
名前は鈴郷暁。ウェーブのかかった長い黒髪に透き通るような白い肌が印象的な美人さんだった。
「あ、ああ……。なんか、ごめん」
「謝んなくていいわよ。別に怒ってるわけじゃないんだし」
「そ、そうか……って、なんで鈴郷さんがこんなとこにいるんだ?」
「なんでもなにも買い物帰りよ」
そう言って鈴郷さんは手に持っていたスーパーの袋をぐいっと突き出した。
「へぇ」
少し以外だった。お嬢様なイメージがあった鈴郷さん。てっきり「現金は持ち歩かない主義」でクレジットカードとかnanakoカードとかしかもってないかと思ってた。いやまてnanakoカードは庶民的だ。
「そういう有松こそこんなとこでなにやってるの?」
「え?俺?いや、俺はその……あ、あははははー……」
笑ってごまかした。
さっきまでの俺は一体なにをしていた?
公園、ベンチ、食パン、涙。
知り合いにあんな姿を見られるなんて……。
恥ずかしい。
は・ず・か・し・す・ぎ・る!
そうだ!逃げよう!
「そ、それじゃ……俺はか、帰る……ね」
言って気がつく。そうだ、帰る家ないんだった。
「……う、うぅ」
思い出したらダメだった。涙が次から次へと溢れ出た。
自棄になって食パンの最後の一枚を口の中に一気に詰め込む。ああ、やっぱりしょっぱい。
※
……私にどうしろと?
目の前には人目を気にせず泣きじゃくる同級生。しかも食パンを食べながら。
当の私は急に泣き出した有松を前にどうしたらいいかわからず所在なさげにおたおたとするばかり。
いや、だから、私にどうしろと?
「……うぅ」
もごもごもごと口を動かしながら有松は泣き続けてる。泣き止む気配がない。
それになんか私が泣かしたみたいな感じになってない?
つーか、相当目立ってるよね?
道行く買い物帰りのおばちゃん達が何事かしらと振り返ってはヒソヒソとなんか話してる「やーねー」「女の子が」「かわいそぉ」「泣かせちゃって」「なにやったのかしら」断片的に聞こえてくる内緒話。繋げていくとなにやら私が悪者みたいな……。
そうよ!逃げればいいのよ!
「あの……その……そ、それじゃ!またね有松!」
回れ右。さよなら有松、私は逃げる。だけど、あなたは強く生きて。あなたはきっとそれが出来る人だから。
多分!よくわかんないけどね!
走り出そうと一歩踏み出す。そして、躓いてこけた。
「あ」
間の抜けた声が漏れた。倒れいく様はなんかスローモーションな感じだった。ああ、私はこけたんだなぁなんて感じ。
ドシャアァ。
顔面が地面に減り込んだんじゃないかってぐらいに派手に転んだ。
地面にぶちまけられる買い物袋の中身。卵が割れ、トマトが潰れ、レタスが泥で汚れる。
ああ、私はまたやっちゃった。どうしてこんなに不器用なんだろうか。
「うぅー」
自分のあまりの不甲斐なさに涙が込み上げてきた。
「うぅー……えっぐ、ぐす……」