筆頭王宮魔術師長の憂鬱
「私なんか居なくても、会議は進むのに、毎日、毎日。朝っぱらから…」
「姫さま、そう、仰らず…。もうすぐ副長様が、お迎えにみえます。総長室に移動なさいませんと…」
「は〜ああああ。」
姫と呼ばれた、この国の3番目の姫、グランマーレは、侍女に、わざとらしく、大きなため息をついて見せた。
侍女の言う、副長とは、王宮魔術師副長の事。そして、総長とは、グランマーレ事、筆頭王宮魔術師長という、なんとも長ったらしい名前の略称である。
よって、総長室とは、筆頭王宮魔術師長室の事である。
第3姫のグランマーレの部屋から筆頭王宮魔術師長が、出てきては、おかしな話しになる。
総長室には、隠し部屋があり、そこには、転送陣がある。決まった場所にあらかじめ、繋がる転送陣をせっちすれば、部屋から誰にもばれずに、総長室へ移動できるのである。
この転送陣も、身分や、正体を隠す必要がある、筆頭王宮魔術師長に、代々受け継がれていた。
グランマーレは、魔術師の制服である、代々受け継がれる、ローブを肩に羽織る。
古いものだが、幻影の魔術を使う手助けもしてくれる優れ物で、色々な魔術が施され、守られているため、新品の様に見え、また、それ自体も芸術的な刺繍がされ、とても黒一色なのに、キレイだった。
ローブのフードを浅くかぶり、部屋にある、転送陣へむかった。侍女に軽く手を振り、転送陣を起動して、総長室に移動し、隠し部屋からでてみれば、既に部屋には、副長が頭を下げて待っていた。
「総長様、おはようございます。」
「副長さんおはよう。今日の議題は⁈」
「今日は、新たに軍が持ちいる、魔道具の開発の進行状況と、今年度の予算についてと………」
「あーーーー。わかった。私の出番がない事と、頷くだけって事。いつものように、合図してね。」
「そう、仰らず…、もう少し聞く耳を持って頂いても…。」
「副長さんが、優秀なのは知ってるもの。私が居なきゃ、筆頭王宮魔術師長は、副長さんだったはずよ。
しかも、幼い私を補佐できるように、前筆頭王宮魔術師長様から、みっちり仕込まれてるんだし。」
「何をおっしゃられます、嘆かわし…。総長様は、総長様しか、おできにならない、産まれもった能力が必要なお仕事ですよ。私には、到底無理なお話です。私は、補佐させて頂いていることをとても、誇りにも、光栄にも思っております。」
副長は、60歳過ぎの、穏和なお爺さんだ。
先代から、人柄と能力を認められ、副長という名の、筆頭王宮魔術師長補佐になる為だけに、教育と仕事を仕込まれた人だ。これ以上の出世は無いと言うのに、孫を見るように、グランマーレの面倒をみてくれている。彼は魔術師の中では、唯一、筆頭王宮魔術師長の正体を知っている人である。
そんな副長と、連れだって、魔導師達が、仕事をしている塔へ行く。
大きな会議室の、大きな机の上座に、座り、会議を上の空で聞く。
総長の仕事は、月の光がある、主に夜だ。
会議を開くことでも、魔道具を作る事でも、魔石を加工することでも、魔力の研究をする事でもなく、国を隣国や魔物から守る為にある、結界を維持、補修することだ。
維持、補修には、莫大な魔力が、必要になる為、月の魔力に補佐してもらいながら、行う事が多い。
そうなると、仕事は、夜が中心になる。
それなのに、朝早くから、会議に引っ張り出されては、16歳の成長期の体には、睡眠不足もいいとこだ。
他の魔導師たちは、総長が、どうやって魔力を使って居るか、いつ仕事をしているかは知らない。
知っているのは、結界が有るのは、“筆頭王宮魔術師長様のおかげ”と、言う、一般人でも、知る程度のことだった。姿は、見せるが、寡黙で、年老いた筆頭王宮魔術師長は、尊敬や崇拝の的であり、仲間の様に気軽に話せる相手では無いのも、理由だが、あまりにも、馴れ合うと、正体が、バレる危険性が出てくる為、副長以外と、グランマーレ自体が、話さないようにしている事も、大いに関係していた。
睡眠不足で、迫りくる、睡魔と、欠伸を噛み殺しながら、毎日の会議を上の空で聴いていても、仕方ながないことであった。
『くー。あと少しかしら?さっきから、ぐだぐだと…。もー眠い…。倒れる…。ダメ…見ため200歳の私が、倒れたら、大事になる…。死んだと思われても、おかしくない…。はやくおわれ…』
グランマーレは、ローブの下で、自身の太腿をつねりながら、睡魔と戦っていた。
「ですが‼︎魔物に警戒しながら、敵と戦うのは、集中力が欠けて、100%の実力が出せないと思われます。騎士を無駄に死なせない対策が必要だと…」
若い魔導師は、興奮気味に、声を荒げた。
「はあああああ〜」
心の中で、ついたはずの溜息が、会議室に一際大きく響いた。
『あ!?やばい…。溜息が、だだ漏れた…。』
会議室の空気は、凍り付いている。
当たり前である。崇拝の対象が、大いなる溜息をついたのだ。みな顔が一気に青ざめる。
副長は、片手で、両目を押さえて、小さく首を振っている。
そう。やっちまった、状態だ。
一気に、目が覚めた、グランマーレは、頭をフル回転した。
『確か、騎士が、魔物に気を取られずに、戦えたら、この話は、解決するのよね⁈えーと、えーと…』
心は動揺しまくり、焦りまくりだが、総長として、焦りを見せては、いけない。
総長のしわがれた声で、口調に気を付けながら、わざとゆっくり話す。
「最近の隣国からの攻撃は、わざと、魔物を誘導し、気を散らせたり、魔物の討伐に当たる分の武力を削らせる戦法なのだな?
それに対し、魔物に対する、何か魔道具を作る必要がある。と、君は考えた。ふむ。
現在使われている、魔物除けがどんな物か知っているかね?」
「はっはい。総長様。恐れながら、発言させて頂きます。」
「うむ」
「いっ、今、現在使用している物は、魔物が嫌いな薬草の臭いを焚き、近づかせない物であります。しかし、弱い魔物は、それで良くても、強くなれば効き目が薄れ、魔物に襲われています。」
「では、魔物が何に反応して、何に誘導されているかは知っているかね?」
「え⁈えーっと、人間の臭いでしょうか⁈」
「魔物は、群を作る仲間の魔物は、群の中では襲わないが、群以外は、敵とみなす。魔物は、魔物、同士でも、襲い合う。それを踏まえても、臭いだと思うかね?」
「そっ…それは…。」
「魔物は、それぞれが持つ、生命力や、魔力で個体を嗅ぎ分けている。己より弱いと思えば、餌とみなされる。それがわかれば、簡単じゃろうて…」
「っ………。」
「ふむ。我の様に、強者となり、襲われない結界をはるか、生命力や魔力を隠す魔道具すれば、良いのじゃ。」
総長の言葉を聞き、魔術師は、みな、はっとした顔になる。
起こっている、問題の表面しか見ずに議論していたのだ。根本的に、熟知する事が、どれだけ大事で、そうで有るなら、解決策も、無数にあるのだと、言われたように、胸に突き刺さる。
実際は、空気を凍らせて、焦って、何か、策が無いか、頭を巡らしただけなのだが…。
幸い、出歩く事の出来ない16歳の少女は、無類の本好き、勉強好き。前総長から受け継いだ、魔術の膨大な知識があり、常識を知らないが故に、常識に囚われない自由な発想が出来き、色々な視点から、物事が見れる才能があった。
「ご、ご助言ありがとうございます。そのような視点は、持ち合わせていませんでした。一同、もう一度、その視点から、魔道具を作り直させて頂きます。」
深々と頭をさげる、若者魔術師に、
「ふむ。」
と、一言かえし、副長をみれば、慈愛に満ちる笑顔で、グランマーレを見つめていた。
総長席で、居た堪れない視線に、ゴホンッと、咳払いすれば、副長が、会議を終了させ、それぞれをそれぞれの仕事に就くように促した。
総長と、副長は、会議室をでて、いつものように、総長室に戻る。
その道すがら、
「いつも、あれくらい積極的に意見して下さっていいのですよ⁈」
「今日も、言うつもりは、無かったの…。まさかため息が、口から出てしまうなんて…。失敗したわ…」
周りに誰もいない事を確認し、盗聴防止の結界を張りながら、グランマーレは、答えた。
「私は、あなたの聡明さを存じているだけに、いつも、いつも口惜しく思いますよ…」
「あーあーあーあー。聡明ってなんだ?知らないなぁ。私は、もう部屋に帰り寝る。」
ズカズカと、老人姿に似つかわしくない、早歩きになる、総長の背中を駄々をこねる、孫を見るような、優しい眼差しで、副長は、みつめながら、総長を部屋に送り終えた。
その後副長は、仕事にもどり、いつものように、仕事をこなしていった。