第4話 異変
突然、緊急警報が司令本部内に鳴り響いた。
「異常事態発生! 結界が維持できません!」
「何っ!?」
今まで試験中にこのような事態が発生したことなどなかった。赤いランプが回転する中、唖雅沙は計器類を監視するオペレーターに駆け寄った。
「何があった?」
「外部からなんらかの圧力を受けています! このままでは、術も全て破綻してしまいます!」
「何だと!?」
オペレーターが慣れたタッチでコンソールを操作するも、唖雅沙の目の前にある霊力維持装置の数値がぐんぐんと下がっていく。緊急用の霊力補助装置の電源を入れても、事態はまったく変わらない。
「駄目です。戻りません!」
「くっ!」
学園の各所を映すディスプレイが、一斉に砂嵐になった。これでは現場の状況がわからない。
──すぐにでも偵察部隊を派遣したいところだが……。
他の隊長クラスの人間たちは全員出払っている。しかも 先程まで隣にいた大雅の姿もない。
唖雅沙は大きく舌打ちした。
◇◆◇
一方、宿泊施設で待機していた銀狼のところにも異常事態が発生していた。
「っ!?」
ベッドの下に仕込まれた術式が発光し始める。陣は毒々しい紫色を放ちながら、横たわる緋鞠を飲み込もうとしていた。
「緋鞠!」
銀狼が手を伸ばしたが間に合わず、緋鞠の姿は陣の中へと消えていった。
『私が眠っている間、よろしくね』
──そう頼まれたはずなのに……。
「くそっ!」
銀狼は扉を大きく開け放つと、廊下に飛び出た。試験前は明かりが灯っていた廊下は今、足先が見えないほど暗い。銀狼は狼へと姿を変えると、遠くから大きな物音がした。
争うような物音に、全身の毛がぶわりと逆立つ。一度瞳を閉じて、精神を集中させると、青白い霊力を複数感じた。
(おそらく、全て敵対反応)
ここから一番近い場所へと急ぐと、近づくにつれて鉄錆の臭いが鼻についた。
「うわああっ!!」
叫び声は部屋の中から聞こえた。扉に体当たりして中に入ると、黒いフードを被った人影と腕から血を流し、震えている少年がいた。
「いやだ。やめてくれ!」
人影は手に持ったナイフを振り上げた。
銀狼は突進して、振り上げた腕に喰らいつく。人影は抵抗もなく、銀狼の牙によって弾け飛んだ。残ったのは黒い残滓と人形の紙。“式神”と呼ばれる霊力で作られた人形の傀儡だ。
(なぜこんなところに──?)
考えている時間などなかった。銀狼の耳にまた新たな悲鳴が聞こえた。腰を抜かす少年を残し廊下に出ると、宿泊施設のあちこちから悲鳴や叫び声が上がる。
『いったい、何が起こってるんだ……!』
目の前で起きていることに、まったく思考が追いつかない。意識を取り戻した他の受験生もだが、何よりも消えた緋鞠が心配だった。銀狼は廊下の窓を割って表へと出ると、壁伝いに屋根まで一気に駆け登る。
施設のちょうど真ん中辺りに立つと、自身の心臓部に霊力を集中させた。足下に銀色の陣が浮かび上がり、銀狼を照らし出す。そうして空を仰ぎ、練り上げた霊力を一気に開放した。
──アオォォォォーン!!
銀狼から放たれた銀色に光る波は、建物の中から周囲に至るまで包み込んだ。外を徘徊していた式神は光を浴びると、砂のように吹き飛ばされる。
出来る限り、施設内にあった式神を消したはずだ。
残っていたとしても、後は学園関係者が始末してくるだろう。
銀狼はぐっと足下に力を込めて、闇夜へと飛び出した。
◇◆◇
「伏せろ!」
「っ!」
緋鞠は反射的にその声に従った。
頭上を鋭い爪が通りすぎる。
まったく気配のなかった月鬼の出現に驚きながら、緋鞠はバックステップで距離を取る。そこへ三國が飛び出し、黒い霧状の槍で月鬼の胸を刺し貫いた。月鬼は悔しげな断末魔とともに消え去る。
しかし、ほっと息を吐く間もなかった。
緋鞠が周りを見回すと、複数の黒い影が蠢いた。暗くねっとりと揺らめいて、ボールサイズの小型の月鬼がぼこぼこと地面から這い出てくる。警戒しながら後退すると、背中が何かにぶつかった。
視界の端に金色の髪が見える。いつの間にか、三國と背中合わせになっていた。どうやら囲まれたようだった。
「いったいどうなってるの?」
「知るか。出てきたなら倒すだけだ」
三國は自分の身長よりも長い槍を構えた。それを見て、緋鞠も霊符を構えるけれど──。
「おい、隙見てさっさと逃げろ。足手まといだ」
「は? 足手まとい?」
カチンっと、緋鞠の怒りスイッチが入った。
緋鞠は空いている手で残りの霊符を確認する。
(六、七……八枚──まだいける)
それに、まだ試験中だ。合格するためには、こんなところで逃げるわけにはいかない。
緋鞠は霊符を二枚取り出すと、素早く足と手に貼り付ける。淡い光が緋鞠の指先から太腿まで包み込んだ。
三國の動きに合わせるわけではないが、彼が月鬼の方へと飛び出した瞬間、地面を蹴った。
上空でくるりと回転すると、紅い月が足下に見えた。
頬を膨らませて風船のようになった小型の月鬼たちが、緋鞠のあとを追ってくる。緋鞠は月鬼の顔を蹴り上げ、地面に叩き落とした。
蹴って、蹴って、たまに殴り飛ばす。
三國は最後の月鬼を仕留め、ふう、と肩で息を吐いた。
(あの女は逃げきれたか?)
顔を巡らすと、小型の月鬼たちが上空からぼとぼとと落ちてきた。消滅するまでには至らなかったが、相当なダメージを負ったようだ。ぴくぴくと小さく震えながら動かない。
空を見上げれば、空中で緋鞠が演舞を舞うように複数の小鬼たちの相手をしている。
(狙ってやってるのか?)
さらに、三國の周りにポトリ、ポトリと雨粒のように小鬼が落ちてきた。
──上手く利用する気でいるのが分かり、腹が立つ……!
三國は、槍を頭上で大きく回転させた。
「颯月・下弦の三」
封月の名を呼べば、黄の陣が空中に浮かび上がる。片手で矛の印を結び、槍を地面に突き刺した。
「下槍風」
地面から槍状の風がいくつも噴き上げ、飛んでいた小鬼たちを刺し貫いた。
小鬼たちは悲鳴をあげる間もなく、紅い光とともに消えた。




