第2話 黎明神社
学園に向かって石畳の通りを歩いていると、ふと朱色が少し剥げてしまったような鳥居が見えた。近寄ってみると、石柱には“黎明神社"と書いてある。鳥居から本殿を繋ぐ参道には桜が咲き誇っており、風景が薄紅色に染まっていた。
「わあ、きれい!」
合格祈願でもしていこうかと、銀狼を振り返る。彼は鳥居を見つめ、懐かしむような顔をしていた。見たことのない儚げな表情に、緋鞠は彼の腕を引いた。
「銀?」
「え……あ、ああ。なんだ?」
呼びかけると、はっと驚いたような顔をして緋鞠に顔を向ける。
「この神社を知ってるの?」
「……ああ。ここに住んでいる神の遣いが、旧い知り合いでな。以前、世話になったことがあるんだ」
「そうなんだ! それじゃ、挨拶も兼ねて参拝しようか!」
「しかし、学園に向かうのでは……」
「試験は真夜中だよ? 時間はまだまだあるから」
緋鞠が銀の腕を引っ張ると、「ああ、そうだな」と頷いた。
──気を遣わないで、もっと自己主張してもいいんだけどな。
銀狼には緋鞠に対し、どこか一線を引いているようなところがあった。
契約する以前の銀狼のこと、まだ、知らない。
(いつか教えてくれるかな)
そんなふうに思いながら石段を登っていくと、朱色の本殿が見えてきた。
「少し離れる。緋鞠はここにいてくれ」
「オッケーだよ」
銀狼を見送った緋鞠は、本殿へと向かった。桜舞う境内には、参拝客が一人もいなかった。平日の昼間なのだから、当たり前なのかもしれないけど。神主さんとか、巫女さんが一人くらいはいると思っていた。
サコッシュからがま口を取り出し、中身を確認する。五円玉一枚くらい残っているかと思ったけれど、案の定なかった。肩を落としながら、賽銭箱の前に立つ。
──神様、次はちゃんとお供えを持ってきます。
さすがに鈴を鳴らすのは憚れるので、今回は気持ちのみの参拝である。
「さて。……ん?」
参拝を終えてふと、境内を見回す。樹齢何百年となりそうな大きな御神木の近くに小さな神社を見つけた。長い年月を経て変色し、全体的にかなり古く見える。いや、かなり歴史ある神社なのだろう。それでも塵や埃は積もっておらず、修繕された箇所もある。どうやら大事に祀られているようだ。
「こりゃあ、珍しいこともあるもんだ。まさか、こんなボロい神社に若い娘が来るなんてね」
弾むような、若い男の声。
緋鞠はきょろきょろとあたりを見回した後、声が上から降ってきたことに気が付いた。
御神木を見上げると、一人の青年がこちらを見下ろしている。ひだまり色の髪と瞳をした白袴の青年。緋鞠とぱっちり目が合うと、驚いたような声を出す。
「おや? 目が合った気がするのだが……気のせいか?」
「気のせいではありませんよ。御神木の……精霊さん?」
緋鞠が応じると、青年はふわりと緋鞠の前に舞い降りた。ショートボブのゆるいウェーブがかった髪がふわふわと、風に揺れる姿が綿毛のよう。
「いや、精霊ではなく神の遣いだよ」
桜の花びらがひらひらと降る中、ひだまりのような微笑みを向けられる。青年の姿はまるで一枚の絵画のようだった。
──神の遣いとは、皆このように美しいんだろうか?
思わずぽーっと見とれてしまった。
「お嬢さんは、どうしてここに?」
「あっ、それは……」
「緋鞠」
理由を説明しようと口を開くと、後ろから待ち人ならぬ待ち狼に声をかけられた。
「銀」
振り返ると、銀狼が神の遣いに向かって頭を下げている。
「陽春様、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね、狼の化身。……ということは、このお嬢さんは君の#主人__あるじ__#かな?」
「そうです」
この人が、銀狼がお世話になった人!
緋鞠は慌てて頭を下げた。
「#神野__かみの__##緋鞠__ひまり__#です。銀狼がお世話になりました!」
「ああ、私は陽春だよ。よろしくな」
ひらひらと手を振って軽く挨拶を返してくる陽春の姿に、緋鞠はほっとする。
「ふうん。君、銀って名をもらったんだね」
「正確には、銀狼だ」
「銀色の狼か。良い名だな」
「まんまだろう」
「センスがなくて悪かったわね」
緋鞠は頬を膨らませながら、軽く握った拳をぶんっと振るうも、簡単に受け止められた。
「もー! なんで止めちゃうの?」
「当たったら痛いだろうが」
「身体に言い聞かせるんだもん!」
「乱暴な主人だな!」
仲睦まじい二人の様子を見て、陽春はにやにやと笑っていた。