表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/26

第6話 靴底は痛いんですけど

 メイドの仕事というのは多岐にわたる。掃除洗濯はもちろんの事、主人に対する補助であったり家回りの修繕維持管理も含まれる。調理に関しては専門のスタッフがいるが給仕配膳や後片付けはメイドたちの仕事だ。仕えている屋敷が広ければ広いほどその業務は膨大になるが、その分働くメイドの数も増えていく。


 レヴァナンス家は爵位で言えば王族に次ぐ上位の公爵家にあたる。ここトラヴィス王国に二つしか無い公爵家のうちの一つだ。


 当然その屋敷は大きい。ほとんど城といってもいいくらいの規模を誇っている。でもそれは領地内にある本邸であって、王都に設けてた別邸はそこまでではない。とは言え豪邸であることには変わりはないのだが。


 ナオとカティーナが暮らしている屋敷は王都の別邸。

 

 本来は年に一度義務として王城に登城するときか社交シーズン以外はあまり使わない屋敷なのだが、今年からはナオたちはずっとここで暮らしていた。

 それは王都に設置されている国立の学校にカティーナが通うためであった。


 公爵であるカティーナの両親は今は領地内にいる。社交シーズンが始まるのは秋の終わりなので、初夏の今の時期はこちらに来ることは滅多にない。

 その為この別邸に来ている使用人もそれほど多くない。


 カティーナがいると言えども、当主がいる訳では無いこの別邸に来客が来ることはほとんどない。正直カティーナが不自由なく生活が出来れば良いと考えると、屋敷のそれこそ一〇分の一も使えればいいのだ。

 それであれば最低限の使用人だけで事は足りる。


 とは言え広い屋敷の維持管理も限定的とはいえ目にする場所は確り体裁を整えなければならない。それは貴族としての矜持である。

 となれば、この別邸にいる少ないメイドたちでそれらをやらなければならず、自ずと一人一人の負担は膨大なものとなっていた。


 そんな忙しなく動くメイドたちの中にナオも含まれている・・・・・・・はず。


「まったく、あのお嬢様は私を萌殺す気ですか」


 ポカポカした陽気に目を細め、玄関先の石造りの階段に直に腰を下ろしたナオは、掃除の途中だったのか、手にした竹ぼうきに顎を乗せては、あほ可愛いお嬢様の事を思い出しては破顔する。


 涙目で訴えかけてくるカティーナを適当にあしらい、食堂へと送り届けたナオは次のお仕事とメイン玄関の掃き掃除をしていたのだが、あまりの気持のよい日差しにものの数分でこのようにだらけてしまっていた。


 ただ彼女のために一つ訂正しておくが、ナオは決して不真面目だったりさぼり癖がある訳じゃない。


 言動や行動に些か問題はあるものの、メイドとて真面目に働いているし、使用人としての礼節も確りと対応も出来ている。


 ただ、ことカティーナに関してはナオは特別な対応を取っている。


 それは決して馬鹿にしているとか嫌っているとかではなく。誰よりもカティーナに対しては親愛を抱き、心の底から敬愛しているのだ。

 カティーナがそんなナオの態度を好んでいるというのもあるが、誰から見てもナオのカティーナに対する思いを知っているからこそ、主人に対して失礼な態度とも思えるナオをレヴァナンス家の当主含め、誰も咎めることはしなかった。


 そんなナオだが今日はどうにもやる事に身が入らない。その原因はいたって簡単だ。前世の記憶である。


 転生してしまったこと自体はナオにとって大した問題ではない。いやどちらかと言えばありがたかった。

 前世の奈緒の生活より、今のナオの生活の方が何倍も生きていて楽しい。


 ただ記憶が戻ってきたことで様々な地球で出来ていた事への欲求があふれてきているが、その辺は転生してから培ってきたナオの人格のおかげで統べなく押さえられている。これはくしくも奈緒の両親が望んだ真人間に、死ぬことでなれたと言うことだろう。


 ならば何がそこまでナオの中で引っかかっているのか。


 それは転生したこの世界がどこか(・・・)という部分にであった。


「話としてはありきたりだけど、これはちょっとないわぁ」


 竹ぼうきの柄に顎を乗せたまま器用に顔を振る。


「第二王子のロバートでしょ」


 そして明らかな不敬罪に問われそうなつぶやきを口にする。自国の王子を呼び捨てなど一介のメイドがしていい事ではないのだが、ナオは全く気にしない。


「それに伯爵家のシャリオットに公爵家のドラン」


 だから当然それ以外の有力貴族の子女も呼び捨てだ。

 今ナオ一人だけだから良いが、仮にこの場に誰かいたものなら顔を蒼褪めさせていただろう。


「そしてこの国がトラヴィス王国、か・・・・・・・・これ確定じゃないですか。てことは帝国の名前はグスタイル」


 脱力に竹ぼうきを手放すと、カランカランと乾いた音を立てて階段を転がり落ちていった。


 この国で義務教育は無い。学校は有るのだが、そこで学ぶのは貴族か一部の有力商人の子供くらいなもので、平民の子供が通えるほど敷居は低くない。


 この世界でのナオはかなりの辺境の田舎出身だったため、正直一般教養はあまり持ち合わせてはいなかった。

 今でこそ前世の記憶があるのでそこそこの知識、というよりはこの世界の住人からしたら遥か進んだ知識を有しているのだが、こと地理や一般常識と言った分野に関しては全くの無知に等しい。

 《《前世の記憶が戻らなければ》》強国である帝国の名前も知らないほどに。


「お嬢様が今一五歳でしょ・・・・・・・・なら二年後か」


 でも前世の記憶が戻ったナオは、ある意味誰よりもこの国の、この世界の事を知っていた。それがナオの知っている通りに《《進む》》のであれば、だが。


「正直信じがたいんだよなぁ。あのお嬢様が・・・・・になるなんて」


 だがもし仮にそうだったとしたならば・・・・・・・。


 ナオは渋面に腕を組む。


 そして思う。


 これだけ一緒なのだから間違いないと。


「ならばこれから一年は流れを見極めるために使った方がいいか。実際私が知っているのもそこからだし、それで《《同じ》》と言うのであれば、メインの一年で私がその流れを変えるように動けば」


 だからナオは決心する。


 これは大好きなお嬢様を守るための戦いだ。


 それに何より。


「そう、これは恋愛ゲーム。実態を伴ったリアル恋愛ゲームなんだ!!」


 ナオの甦ったゲーマー魂に火がつく。


「更にこれは前世の私が達成できなかった後悔への再戦」


 もう少しで達成できた悲願、それが今こうして現実のものとなっている。


「だけど、これは失敗すると悲劇になるハイ難度の攻略・・・・・・ぬふふふふふふ、いいですよ、燃える、萌えますよ。やってやろうじゃないですか。誰ですこんなことをする奴は、神か、悪魔か、どっちでもいいけどグッジョブ!!」


 若干カティーナにとってははた迷惑そうな闘志を胸に燃やし立ち上がると拳を握りしめる。


 大義名分もある。


 これは自分のためではない。敬愛するあほ可愛いお嬢様の為なのだと。


 だからナオは握った拳を天高く掲げて宣言する。



「《《プリンセスサーガ3》》。まさかゲームの世界が現実になるとは。いいでしょう。この私が唯一クリアしていないこの攻略、きっとコンプリートして見せようじゃないですか!」


 感情の盛り上がりに声高々に叫ぶ。



「そして、私がきっとお嬢様を幸せの絶頂にしてやんよぉおおおおお!」


 バコォォン。


「ぐがやあぁぁぁ!!!!」



 そして弾ける打撃音とナオの絶叫。


 掲げた手はまたしても頭の頂点を押さえていた。


「何をさぼっているのですか」


 背後から聞こえるは、背筋を凍らすような底冷えの声。


「あ、あ、あ、あ、あ、ああ貴方、な、何を言ってますの!!」


 そして壊れたレコードの様に言葉を詰まらせる焦りの声。


 ナオは頭の痛みで目に涙をためて振り返れば、そこにいたのは出かける準備を終え顔を真っ赤にし慌てふためくカティーナと、自分の革靴を片方の手に持ち、頬を引きつかせるこの別邸におけるメイド長のヘレナの姿があった。


「せ、せんぱ~い。いくら何でも靴底は酷いと思います」


 涙ながらに訴えるナオに冷たい視線を送るヘレナ。


「貴方、由緒あるレヴァナンス家の玄関で何をとんでもない事を口走っているのですか!どうも今日は様子がおかしいと思っていれば、まさかそのような・・・・そ、そのような性癖を高々と宣言する、なんて」


 ヘレナは後半尻すぼみに言葉も姿勢も委縮していく。視線をずらし肩をもじもじと揺すっている。


 カティーナはそんなヘレナを驚愕の表情で見つめ、それから赤かった顔をさらに火照らせては、ナオを横目でちらりと見て「・・・ナ、ナオなら」と意味深なことを、誰にも聞こえないくらいの音量で呟いていたりする。


 ナオは痛む頭をさすりながら、そんな妄想に走る二人の姿を首をかしげてみるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ