4話 お出迎えには拍手が付き物
場所は中央大陸フェルナル。天へ伸びる青の柱の超災害から3ヶ月程の月日が過ぎた。
あの災害は未だ原因不明のまま、その災害地から人類に畏怖を覚えさせていた。
その地から10キロほど南に位置するアルム王国の首都、アルムにてへドン王国、クリュムル王国、ナハトル王国、ラギルド王国の各国王が集結した。
戦争は中断され、人智を超えた災害へ対抗すべき手段として、人類存続をかけて歴史上初めて各国が手を取り合ったのだ。
これは連盟国から永久国家へ至るまでの話。
「各陛下!只今帰還しました」
「ご苦労であった。成果を直接聞かせてくれ」
武装集団の筋肉質の男達は、五つの椅子の前に膝をついた。
あの災害が起きてからアルム王国の対応はとても早かった。すぐさま国家の名の元に立ち入りを禁じ、各王を呼び出し人類の存続という名の会議を開いた。
安否を図るまで計画を立てていたのだ。3ヶ月が経ち、やっとの思いで偵察にアルム王国の騎士が向かった。
そして今、偵察が終わり報告を行うところである。
「予定通り、私達は災害の奥地へと進行しました。木々や草木が所々剥げ、耕されたような地が広がっていました」
「耕されたような……か」
「一見危険は無さそうな雰囲気でした。ですが災害地の中央辺りでしょうか。不気味な雰囲気を表す洞窟のようなものを発見しました」
「な!まさか」
「はい、まるでダンジョンのような……」
ダンジョンというものは、この世界にも存在する。中には魔物が溢れ、潰しにかからないと50年で魔物が外へと溢れかえってしまう。
「ダンジョンが誕生して、あの柱が昇ったとでもいうのか」
アルムの王は頭を捻らした。
この報告はアルム王国の騎士によるものだ。他の王は黙って聞いていた。
「私達はダンジョンの可能性を考えて、近場に拠点を置きました。そして入口付近だけでも調査することにしたのですが……」
「おぉ、さすがだな。それでどうなった?」
「……ダンジョンからひとりの男が飛び出てきました」
「……ん?」
「すぐさま男を捉え、拠点へと連れ出して事情を聞き出しました」
「ああ、そいつは何者なんだ?」
「あの災害の生存者だそうで……しかし、体に怪我はなく、健康的でした」
「それは奇妙だな。あの災害の生存者で怪我無しか……で、その者は今どこに?」
「申し訳ございません。連れてくるよう話をしたのですが、いつの間にか消えていて」
「逃げたのか!?」
「いえ、本人も協力的だったので……ただ、置き手紙がありまして」
「どれ、見せてみろ」
王がその手紙を受け取ると……
「なんだこいつは。ふざけているのか?」
結構頭にきたらしく、口調が鋭い。
「しかし、嘘をつくような男には見えなく……本当に命の危険があったのなら」
「ふむ。そのダンジョンと何かしら関係があるのかもしれないな」
「はい、例えばダンジョンに命を縛られているといったような予想がつきます」
少々大袈裟な予想だが、否定出来ない。
「確かにな……何か収穫はあったのか?」
「その男は洞窟をダンジョンだと言っていました。そして背に背負っていた見たことも無い形の剣が、それを物語っていました」
ダンジョンには宝が眠るとされている。それは財産でもあり未知なものが多いのだ。
「潜入する価値もありそうだな」
元々災害の原因解明の為に国が動いたが、ダンジョンなら冒険者が勝手に財を求めに行くだろう。
「しかし、アルム王よ。原因がその場所にあるかもしれないな」
「そうなのだ」
そう、災害の原因がそのダンジョンにあるとするならば、国が先頭で動かなければならない。
「悩ましい問題だな」
「我が国の戦力も投入しよう」
「それはそうだ!」
「おいナハトル王よ、ダンジョンの戦利品を独り占めするつもりだな?」
「お、お待ちください!」
各王が自国の為に戦略を練り始めた時、アルムの騎士が止めをかけた。
「無礼を承知で通知させてもらいます。私達はその後、ダンジョンに潜入しました」
「さすがアルムの騎士だ。どのような形式だった?」
ダンジョンには様々な形がある。一見洞窟のようでも、密林だったり水中だったりするのだ。
「そ、それが……」
……
…………
「人の恐怖を誘うような恐ろしいダンジョンです。これは正しく人類の存続を賭けた戦いになるでしょう」
想像を絶する恐ろしい体験談。肩を震わせながら訴える騎士の姿が、各王へ強い危機感を持たせた。
───
それは昨日の事だ。
災害以来だろうか。緑豊かで動物が飛び交うこの土地は、何も無い平地へと変わってしまった。
今じゃこの清々しい朝日までもが直射日光となり、日陰すら見つからない。
もちろん鳥のさえずりなんて、聞こえない。
そんな中、悩める筋肉勝りの男の集団は、円になって地に腰を下ろし、作戦会議のようなものを行っていた。
「皆、聞いてくれ。今日は当初の予定通り、あのダンジョンへ偵察に向かう」
この集団のリーダーの男の名はプロテという。プロテは各王へ、どのように報告をしたら良いだろうかと寝れずに考えていたのだ。
その原因はあの正体不明の男である。
ダンジョンから飛び出してきた男のせいで、その日のダンジョン潜入作戦が潰れ、今日都へ連れていく約束をしたはずなのに、気がついたらいなくなっていたのだ。
もちろん周囲を探したが見つからなかった。障害物の無い中、俺たちが見てないところでどうやっていなくなったのか……
色々ツッコミたいが、このまま帰ったら王になんと報告したら良いのだろう。
土地が大変なことになっていて、ダンジョンを調査する予定を変な男に狂わされました。そして帰ってきました。……はは、首が飛んでしまう。
よって調査するしかないのだ。といっても攻略だのする予定じゃない。
どのような形式のダンジョンなのか、入口付近などでもどのような作りなのか。それを確かめるのが真の目的だ。
「では、直ぐに準備して乗り込むぞ」
俺らは万全の準備をし、警戒を抜かることなく潜入した。
入ってすぐ、危険を感じた俺は後ろからくる隊員に声をかけた。
「おい、お前ら!暗くてよくわからんが下り坂になっている!そして足元が拳大の岩だらけだ!注意して進まないと一斉に崩れ落ちていくことになるぞ!」
「なぁプロテ、光魔法使って構わないか?」
「あぁ、助かる!その方が進みやすい」
そうだ。魔法を使えばいいんだったな!俺は魔法使わないから盲点だった。
「【光玉】っ!」
──シュン──
「ぇ?」
「おい、どうしたテイン!」
一瞬光ったと思ったら妙な音と共に光が消えた。すぐに隣にいたテインを振り向くが、薄暗く見えるその表情は驚愕に染っていた。
「ぉ、おい。俺の魔法が……消された」
「魔法が消されただと!?」
魔法は自ら消す事はもちろんできるが、消させるという事はありえない。俺も魔法使いと対抗するために色々勉強したが、そのような話は聞いた事がない。
「もう一度やってみる!【光大玉】!?」
呪文からしてさっきの魔法より強力なはずだ。しかし、一瞬も光が現れない。
「魔法が……使えない」
これはまずい。魔法が使えないとなるとかなり戦力が落ちる。
……異常事態だ。しかし、危険はまだ感じない。もう少しだけ探索するべきだろう。
「もう少しだけ探索する!危険を感じたら、即撤退だ」
「あぁ、わかったよ。プロテ兄さん」
このダンジョンは魔法が使えないのだろうか。それとも何か条件があるのだろうか。
比較的傾らかなゴツゴツ岩の通路を抜けると、少し開けた空間に出た。後方からの仲間を待ちながら周囲に目を配る。
ドーム型の空間だ。足元は砂利で敷き詰められてある。
「テイン、あれはなんだと思う?」
「……石像か?」
壁に埋め込まれている人の上半身のような形をした岩を見つけた。
近づいてみる……よく出来た作りだ。
「ぉ、おいプロテ!そこだけじゃないぞ!!」
「え?……うああああっ!!」
プロテが見つけた石像の隣、そのまた隣、その上まで同じ顔の、同じ石像がズラリと並んでいた。咄嗟にテインの傍に戻る。
「情けない隊長だな」
「いや、あれは驚くだろ!?」
そうしている内に、後方からの仲間全員が広場に到着した。一斉に戦闘態勢をとる。ダンジョンなら何か起きるかもしれない。しかし……
しびれを切らしたテインが魔力を込めた。
「試してみる【光大玉】っ!」
だが
「何も……起きない?」
どうやらこの広場でも魔法は使えないようだ。
──ゴゴゴゴッ!!!──
すると突然、床の砂利がうねり始めた。
「っ!警戒しろ!」
入口近くに集まり、固唾を呑んで様子を伺う。すると、中央の床から木製の看板のようなものが出てきた。
揺れが収まる。
「おい、プロテ」
「あぁ、見に行くぞ。お前らはそこで待機してろ」
プロテとテインは足踏み揃えて看板のようなものの目の前まで進んだ。周囲に警戒するが何も起きない。あの石像ははったりなのだろうか。
看板を眺めるが、特に変わった様子はない。
「これは……何かのスイッチか?」
「壊してみるか?……っておい!なんか浮き出てきたぞ!」
不意に一歩下がる。警戒しながら読むとそこには……
『いらっしゃい!ここは楽しい所だよ!あ、でも緊張感は持ってね?』と、ゆるい文字で書かれていた。
「プロテ、どういう意味だ」
「わからない……暗号か?」
意味不明過ぎて理解できない。しかし、この文字通りなら……いやしかし、いや意味がわからん。
すると突然、天井が光りだした。
「なっ、なっ!?!?」
暗い部屋から明るすぎる部屋へと瞬間的に変わったせいで目が開けない。
──ズンズンズンズンズンズン──
そして一斉に質量のある何かが叩かれる音がなり止むことなく反響する。
「お前ら!入口へ走れ!」
咄嗟に指示を出したが、その声は轟音にかき消され届かない。
しかし、個人の判断でほとんどの仲間は入口へと走り出した。
うっすらと目を開けてそれを確認し、一瞬安堵する。しかし……
「おい、おいおいおい!ここにあった入口はどこに行った!?」
次に待っていたのは絶望だった。
必死に目を凝らすがどこにもない。確かにこの場所にあったはずなのに。
そんな中、一人の男が腰を抜かしたかのように倒れた。
「ぁ、ぁあ、ああああ」
「おい、どうした!?」
「ぁれ、あれ!!」
その男が指を指す方を見ると……
見た者は一斉に腰を抜かした。
「いや、いやあああああああ!!」
「うあああああああああ!!!!」
「ひいいいいいいい!!!」
力が抜けた足で砂利を蹴り、必死に入り口があった壁際に集まる。
その目は、数百はある同じ顔の石像が、口元だけ笑みを浮かべ、一斉に拍手をする怪奇現象を捉えていた。
石像の目が赤く光る。
低音の拍手が止んだ。
「な、なんなんだ!?なんなんだよ!!」
辛うじて声を発する事ができたプロテは、地に尻を付けながら叫んだ。
『いらっしゃい。楽しんでいってね?遊ぼうよ』
「ひいいい!!」
「石像が喋ったあぁぁぁぁ!?」
──シュン──
「ぇ?」
──シュン、シュン──
後ろから何かが消えたような音がする。
振り向くと……仲間が欠けている。
まさか!
──シュン──
「おい、テインっ!どこいった!?」
──シュシュシューン──
「おい!お前ら!!!」
目の前で、仲間が一斉に消えていった。
「あは、あははは……」
俺は……恐怖のあまり、漏らした。
──シュン──