助けたい。
戦場は、劣勢であることが、ありありと伝わってきた。
しかし、月明かりが無い今、結界を泉から弊害なく張り直す事は、できない。
もし、日中に張り直すのならば、現場に行かなければならない。
そんな戦場に老人が行って何ができるか…。
日が上がっても、総長室に現れない総長を心配した副長が、泉に様子をみに来た。
「副長。また、破られた、どうしよう…」
「今夜まで、待つしかありません。」
「でも、それまで、こちらの軍が、持ち堪えられないわ…」
「………。」
グランマーレは、おもむろに立ち上がり、泉に入ろうとした。副長は、慌ててそれを止めた。
「何をなさるつもりですか⁈」
「…ひとだけ…、ひとつだけ、結界も、戦場の敵も、蹴散らす手がある。」
「まさか?!……いけません!!!!」
「大丈夫。まだ、陽はあがりきっていない。今しかない。」
「あなたの代わりはいないんです。何かあってからでは、遅いのです。」
「国が無ければ、私は、いらない存在です。国を守らず、己を守れと⁈」
「ですが…」
副長は、グランマーレを止めようとするが、グランマーレは、それを押し切るように、泉に向かう。
「総長様、おやめ下さい。くどいようですが、あなたの代わりは、居ないんです。」
「そうです。代わりは、誰もできないんです。
私がやらなきゃ、ならないんです。
心配は、感謝しますが、あなたでは、何とかできないんです。下がりなさい。」
グランマーレは、わざと強い口調で、副長を遮る。
副長は、青い顔で、俯きながら、グランマーレに、道を譲った。
グランマーレは、迷うことなく、毎晩、行う様に、泉へ入る。
泉と、月に手をかざす。が…
既に太陽も、視界に入っている…。
月にだけ、魔力と意識を集中してみるが、太陽が、存在感を強調してくる。
太陽を感じた瞬間、爆発的なエネルギーが、体内を回る。月とは、比べ物にならない位のエネルギーだ。
身体中の血管や、筋肉が悲鳴をあげ、皮膚が、焼けるように熱い…。
『これは…、どれだけもつか…』
グランマーレは、悲鳴を上げる身体を叱咤しながら、結界の修復と、補修、さらに、補強を考える。
さらに、体が震えるほどの痛みが、一気に身体を駆け抜けていく…!
普段痛みとは、無縁の生活。少しの痛みでも、すぐに我慢の限界に、達しそうになる。
痛みに目眩を覚え、どんどん痛みが強くなると、体に力を入れて居られなくなる。
『立って居られない…』
見ため老いた体が揺らぎ、片膝を泉の底に着きそうになる。
しかし…。
不意に、体の位置が、戻る。
もちろんグランマーレには、そんな体を支える力は、今は、無い。
「私でも、支えくらいになら…なれるかと…。」
そう言いながら、ローブを覗きこんだのは、心配を顔中に、うかべた副長だった。
「副長…。特殊なローブじゃないあなたが、こんな冷たい泉に入ったら、体が、冷えてしまうわ…。」
春とは言え、朝晩は、まだ冷え込んでいる。
泉の水も、相当な冷たさがある。
特殊なローブを羽織るグランマーレは、水温を感じないが、副長は、違う。
「あなたの苦しみに、比べたら大したこと…、ありません。
あなたの体に、支障をきたす前に、さっさと、やり終えましょう。微力ですが、支えさせて頂きます。」
副長は、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
グランマーレは、何か温かい物に、守られているようなくすぐったさを心に感じた。
グランマーレは、副長に頷き。
結界へと、意識を集中する。
結界は、いつもの、1/5の時間で張り終えた。
ついでに、エネルギーを集中した、玉を作り、雨の様に、結界の外に降らす。
はじめは、警告程度に数発。
気が付き逃げ始めた頃に、パラパラと…。
あとは、雨の様に降らした。
これで、敵はだいたい戦闘不能になっただろう。
これで、撤退してくれることを祈りながら、グランマーレは、意識を放棄した。
そんな、グランマーレを支えて、凍えた体で、副長は、彼女の部屋を目指した。
気絶した彼女は、幻影を保てていない。
ローブも、あちこち焼け焦げ、幻影の補助ができなくなっている。
16歳の華麗な姫の肌は、今は見る影もないほど、酷い火傷のあとと、内出血で、痛ましい、姿になっていた…。
ローブは、自己修復機能がある為、そのまま、クローゼットで、寝かせておけばいいが、グランマーレは、そうはいかない。
治癒魔法の使える者に、内密に、治療させるにしても、治癒魔法とて、完璧ではない。
きっと、この酷い傷痕は、体中に残るだろう…。
『16歳のうら若き乙女には、なんとも酷な事だ…。』
副長は、浅い息しかしていない、グランマーレを大事に抱き抱えながら、たびたび、息を確認する為に、顔を覗き込んでいたが、その度に、そう思わずにはいられなかった…。
彼女の部屋に運び入れれば、唯一の侍女は、大惨事に、顔を青くし、知らせを聞いて、駆けつけた、乳母は、涙が止まらなかった…。
治癒魔法使いによる、治療を受けたが、その後1週間、グランマーレは、意識を取り戻すことは無かった。
グランマーレの力を使えない、今。
魔導師達は、変わるがわる、東西南北国境線まで、おもむき、結界への魔力の補充に、明け暮れていたが、結界は、徐々に、薄れつつあった…。
帰還した西で戦っていた騎士たちは、慰労会のパーティーで、皆、結界と、降り注ぐ、火の玉の嵐をそれは、それは感動と、感謝と、奇跡の様に、興奮気味に話した。
その話は、瞬く間に、世間に広がっていった。
しかし、グランマーレの状態は、極秘だ。
「総長様は、魔力を使い過ぎたから、今は、少しお休みになっている。すぐによくなる。」
ぐらいの、話になっている。
当事者の騎士はもちろん、噂を聞いた、兵士や市井の人も、皆、総長をさらに崇め、尊み、感謝と憧れを抱いたが…、
その中で、浮かない顔をしているのは、フォルテだけだった。
フォルテは、帰ってからも、毎晩あの泉へ、出向いていたが、一度も、総長と会って居ないのだ。
毎晩、あれだけの長い時間を費やして、おこなわれていた事が、フォルテが知るだけでも、5日間行われていないのだ。
『あの、結界と火の玉は、もう朝だった。あの時身体を壊したと、考えるなら、1週間近くになる…。
総長様は、大丈夫なんだろうか…。本当に、皆んなが言うほど、軽い症状なんだろうか…』
フォルテは、総長から借りていた、魔導師の証を握りしめた。
フォルテは、意を決したように、立ち上がり、副長室へと、足を進めた。