第11話 戦場へ赴くための
琴音の背後から足音が近づいてくる。
「星宮女史。中で負傷をしているのは、僕の従者だ」
振り返ると、瑠衣の姿があった。元々猫のようなクールな目つきだが、いつも以上に険しい表情をしている。見るからに不機嫌だということが伝わってくる。
「蓮条さん、戦場に身分は関係ありません」
愛良は生徒たちを見回す。
不安げな表情でこちらをうかがう姿に、怒りが湧いた。
「この体力測定は、何を目的としていたか、あなたたちはわかったかしら?」
いつものおっとりした表情を消した愛良は、手にした日傘を地面に突き立てる。
「貴方たちが、明後日の模擬試験でどれだけ動けるか、よ」
すべては模擬試験を見越しての予行練習だった。戦場で動けるように、死なないようにするための、愛良が出来る最大限の手ほどき。
「羊の強さは、すべて亥の梅レベル。それに加えて、イレギュラーが起こった場合。今のあなたたちが最低でも対処できるようにしておいてほしい強さを考えて、最高で酉の梅レベルを十体ほど入れていた。それでも、三人で組めば何も問題はないわ。全て捕まえるのに十分とかからない。……なのに、時間ギリギリ?」
なるべくすべて捕まえろと言ったのは、月鬼を一体でも逃せば誰かの死に繋がるからだ。
協力しろと言ったのは、どんなメンバーとでもすぐに連携を取れるような心構えを覚えさせるためだ。
「油断したもの、負傷したもの、自分勝手な行動をとるもの。そういった人間が、真っ先に死ぬのよ。──覚えておきなさい」
静まり返る生徒たちの顔を見ることなく、視線を懐中時計に落とす。
残り三分を切った。
ああ、イライラする──。
大雅の言うとおり、緋鞠に期待した自分が許せない。乱暴に懐中時計を閉じて、生徒たちを帰らせようとすると、瑠衣が口を開いた。
「それでは、先生は僕の従者が真っ先に死ぬと言いたいのでしょうか?」
「そうね。ここが戦場であれば」
そのまま黙りこむ瑠衣に、声をかけてやるべきか悩む。
ガンッ──!
愛良は反射的に日傘を広げた。
硝煙の香りと、撃った人物に驚愕する。
「……いったい何のつもりですか、蓮条さん」
瑠衣の右手にはリボルバー式の黒い拳銃が握られていた。彼女の封月“重月”。
無表情に銃口を向けたまま愛良を見つめている。その瞳の奥には、明確な敵意が浮かんでいた。
「貴女は言ったな? 戦場で身分は関係ないと。そしてこれは体力測定ではなく、戦場へ赴くための予行練習だと」
ガチンっとハンマーを引いて、指先に霊力を注ぎ込む。銃身には霊力で生成された弾丸が装填された。
「なら、力ずくで止めても問題はないはずだ」
瑠衣は躊躇うことなく愛良の背後にいる京奈に向けて引き金を引いた。放たれた二発の弾丸を愛良は日傘で受け止めようと構える。だが、日傘に当たる寸前で弾丸が空中で停止した。
「なっ……?」
愛良が日傘を下ろした瞬間、瑠衣がパチリと指を鳴らす。弾丸は愛良の横をすり抜けた。
京奈はそれに気づいていない。
「京ちゃん、避けて!!」
「──え?」
愛良に顔を向けた京奈の周囲に、突然濃霧が発生した。弾丸は白い霧の中に消えて、中の様子がまったくわからない。
「ちっ」
小さく舌打ちをした瑠衣が、再び銃を構えると同時に、霧が薄れていく。中から抜き身の日本刀を肩に乗せ、うっすらと笑みを浮かべた大雅が現れる。
「いーねぇ、やるなら相手になるぜ? 直接的な手合わせのほうが、学べることも多いだろ」
大雅が閉じていた手を開くと、瑠衣が撃った弾丸二発が地面に落ちた。
愛良はサポート特化型だが、封月が厄介なため接近戦は不利。京奈は封月の重量から見て、小回りは効かないはずと狙ったのだが──。
夜霧大雅──入隊からわずか二年で大尉に昇格しながら、突然前線からの引退を宣言した暁一の問題児。
だが、その実力から独立遊撃部隊の一隊長に任命されている。
隊長とは名ばかりの厄介者だと思っていたのに……。
瑠衣は口の端を引き上げる。
「なるほど、腐っても隊長格ということか……!」




