表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~  作者: あおい彗星(仮)
第5夜 星命学園
52/113

第9話 叶わぬ願い

 バーン! っと叩きつけられるようにオープンテラスの扉が開く。

飛び込んできたのは唖雅沙だった。緋鞠の肩をつかんでぐらぐら揺らす唖雅沙の朱色の瞳が、怒りに満ちている。


「神野緋鞠……貴様! また何をやらかした!?」

「えっ、えっ!? な、何かの間違いでは!?」

「ほう……しらばっくれるか? なら証拠を見せてやる!」


 目の前に出されたのは、瑠衣が提示した模擬戦についての書類だった。

 緋鞠は頰をぴくりと引きつらせる。


「そ、それは……」

「覚えがあるな?」

「……はい」


 認めると、唖雅沙がにやあっと妖しい笑みを浮かべた。緋鞠はへらりと笑うと、唖雅沙から逃げ出す。丸まって寝ていた銀狼も慌てたように飛び起き、緋鞠を追いかけた。


「貴様はなぜ、問題ばかり起こすんだ!?」

「好きで起こしてるんじゃなーい!!」


 足にはそれなりに自信があるのだが、さすが元帥の秘書官だ。掬い上げられる金魚のように、あっという間に捕まった。緋鞠を助けようとした銀狼共々、小脇に抱えられ、元の位置に戻らされる。


 さっきまでのシリアスな雰囲気がぶち壊しである。視線のみを松曜に向けて様子を窺うも、さっきの続きを話す気はなさそうだ。松曜は驚いたように瞳を瞬かせながら、唖雅沙を見上げた。


「唖雅沙くん、一体何があったんですか?」

「松曜さま! 聞いてください!!」


 唖雅沙が事情を話すと、松曜は楽しげに笑った。

 緋鞠は身を縮めながら、新しく淹れられた紅茶に口をつける。


「君は楽しい子ですねぇ」

「うぅ……好きでやってるわけじゃありません!」

「しかし、蓮条の令嬢と剣崎の令息ですか。……あれ? 唖雅沙くん、両家は婚姻を結んでいませんでしたか?」


 ぶはっ!!


「何をしとるか、貴様は!!」

「いやいやいや」


 唖雅沙に手渡されたハンカチで、噴き出した紅茶に濡れた顔を拭く。


()()()()()じゃなくて?」

「阿呆、()()だ。婚姻の約束のことだ」

「だ、だって……」


 ──あんなに仲が悪いのに!?


 緋鞠が何が言いたいのか察した松曜は、苦笑いを浮かべる。


「俗に言う政略結婚ですね。この世界ではそう珍しくないですよ。強い血を残していくことは必要なことですから」

「この歳で?」

「名家になれば、生まれた瞬間に婚約者が決まるなど珍しくもないことだ」


 あまりにも世界が違い過ぎて、緋鞠の気が遠くなった。

 別に運命の相手がいいとか、メルヘンなこと言うつもりはないけれど。まぁ、私には関係ないか。

そんなことを思いつつ、新たに加わった茶菓子を吟味する。その様子を笑顔で見守っていた松曜が、何を思いついたのか「ああ」と声をあげた。


「そういえば、私の孫息子が貴女の一つ上にいるんですよ」

「へぇ」


 わりと歳が近いんだなぁ、と思いながら、ピンク色のマカロンに手を伸ばした。 甘い香りに顔が自然と綻ぶ。


「まだ誰とも婚姻を結んでいないんですよ」

「そうなんですか」


 松曜の孫であれば、血筋は確かだろうし、引く手数多だろう。というより、ストロベリーの甘酸っぱい芳香が広がり、話どころではなかった。緋鞠は他人事のように返事をし、二つ目のマカロンに手を伸ばす。


「どうです?」

「とっても美味しい……」

「緋鞠さんの婚約者に」


 どんがらがっしゃーん!!


 松曜以外が椅子から転げ落ちた。とんでも発言をした松曜は、不思議そうな顔をしている。唖雅沙は急いで椅子を元に戻すと、松曜に詰め寄った。


「松曜さま!? 何をおっしゃっているのか分かっておられるのですか!?」

「無名の緋鞠さんが大和でやっていくのは大変ですよ? 我が家の家名を使えば、少しは生きやすくなるでしょう」

『ふざけるな! 誰がお坊っちゃんなど!』

「大丈夫ですよ。一人暮らしをできる程度の常識と生活力は身につけていますから」

「なっ、なんで私なんですか!?」

「緋鞠さんは素敵なお嬢さんですし、きっとあの子も気に入ります。可愛い系が好みらしいので、ぴったりです」


自信満々に胸を張る松曜を見て、緋鞠は危機感を覚えた。


(このおじいちゃん、ヤバい)


お花畑もここまでくると、もはや危険領域だ。これ以上ここにいたら、本気で婚姻を結ばれかねない。

緋鞠と銀狼は同時に立ち上がると、足下に置いておいた鞄を掴んだ。


「あっ、急に用事を思い出しました!」

『いっ、急いで帰らねばな!!』

「そうなんですか?」

「はい、ごちそうさまでした!」


 しょぼんと落ち込む姿を見ても、緋鞠には罪悪感ひとつ感じない。下手をすると、人生をまるっと持っていかれそうな恐ろしさがある。

 銀狼を伴い、オープンテラスの扉に手を伸ばす。


「──誰か、好きな人でもいるんですか?」

「っ!」


 思わず足を止めた。

 

 恋、なんて……考えたこともない。

 一番の願いは兄との、白夜との再会だ。


 ──ずっと、それだけのために生きてきたのだから。


 振り返ろうとした拍子に、首にかけたペンダントがしゃらんっと鳴った。


『一人は無理でも、二人ならきっと……』


 幼い頃に交わした、約束の指切り。

 大事な、もう一つの約束。


『緋鞠……?』


 銀狼に呼びかけられ、我に返る。緋鞠は制服の上からペンダントを握りしめると、松曜の目をまっすぐに見つめた。


「……忘れられない人なら、います」


 名も知らない、はっきりと顔も思い出せないあの子。

 泣いている緋鞠に手を差し出してくれた優しい少年。出来ることならまた会いたい。


 けれども、願いは一つと決めた。

 二つの願いを追えるほど、自身が器用でもないことはわかっている。


 緋鞠はその場をあとにした。

 瞳の緋色は沈む夕日のように、寂しげに揺れていた。

第5夜は完結です!


次回第6夜「夢みる羊」。

登校2日目も波乱の予感。

星命学園は体力測定も普通じゃない……!?

弐組の担任の先生も登場!


現在執筆中です。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ