第9話 扉の先に
翼は、どこまで進めばいいのかもわからない石畳をひたすら歩く。聞こえるのは自分の足音と、天井から時折落ちる滴の音だけ。足元を照らす小さな篝火は、一定距離近づくと自動に灯るため不自由はない。 どのような仕組みになっているのか気にはなった。しかし、このように日の光が少しも入らないところにずっといたら気分的に疲れてしまうため、先を急ぐ。
(緋鞠も、こんなところさっさと出たいだろ)
本当は、こんなところに入る経験なんてしなくてよかったはずなのだから。
じんわりと汗が浮かんできた時だった。灯りの先に、黒い鉄の扉が見えた。駆け寄ってみると、それは黒く錆び付いていて何百年と使われていそうにない扉だった。また、どこの施設に繋がっているのか印字されているプレートも錆と土汚れで読めない。
翼は小さく舌打ちした。これでは、時間を無駄にしかねない。
取っ手も押しても引いても、びくともしない。ここは一度戻って大雅を追いかけるべきか。しかし、大雅がにやにや顔で俺がいないと何もできないのか、とバカにする様が安易に想像できる。
うん、ムカつく。
それなら扉を壊して怒られたほうがまだマシだ。これ以上軍規違反をしたら今度こそ降格の上、牢に入れてやるからな、と唖雅沙に脅しに近い忠告を受けていたが知るか。あのぐうたら隊長に鼻で笑われるほうが断然嫌だ。
制服の内ポケットから何も書かれていない、一枚の札を取り出す。効果的な能力を考えつつ、扉の中心に貼り付けた。すると、その横に不自然な窪みを見つける。ちょうど人の手の大きさだった。それで、一つ思いつく。
(……試してみるか)
そこに自身の手のひらを押しつける。確か、唱えるのは──。
「唵」
霊力が生成から出力に切り替わる。心臓から右手に向かって流れ出す霊力は、扉へと吸い込まれていく。満タンになったのか、静電気のように軽く弾かれた。錠が開く音が響き、取っ手を引くと、簡単に開く。
そっと中へ入ると、先ほどとまったく同じ通路が続いていた。代わり映えしない景色に辟易していると、奥から誰かの足音が聞こえる。
「颯月」
瞬時に颯月を具現化させると、上に向かって投げた。多少は下から見えにくい高さに突き刺さる。
翼は軽く助走をつけて壁を蹴り上がり、柄を掴んだ。そのまま逆上がりの要領で柄に乗り立つ。
距離をとったからか、近くの灯りは静かに消えた。一人分の足音がだんだん近づいてくる。少しずつ灯りが近づいてきて、翼でも見える範囲に入った。
暁の制服と正反対の真っ白な軍服。標準よりも少し小さめの背格好。どうやら、陰陽院所属の女性隊員らしい。なぜか立ち止まって、きょろきょろと周りを見回している。
何をしているのだろうか。
すると、乱暴な足運びの音が聞こえてくる。荒々しい足音は、灯りが灯りきる前に風の如く過ぎ去っていく。そして、ピタリと隊員の前で止まる。
「おい、こっちじゃねぇって言ってるだろうが!」
「も、申し訳ありません! 」
聞こえてくる話をまとめると、どうやら彼女は新人で迷った末に、しびれを切らした上司が迎えに来たらしい。叱るのは別に構わないが、これでは先に進めない。
(面倒だな。これ以上居座るなら、眠らせるか?)
ちょうど、澪から渡された安眠のお香がある。これを軽く燃やして風に吹かせれば、香りを嗅いだものはたちまち寝てしまうのだ。
翼がポケットを探っていると、男が早くしろと隊員を引っ張った。
「沼津からの命令だ」
「またですか? 最近多すぎる気がします。それに、皆悪いことしていないのに」
「だが、俺らも下手に目をつけられれば左遷されちまう。ガキどもには可哀想だが、入ってもらうしかない。そら、今回は妖怪の見張りだ」
「……狼ですか。それに銀色とは、また珍しいですね」
「ああ。今は気を失っているらしいが、暴れた場合は封印許可まで出ている」
(──は?)
とっさに手で口を抑える。思わず、声を出してしまいそうになった。緋鞠が捕まっているということは、契約妖怪の銀狼も例外ではないだろう。可能性として、考えていなかったわけではない。だが、封印まではやりすぎだ。
翼は、二人の頭上に飛び出した。男の頭に手を置いて勢いを殺すと、なるべく軽めに足を首の後ろに当てる。昏倒する男に驚いている隙に背後に回り、手刀を叩き込む。
落ちている資料を拾い上げ、灯りの下に移動して居場所を確認する。ここからそれほど離れてはいない牢に入れられているようだった。だが、緋鞠のいる牢についての情報はない。先に彼女の方を優先させるべきだが。
──いや、まずは銀狼を先に出すべきか。
翼はすぐに走りだし、銀狼のもとへと向かった。




