第3話 鬼石
「ふぅ…」
腕を下ろし、緋鞠は傀儡の残骸を見下ろした。
霊符で動きを封じたはずが傀儡は止まらず、鋭い攻撃を何度も受けた。もしかしたら、術対策が施されていたのかもしれない。内蔵された陣を見つけ出して斬り裂いたら、傀儡は無残にもバラバラとなってしまった。
「うーん、ないなぁ…」
地面に膝をついて鉄屑の山、もとい傀儡の残骸を掻き分け、鬼石を探す。丁寧にどけて見ていたが、だんだんと面倒くさくなってきて、大から小の鉄を横にぽいぽいと投げ捨てる。そうして目の前に鉄屑がなくなり、結局鬼石はなかった。
(制限時間は、刻一刻と近づいているのに──!)
「あー、もうわからん! どこにあるの!?」
空を見上げて喚くと、遠くのほうで梟の鳴き声が聞こえた。緋鞠はふーと息を吐いて、気を落ち着かせる。そうして両手で頬を叩き、自身に気合を入れ直す。
弱音を吐く前に、まだやってないことはあるはずだ。緋鞠は立ち上がると、周囲を見回した。
「校舎の中じゃなく、傀儡の中にもないとしたら」
そういえば、まだ外は探していなかった。緋鞠が今いるのは渡り廊下の階下。二つの科を分けるように、花壇の一本道が出来ている。
「花壇の中とかあったりしないかな……」
花壇にはチューリップや水仙が植えられ、綺麗な花を咲かせている。見たところ特に変わったことはない。それでもやはり、花を見ていると心が安らいでくるものだ。
ほんの少しだけ、と花を楽しみながら進んでいくと──。
「……ん?」
一本だけ、蕾の花があることに気が付いた。
引き寄せられるように手を伸ばし、蕾に触れる。
「え?」
蕾がこの時を待っていたかのように花開く。
花の中央には紅色の宝石が輝いていた。
「わぁ、きれい……!」
美しい大輪の花は役目を終えたように、緋鞠の目の前ではかなく散った。転がり落ちそうになる紅色の石を緋鞠は慌てて受けとめる。
手のひらの石を月明かりにかざしてみると、浮かび上がったのは淡く光る陣。
「鬼石だ……!」
ほんの数日前、鬼を封印したときに現れた石と同じものだ。桜木に預ける際に、確認してもらったので間違いない。
しかし、あの石とはなにかが違う気がする。
なんだろう? と首を傾げながら、月にかざした石をまじまじと見つめる。
「あれ? この陣……」
(私の持っているペンダントの陣と似てる……?)
兄からもらったペンダント。
同じものか確かめようとペンダントに触れると、背後から再び鋭い殺気を感じた。
『盾』
振り向きざまに盾の霊符を放ったが、遅かった。
「っ!」
左腕を切られ、鮮血が飛ぶ。すぐさま反撃の霊符を放つが、避けられてしまった。現れたのは、新たな傀儡だった。
「油断した……」
霊体だから切られた箇所に痛みは感じないが、魂の方には確実に傷がついている。
(もー! 時間もないのに……!!)
傀儡に対峙すると突然、突風が襲ってきた。
「わぷっ! な、に!?」
自然に発生した風ではない、霊力の塊だ。
交差した腕の影から、傀儡が空高く舞い上がっていくのが見える。
「わわわわ」
ようやく霊力の風がおさまると、傀儡がガラガラと大きな音を立てて空から落ちてくる。緋鞠が攻撃した以上に無残な姿だ。ぽかーん、としていると傀儡の残骸の向こうに人影が見えた。
(助けてくれたの?)
同じ受験生だろうか。人影がゆっくりと緋鞠の方に近づいてくる。
礼を言おうと口を開いたまま、固まった。
緋鞠の目の前に立ったのは、昼間に攻撃を仕掛けてきた少年──三國翼だったのだ。
「あっ、あんた!?」
お綺麗な顔を見て、かっと頭に血が上る。
礼なんか絶対言ってやらない!
三國の視線が、緋鞠の手元に向けられた。
「おい。その石、どこでみつけた?」
緋鞠はにっこりと笑顔を作る。
「教えない」
三國の苛立たしげな態度で、手のひらを向ける。
「じゃあ、見せろ」
「何でよ。これは私のよ!」
まさに一触即発。
緋鞠と三國が、ほぼ同時に霊符を手にした瞬間。
──空がぐにゃりと歪んだ。
硝子が割れるように空が割れると、光の粒があたりに降り注いだ。
緋鞠の腕の傷は光と共に消え、代わりに羽根のように軽かった身体が一気に重くなった。
周囲を見渡すと、先程とはまったく別の場所にいるようだった。空を見上げると、月が血に染まったような紅い月に変化している。
霊力の網が、瞬く間に学園全体を覆うように張り巡らされた。さっきまでの安心感のある結界ではなかった。
「なに、これ……」
学園が異質な雰囲気に変わった。緋鞠はただその様子を呆然と見ていることしかできなかった。




