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迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~  作者: あおい彗星(仮)
第6夜 夢みる羊
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第5話 自由になれたら

『メェェー、メェェ~』

「きゃー!」

「わぁぁ!」

「ちょっ、いてぇ!? 」


 グラウンドに響く悲鳴を、愛良は日傘の下で微笑みながら聞いていた。手にした懐中時計で時間を確認すれば、早くも十分が経過。しかし、未だに羊たちは百匹全て顕在している。


「あらあらぁ。羊ちゃんたち~あまりはしゃぎすぎてはダメよぉ~?」


 しかし、その声は届くはずもなく、羊たちはグラウンド中を縦横無尽に走り回っている。愛良は頬に手を添えるとコテンと首を傾けた。


「やっぱり、あの子達にはまだ早かったのかしらぁ……?」

「──大丈夫じゃねぇの?」


 テスト開始直後、木陰で昼寝をし始めた大雅が、いつのまにか愛良の隣に立っていた。愛良の表情は変わらなかったが、まとう雰囲気が少し厳しくなる。


「相変わらず、気配のない人ですねぇ」

「ありまくりだろ。気が付かねぇとしたら、おまえが俺に関心がないだけだ」

「ああ、確かにぃ」


 愛良は鉛筆を取り出すと、暇をもて余すようにペンを指で回し始めた。くるくると回転する鉛筆を眺めながら、大雅は口端を歪める。


「相変わらず、俺が嫌いだな。星宮のご令嬢は……」

「当たり前ですぅ。無名にも関わらず、得業生をかっさらっていった人なんかぁ」


 愛良はピンっと鉛筆を弾くと、一瞬で大雅の首元にびっと突き付けた。刺す気はないものの、眉ひとつ動かさずに涼しい顔をされると、やはり腹が立つ。


「ふーんだ。私は貴方なんか心底嫌いなのに、どうして私の可愛い可愛い(けい)ちゃんは入れ込んでいるんでしょう?」

「知らねぇよ。ていうか、おまえが引き取ってくれてもいい……」


 ぐっと、黒鉛が首に食い込んだ。大雅の「いてて」というぼやきに、愛良は溜飲を下げた。


「そんなことしたら、私が京ちゃんに嫌われちゃいますぅ。あーあ……貴方みたいな人のどこがいいんだかぁ」

「八つ当たりすんな! 生徒見てろよ、生徒を!」

「貴方に言われたくありませんよぉーだ!」


 愛良はふんっと鼻を鳴らして、腕を下ろす。

 これでしばらく攻撃はないだろうと、大雅が気を抜いたところに、すかさず閉じた日傘の先が振り下ろされる。


「……いてぇよ」

「それでぇ、貴方はどう見ますぅ? 私はあの子達はまだまだ未熟だと感じておりますがぁ」

「そうだな」


 大雅は生徒をひとりひとりをじっくりと観察する。

 メカ羊から逃げる者、挑む者。そして、なにか手立てがないかと観察している者。それぞれ、個人的に動いている生徒が多く目立つ。けど、まぁやれないことはないだろう。

大雅は一つ頷くと、愛良に見解を軽く述べた。


「俺はやれると思うけどな。何人か、陣形を組み始めてるし」

「けどぉ、全員が気づかないと意味ないしぃ」

「気付かせる人間がいればいいだけの話だろ」


 愛良は日傘の下から、隣に立つ同僚をうかがう。


 ──大雅(こいつ)はわかっていない。


 月鬼は一人で狩れるほど甘くはない。しかし、他人を蹴落とすことで成り立ってきた術師の世界では、協力関係を結ぶことは難しかった。


 実際、壱組は本家、弐組は分家と決まっている。

 本家と分家、その境界が交わることはない。境界線を踏み越えていける人間など、愛良は見たことがなかった。きっとこれからもそうだろう。


「いますぅ? そんなお人好しな人間」

「いるぞ。超絶お人好しなのが一人」

「は……?」


 驚いて顔を上げれば、なにかを期待するような横顔があった。愛良はぐっと口を引き結ぶと顔を背ける。


「……貴方にそこまで言われるお馬鹿さんがいるなんて、世も末ですねぇ」


 本当にそんな子がいたとしたら、ほんの少しだが羨ましい気がする。

 愛良はすべてのしがらみを捨ててまでは、大切な友人の手を取れなかった。


(自由って、どんな気分なんでしょう?)


 終わりの見えない、果てしない大空を飛べたなら、どんなに良いだろうか。

 そんな気持ちを消し去るように、愛良は日傘の影に隠れた。

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