魔導師の証を返してください
いつものように、泉で、作業していれば、昨日の麗しい騎士が、やって来た。
騎士は邪魔にならないよう、昨日と同じ場所に、座って黙っていた。
グランマーレも、集中を欠くわけには、いかず、騎士が、来たことだけを目線で確認して、すぐに作業に集中した。
休憩になるまで、そのまま静かな時間が続いていた。
休憩に、東屋へ向かえば、騎士は、スッと立ち上がって、席を譲る様に、東屋の脇に立った。
小さな東屋は、恋人同士には丁度いい狭さで、あろうが、普通に他人が座るには、少々手狭だった。
騎士は、老体を気遣い席を譲ってくれたのだろう。
譲られた東屋のベンチに座ると、
騎士は徐ろに、懐から、今朝預けた、魔導師の証のメダルを返してくれた。
「ふむ。」
受け取るために手を差し出せは、その手をメダルを持つのとは、反対の手で、支えられ、ゆっくり優しく、メダルを手の中に、据えられる…。そのあと、騎士はゆっくり手を離した。
見た目は老婆。だが、中身は、乙女16歳。
執事、侍女、乳母、副長以外との接触は、ほとんどなし。男性との触れ合い0。
優しいその仕草に、ドキドキ心臓がうるさかった。
「ありがとうございました。確かに、お返し致しました。」
騎士は、そう言いながら、首に下げれるよう、鎖の付いたメダルの鎖までも、静かに手にのせた。
「ふんむ」
返答の声が、裏返りそうなすんでのところで、持ち堪えた。
「まだ、犯人は、捜索中でして…。今日もこれから朝まで、お仕事をされるのですか?」
「ふむ。仕事じゃからな。」
「何をされているか、お聞きしても?」
「秘密じゃ。だが、皆の為には、必要な事とだけ、教えてやる。」
「そうですか…。では、今日も、私めが、こちらで、護衛させて頂いても?」
「ふむ…。邪魔せぬなら。」
それから、毎晩、騎士は護衛にきた。
特に会話は無いが、お互いに、居心地のいい空間であった。
ある日、休憩中に、珍しく、騎士が話かけてきた。
「明日から少し、東へ魔物の討伐に行ってきます。夜お仕事されるさい、側にいられません。お気をつけて下さい。」
「ふむ。そちも、気をつけて行ってまいれ。」
騎士の言葉に、そう返せば、騎士は、眉を下げながら、自嘲気味に微笑んだ。
「どうした?」
「いえ、私は、幼い頃に、母を亡くしていまして、母が居たら、私にそんな言葉をかけてくれたのかと、ふと思いまして…。すみません。」
「ふむ。母親ならば、そんな危ない所には、行かないでくれと、泣きつくのではないか⁈」
「そうですか⁈泣くのですかね…⁈後で、一緒に行く同僚に聞いてみます。」
「我は泣かぬぞ…。だが、そうだな。ここ数日、其方が居た空間、嫌ではなかった…。だから…」
魔導師の証を首からはずし、突き出した。
「これを持っていけ。其方を守ってくれるだろう。そして、必ず返しにこい。」
騎士は、そっと、メダルを受け取り、頷いた。
これ以上の会話は無く、朝日が差しはじめ、仕事は、終わった。
騎士とは別に部屋に帰る。グランマーレの胸に何かつかえた様な違和感があった。
グランマーレは、それは、寝不足の症状だと、判断した。
半月過ぎたころ、騎士が帰ってきた。
帰った日に、メダルを返しに来たが、夜通して移動した為、まだ、会議やら、報告が済んでいないと、直ぐに元来た道を帰って行き、5日過ぎてから、また夜な夜な護衛に来るようになった。
盗難事件の犯人も、先日捕まったと、副長から聞いていた。もう、護衛の必要はないのだ。
騎士は何をしに来ているのか…⁈
「其方は、何をしに来ている⁈」
「………。護衛…です。」
「盗難の犯人は捕まったぞ⁈」
「…………。また、でるかもしれません。」
「今は勤務中か?プライベートか?」
「……………」
「そうか、サボりか。」
「ちが…。プライベートで、護衛です。」
「何の目的だ⁈」
「……。総長様の、魔法が、美しく、見ていると癒されるのです。あと、側で護衛しているこの空間が、なんとも、居心地よく…」
「なんと、我の正体を知っておったか。」
「5日前に、帰った後、人数不足で、魔導師塔の会議の警備につかされました。その時に、お見かけして、気が付きました。今までのご無礼お許しください。」
騎士は深々と、頭を下げた。
「ふむ。で、其方は、我の正体を知り、我が、ここで何をしていると思ったのだ⁈」
「筆頭魔導師長様のお仕事は、国の結界を守ること…と、推察いたしました。」
「ふむ。まあ、大まかに当たりだ。これは他言無用に…」
「はい。ですから、他の者にバレぬ様にも、護衛しようかと…、差し出がましいですが、毎日来ておりました。」
「昼に仕事もあるだろうに…。それなら、こちらから、そう頼んだものを…」
「正体を仰らないので、悟られたく無いのだと。推察いたしました。」
「良く気の回る人よの…」
「まあ、よい。わかった。こちらも、余り事情を知るものを増やしたくはない。その辺は、副長に上手く取り計らってもらう。騎士よ。名を…」
「第3隊のフォルテと申します。」
「こころえた。」
こうして、夜の泉に居る間の護衛ができた。
また、変わらない2人での、泉の時間が、毎日同じように過ぎて行った。
フォルテは、泉の護衛となったが、第3隊にに所属している事は変わらない。
西の国が、攻めて来た今、戦争となれば、駆り出されるのは、第3隊からだ。
「行って参ります。」
「ふむ。気をつけて行ってくるのだぞ。また。これを持って行け…」
魔導師の証をまた、フォルテに差し出した。
フォルテは、受け取ると、
「必ず返しに参ります。」
と、にっこり笑った。
フォルテが、戦争に駆り出されてから、1か月変わらない日々を送る、グランマーレだが、誰も居ない夜の東屋を寂しく思うようになっていた。
だが、グランマーレの仕事は、変わらない。毎日同じだ。2か月が経った頃、いつものように、夜、泉で、作業していると、西の結界に、大きな衝撃と、結界の欠落を感じた。
夜中に、副長を総長室に呼びつけた。
「手の空いている結界が得意な魔導師を3人づつ南、北、東に送って!西の結界に穴が空いたから、私はそれを防ぐ。他の結界まで手を回していたら、今からでは、朝までに間に合わない。だから、今日分の魔力の補給を西以外の結界に、しに行かせて欲しいの。3人では、足らないかもしれないけれど、結界が無くなってしまうよりはマシよ。」
「はい。全力で、補給するように言付けます。」
副長は、グランマーレの指示を聞き、直ぐに動き出した。
グランマーレは、泉に戻り、西の結界の修復に集中した。
西は、今戦場となっている場所だ…。
フォルテ騎士は大丈夫だろうか…。一抹の不安が過るが、雑念を振り払い、結界の修復に集中する。
朝日が差し込み始めた頃、やっと結界の修復が終わった。
グランマーレは、東屋に座り、意識を飛ばして、魔術師の証の気配をたどる。
たどった末に、フォルテの胸にたどりつく。
「結界が閉じたぞ…なんとか持ち堪えたが…」
「奴らまた、この結界も壊そうとしてくるだろう。あの敵の魔導師が持っている、球を破壊しなければ、また、結界を壊されてしまう。」
「このままじゃ、こっちには不利だ。負けてしまう。」
「だが、撤退したら、国が…」
「大丈夫だ。結界がある。この国の結界はすごいって聞いた事がある。」
「ああ。すごい。ただ、この結界を守るのはとても大変な事なんだ。」
フォルテの近くにいる者たちの声が聞こえてくる。
フォルテは、結界をどう維持しているか知っているため、結界が万能でないことを悟っている。
「うわわわ。また、奴らきやがった‼︎」
大きな悲鳴と、破枠音と共に、先程張り終えたばかりの結界が、砕かれた気配がした。
もう、月あかりはない…。
「くそ、あの球をまた使いやがった‼︎結界が崩れるぞ。全員戦闘態勢をとれ!!」
戦争が、激化していた。