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0005暗殺者たちと孤高の王

 そしてズールの依頼を受けてちょうど1ヶ月後に心を決めた。


 エライリーを抹殺する――




 だいぶ寒くなってきて、季節はすっかり冬だった。今日は曇天でなお冷え込みはきつい。そんな中、オレはひと気のない路地裏で、『飛燕』に暗殺計画を打ち明けた。『飛燕』は二、三修正すると、それを了承した。


 計画ではこうだ。エライリーには常に2~3人の護衛がついている。これが厄介で、常に標的の盾となって邪魔なことこの上ない。しかしそれは屋敷2階のエライリーの部屋にまでは及ばない。彼がおまるに排泄(はいせつ)し、それを窓から捨てるときは護衛もおらず、無防備だ。その一瞬を狙ってエライリーを殺す。


「傑作だな」


『飛燕』はそう言って笑った。この1ヶ月で、彼はすっかりオレの安心を手に入れていた。


「で、どうやって殺すんだ? 弓矢か?」


 オレは口の端を吊り上げて返す。


「『奥の手は決して他人に見せるな』だろ、『飛燕』」


 彼は苦笑した。一本取られた、とばかりに自身の膝を叩く。


「その通りだ。……僕がお前を手伝うのもここまでだ。後は一人でやるんだな、お嬢ちゃん。初仕事の成功を祈っているぞ」


 オレは彼と握手した。お互い手が冷たかった。これが暗殺者という生き物の体温なのかもしれない。


「じゃあな、『飛燕』。達者でな」


「あばよ」


 彼は去って行った。




 その夕暮れ――暗雲垂れ込める天気なため、ほとんど真っ暗だった――、オレは短剣5本を分厚い外套(がいとう)の下に隠し、エライリー邸の近くの大樹によじ登った。この前とはまた別の木で、対象と少し距離が近づく。今日は少年の扮装だったため、ほとんど物音を立てずに両足で枝を踏み締めることが出来た。誰にも見られていない、気付かれていない自信があった。


 建物2階のエライリーの部屋を凝視し、いつでも短剣を投げられるよう身構える。奴は先ほど帰宅していた。身の周りに注意を払い、なおかつ動いており、更に護衛もついている相手だ。狙い撃つのは難しく、オレは歯噛みして見逃したのだ。やはり計画通りにやるしかない。


 しかし生憎(あいにく)なことに、今日は天気が悪過ぎた。何と雪が降り始めたのだ。剥き出しの手が寒さでかじかみ、オレは吐息を吹きかけて感覚の磨耗(まもう)を食い止めようとする。手袋をしていては繊細な投擲(とうてき)など出来るはずもなく、またいつ標的が顔を出すかも分からないため、このまま素手で待つしかない。いっそ次の機会を狙えばいいのだろうが、依頼人や仲介人をこれ以上待たせるのは忍びなかった。


 2階の雨戸に薄い明かりが生じた。(ふた)のない四角い鍋のような光の線が走る。エライリーが食事を終えて2階に上り、自室に入ってロウソクを置いたのだ。いよいよ来たか。オレはズールの笑顔を思い出して勇気を(ふる)い、寒さに抵抗してなおも好機を待った。かすかな苛立ちと焦り、多大な緊張とが混合し、いわく言いがたい気分だ。凍えるせいで紫色になっているであろう自分の唇を舐めた。


 そして、遂にその時が到来した。エライリーが雨戸を開けたのだ。逆光のため暗くて顔は分からないが、体型でそうだと知れる。オレは心臓が早鐘を打つのを感じながら、「急げ、急げ」と心に念じて短剣を一本抜き取った。しくじるなと気合を入れ、標的に向かって振りかぶる。エライリーがおまるを逆さにし、排泄物を道路に捨てている、まさにその瞬間だった。


――当たれ!


 オレは枝と枝の隙間を()い、凶刃を投擲(とうてき)した。もし通常の天気で、これほど寒くなかったら、それは間違いなく暗殺対象の眉間(みけん)に突き刺さっていたであろう。だが長く雪に降られたオレの体は、思っていたより随分(ずいぶん)冷え切っていたらしい。震えた指が完璧な直線を宙に描けず、短剣はエライリーのおまるに命中してしまった。


「くそっ……!」


 オレは思わずそう漏らしていた。エライリーは衝撃におまるを取り落としたようで、雪道に落下した音が聞こえた。彼は仰天していたようだったが、すぐさま雨戸を閉めて何事か怒鳴る。どうやら護衛を呼びつけたらしい。


 計画は失敗だ。オレは心身ともに()てつきながら、木から滑り下り、このまま逃走しようかと一瞬考えた。だが今夜の失敗は俺の得手――短剣の投擲(とうてき)という技が明るみになる致命的なものだ。もはやエライリーは用心を数段階高め、二度と隙を見せなくなるだろう。オレがズールの依頼を果たすことは永久に出来なくなる。


「そんなわけにいくものか……!」


 オレは命を捨てる覚悟を決めた。残り4本の短剣をいつでも抜き撃てるようにして、一路エライリー邸に疾走する。玄関の扉が開き、護衛たち3人が抜き身の剣を垂らして現れた。手に手にたいまつを掲げ、曲者の姿を視界に収めようとする。オレは血流が逆行するような感覚に(おちい)り、呼吸さえおかしくなりながら、素早く短剣を投げつけた。


 窮地(きゅうち)にはまったことで、逆に天性の才能が爆発したのか。オレは彼ら3人を次々に一撃必殺の技で仕留めていった。頭蓋を刃で貫かれ、即死する男たち。オレは彼らの落としたたいまつのうち一本を拾い上げると、かたわらを過ぎ去り、邸内に侵入した。


 もはやここまできて逃げも隠れもしない。頭にあるのはエライリーの命を奪う、ただそのことだけだった。恐怖におののく召し使いたちを無視して2階に駆け上がる。高揚感と焦燥感が絶妙な配合でオレを狩りへと()きたてた。


 しかし、当然予想すべきエライリーの行動を、オレは全く考えていなかった。標的の部屋に通じる扉――隙間から明かりが漏れている――にかじりつき、開けようと取っ手を引っ張る。だがそのドアは、かんぬきでも掛けられたのか、まるでびくともしなかったのだ。オレが絶望に打ちひしがれながら、それでも押し破ろうと幾度も蹴りつけると、内部からエライリーの叫びが聞こえてきた。


「誰だ? まさか殺し屋じゃないよな? 名を名乗れ!」


 恐怖に震え上がるネズミのような声色(こわいろ)だった。オレは無視して扉を蹴りつける。だがやはりそれは微動だにせず、オレの野望を拒絶した。階下から複数の喚き声と物音が聞こえてくる。


 色々な思考がぐるぐる回り、オレはもはや雲の中を舞っているようだ。その中から敗北と死がまざまざと突きつけられたそのとき、事態は急激に動いた。


「ぎゃああっ!」


 その悲鳴はエライリーのものだった。何だ? オレが戸惑っていると、かんぬきが外れる音がして、ドアの向こうからある男の顔――といっても覆面で鼻と口を隠していた――が覗いた。


「『飛燕』!」


 オレはさっき別れたばかりの師匠の顔に、驚愕と安堵のない交ぜとなった感情でがんじがらめにされた。思わずたいまつを取り落とす。彼はオレの手首を取って室内に引き入れた。そこには短剣で胸を一突きされたエライリーの死体が横たわっている。血みどろで、もはや身じろぎ一つしなかった。ああ、『飛燕』が殺したのか、とただぼんやりそう思う。


 彼はこちらに背を向けてしゃがみ込み、両腕を広げた。


「僕の背中にしがみつくんだ! 早くしろ!」

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