第10話 外道
紅色の月明かりが濃くなり、地面が深紅色に染まる。漂う空気が重くなり、昏い影の底から月鬼たちが這い出て来た。
(囲まれた……!?)
霊符はあと一枚を残すのみ。しかも、緋鞠は契約も完了していない。
──残っている鬼石だって、使うかどうか迷っているのに!!
四鬼は楽しげに微笑むと、人差し指を唇につけた。
「簡単に壊れないでね?」
その言葉を合図に月鬼たちが一斉に緋鞠に襲いかかってきた。
背後からの攻撃を跳躍して避けると、別の月鬼が緋鞠の動きを封じようと手を伸ばす。その手を掴み、勢いを利用して顎に膝蹴りをお見舞いした。
強化はされていないが、少しは効果があるはずだ。
だけど一体一ならまだしも、視界に入るだけでも三体、背後にも複数。圧倒的に不利な状況だ。
頭を押さえつけられ、地面に叩きつけられる。どうにか振りほどこうともがくが、月鬼の馬鹿力に強化されていない肉体では対抗しきれない。
「うんうん。やっぱりまだ頑張るね」
緋鞠の視界に紫の裾が映り込む。
頭が押さえ込まれており、目線だけを上に向ける。四鬼が屈みこみ、緋鞠を見下ろしていた。
「他の子はちょっと血が出たくらいで泣いちゃってね。あっという間に壊れちゃうんだもん」
「なっ……!」
こいつのせいで多くの犠牲者が出た。
なぜそんなに簡単に人を殺すことができる?
なぜ傷つけることができる?
尽きない疑問は、激しい怒りへと変わる。緋鞠は紅い瞳は怒りを浮かべ、目の前の鬼を睨み付けた。
「この外道……!」
四鬼は嬉しそうに笑った。
「どうしたら君の心は折れるんだろう?」
懐から短刀を取り出した。
鞘から抜くと銀色の刃が煌めいた。
「これね、江戸時代に名匠が打った刀なんだよ。滅多に使わないお気に入りなんだけど」
刃を月明かりに照らし、刃紋を堪能している。
「今日は特別ね?」
「っ!?」
緋鞠の右手に刃が突き立てられた。
唇を噛みしめ、喉から出そうな悲鳴を堪える。それでも激痛による汗と涙は止められない。
刃の間から血が流れ、地面に小さな血だまりができた。
「わあ、これに耐えられるんだ!」
四鬼は子どものようにはしゃいでいる。
緋鞠は意識を保つのに精一杯だった。ここで気絶すれば、一生目を覚ますことはない。そんな予感がした。
朦朧とする意識の中、頭を押さえつけている手がわずかにゆるんでいることに気づき、顔を地面から浮かせた。
視界の端に兄からもらったペンダントが見えた。
「っ!」
緋鞠の意識が一気に覚醒した。
身じろぎする緋鞠の姿に、四鬼は首を傾げる。
「ああ」
緋鞠の視線の先にペンダントがあることに気付き、拾い上げた。
「返して」
緋鞠の動揺する姿に、四鬼は気味の悪い笑みを浮かべた。まるで、死刑宣告をする死神のように。
「とても大事なものかな。これを壊したら……」
──君の心は壊れるかな?
そう呟くと、左手の爪が伸びる。
さっき、小型の月鬼を殺したように、瞬きする間もなく壊してしまうつもりだ。
「……やめて」
この月鬼が緋鞠の願いを聞くわけがない。
それでも、言わずにいられなかった。
緋鞠が兄からもらった、最後の贈り物。
四鬼はペンダントを頭上へと投げた。
落ちてきたところを破壊しようというのだろう。長い爪を振りかざす。
「やめてぇぇぇ!!!」
緋鞠が叫んだ瞬間、突風が巻き起こった。
風の合間から黒い槍の尖端が、四鬼の首を狙って突かれる。
四鬼はひらりと跳んで、少し離れた場所に羽のような軽さで着地した。
「……誰、君?」
四鬼が不機嫌そうに、黒い槍の主を見つめた。
金糸の髪が風に揺れる。
「てめえを殺す鬼狩りだ」
四鬼に槍の刃先を向けている三國の姿に、緋鞠は目を見開いた。
──なんでここに!?
かしゃ、と目の前にペンダントが落ちてきた。空に向かって投げられたペンダントが風に流されたようだ。
慌てて手に取って、ペンダントの感触を手の中で確かめる。
三國は視線のみ、緋鞠の無事を確かめる。
緋鞠の右手には、短刀の柄深くまで突き刺さっている。あの手では、武器を握ることは出来まい。
月鬼に取り押さえられてはいるが、三國が槍を向けている上位の鬼の命令がない限り動かないようだ。
四鬼は突然の乱入者に機嫌を悪くした。
せっかく新しい玩具を手に入れたと思ったのにな──。
「僕を殺すねェ……本気?」
三國に向かって、せせら笑う。
指を鳴らすと、月鬼たちが影から這い出て来る。
「できるものならやってみなよ!」
月鬼たちが三國に襲いかかった。
緋鞠を押さえつけていた月鬼もそれに加わった。
がちがちに固まった身体を起こす。
地面に縫い付けられている刀の柄に手をかける。気の遠くなるような痛みに、脂汗が噴き出してきた。
「くっ、うっ……」
これ以上、三國に迷惑をかけるわけにはいかない!
緋鞠は刀を引き抜く手に力を込めた。
三國は隙間を縫うように月鬼の包囲網から抜ける。
月鬼の頭部を槍で叩き割り、両側から挟み込む月鬼たちは相討ちに、爪の攻撃は届く前に斬り落とすなど危なげなく対処する。
月鬼たちはあっという間に半数以上削られた。
四鬼は面白くなさそうに舌打ちをし、影から月鬼を呼び出そうと指を出す。
それを視界に捉えた三國は、槍を影に突き立てた。
「下弦の五・雷槍」
足下に稲妻の陣が浮かび上がり、霊力が雷へと形を変え、影の下に潜んでいた月鬼たちを始末する。
周囲の月鬼たちも同様に雷に焼かれ、消し炭と化した。鬼石の残滓が、宙に舞い上がる。
これで、三國を邪魔する月鬼はいなくなった。
三國は四鬼に槍を向ける。
「次はおまえだ」
赤い光の粒子が舞うのを眺めていた四鬼は、三國に視線を向けるとパチパチパチと手を叩いた。
「すごいすごい。あんなにいたのに、あっという間にいなくなっちゃった」
四鬼は両手を広げた。
「じゃあ、どこからでもかかってきていいよ。そうだ、ご褒美にハンデをあげる。十秒間、絶対に手を出さない」
どう? 首を傾げる四鬼を見て、三國の頭にかっと血が上った。
──反撃する暇もなく殺す!!!
強い術を使うために、頭上で槍を回転させる。
円を描き、霊力を槍へと集中させる。黒だった穂が銀色へと色を変えた。
「弓月の三」
月明かりを帯びるような赤い閃光が走る。
「月穿」




