第10話 誘う声
ほとんどのクラスメートたちは、無事に囲いの外に出たようだ。そしてあの囲いは、一度出てしまうと入れないらしい。
憤慨している琴音の姿を視界に入れながら、降りやまない弾丸の中を少女に向かって走る。
非常事態なんだから攻撃を止めてほしい。切実に。
「あーうっとうしい!! これ、いつになったらやむの!?」
『緋鞠! 霊符はないのか!』
「あるけど貼る暇ない!!」
鞭を振るわなければ、弾丸に当たる。銀狼も弾丸を蹴り飛ばしながら、爆発寸前には霊体化して避けてはいるが、とにかく数が多い。
少女も盾で防いでいるが足が痛むのだろう、かなりキツそうだ。
「あっ……!」
爆発の衝撃で少女の手から盾が離れる。それを待っていたかのように、弾丸が少女へと向かっていく。当たれば、大怪我ではすまされない。
緋鞠はぐっと唇を噛むと、霊符を足に貼りつけた。
『跳』
地面を強く蹴り、数メートルの距離を一気に跳んだ。
鞭を縦横無尽に振るい、上空で弾丸を破裂させる。
「──大丈夫!?」
「っ!!」
安堵の表情を向けた少女の横に着地すると、ドンッと強く突き飛ばされた。
「え」
驚いて尻餅をついてしまう。
少女の視線に顔を上げると、間近まで弾丸が迫っていた。緋鞠を巻き込まないよう突き飛ばしたのだ。
──あのままでは、まともに喰らってしまう!!
急いで身体を起こし、手を伸ばした。
お願い、間に合って!!
そのとき、少女の姿が誰かと重なった。
幼い少女。所々に血が染みたボロボロの着物。土に汚れ、乱れた黒髪。
「っ!」
頭がひび割れるような感覚に襲われる。
──私に力があったら、怖い思いをしなくてすむのに……。
──私に強さがあったら、泣かずにすむのに……。
ぐらぐらと視界が揺れて、思考がぐちゃぐちゃになりそうだった。
これは……誰の想い?
『力をあげましょうか?』
女の声が聞こえた。
月姫とは違う酷く冷たいその声に、心臓が凍りついてしまいそう。
思わず胸を押さえて、俯いていた顔を上げる。だけど、目の前の少女はおろか、他のクラスメートたちもいない。それどころか、白紙のような真っ白な世界が広がっていた。
(何、ここ……だって、さっきまでグラウンドにいたのに……!)
音も、誰もいない空間。不気味な気配しか感じられず、緋鞠は不安に押し潰されそうになる。
『今の貴女では、誰も助けられないわ。あの頃と何か変わった?』
あの頃? どういうこと?
意味がまったくわからない。恐ろしくて肩を抱き、うずくまった。ただ、この女が知っていることを、私は知らないだろう。そんな根拠のない自信のみで、心を固く閉じようとすると──。
『私がいれば、きっと何もかもがうまくいく』
「……え?」
足下の影が、陽炎のようにゆらゆらと揺れて、緋鞠の目の前で人形になった。
『守りたいでしょう? 大事な人たち。貴女じゃ絶対に無理だけど、私がいたらきっとできるわ』
大事な人たち。脳裏に浮かぶ、皆の姿。
強くなれば、力を持てば守れると思った。そしたら、兄さんも助けられるって。だけど──それじゃあ足りないの?
緋鞠は、閉じかけていた殻から覗き込むように、か細い声をで問う。
「……私じゃ、ダメ?」
『ええ』
「弱いから?」
『いいえ』
なら、何が悪いのだろう。答えのわからない緋鞠に、女は視線を合わせた。
『貴女だからよ』
その言葉に、緋鞠は耳を塞ぎたくなった。けど、絶望が体を蝕んで指一本も動かせそうになかった。
『さぁ、この手を取って』
影がくすくすと笑いながら、緋鞠を誘う。吸い寄せられるように、手が伸びた。
──この手を取れば、守りたいものに手が届く?
『緋鞠!!』
銀狼の声が、霧がかった頭に響く。
緋鞠ははっと全身を震わせ、手を止めた。
「……違う」
そうだ。私には弱くても、頼りなくても。一緒に戦ってくれると、手をとってくれた優しい妖怪がいる。
ぐっと拳を握りしめ、せいいっぱい黒い影を睨みつける。
「私が手を取るのは、あなたじゃない!」
影はろうそくの火のように吹き消えるのと同時に、白い空間が消え失せる。視界の端に、銀狼の姿が映った。
『どうして憑依しないんだ?』
奈子の声が再生される。
緋鞠はひとつの可能性にかけて、手を伸ばした。
「銀狼!!」
◇◆◇
「先生! この爆撃を止めてください!!」
「そんなこと言ってもぉ訓練ですしぃ」
「怪我人が出てるんですよ!?」
琴音が詰め寄っても、愛良は頬に手を当ててどこ吹く風だ。
その横で爆弾を撃ち続ける京奈は、ちらりと琴音に視線を向ける。けれども、手を止めることはない。
「お願いします!!」
頭を下げる琴音の肩に、愛良は手を置いた。
やめてくれるのだろうか? 期待して顔を上げると、冷たい色をした教師の瞳と目が合った。
「──花咲さん? 戦場に“やめて”は通用しませんよ」
琴音は雷に打たれたようなショックを受けたと同時に、理解した。
これは体力測定ではないのだ。
本当の目的は──。