フィアンロとウィルレッド
長の部屋から出てきたエルは困ったなぁ、とか思っていると、「すみません。」と、小声で声をかけられた。
声の方を見ると、そこには赤髪の巫女さんが手招きをしていた。そばにはとても若い男がいた。
エルは赤髪の巫女さんに近づくと、巫女さんは人差し指を口の前に持っていく。エルは静かに巫女さんを見つめると、巫女さんはエルの耳元に小声で「お話があります。こちらへ。」と言った。
エルは巫女さんと男に連れられ、寝室のようなところへ連れてこられた。男はその寝室の前で、人が来ないか見張っているようだった。
その寝室では、エルと巫女さん二人きりだった。
「こちらにお座りになられてください。」
そう言って巫女さんは座布団を示した。エルは巫女さんが示した座布団に正座すると、その向かい側の座布団に巫女さんは正座した。
「突然お呼びしてすみません。」と巫女さんは言うと、エルは
「いえ。」と答えた。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「エル・アイリッシュと言います。」
「そうですか。やはり、あなたはあの子と同じ、カンメルトの英雄なんですね。」
「あの子?やはり、ここには私の仲間はいるんですね。」
「いえ、ここにはもうにいないのです。」
「もう?」
「はい。申し遅れました。わたくし、フィアンロ・メコルスと申します。」
「フィアンロさん、出来る限り詳しく教えていただきますか?」
「もちろんですとも。そのためにあなたを呼んだのです。」
フィアンロは一息ついてからエルに説明を始めた。
「わたくしには一つ下の兄弟がいるのです。名前は、『ウィルレッド・アレロン』。」
「ウィルレッド・アレロン・・・・、その人が、カンメルトの英雄の一人ですね。」
「はい、おっしゃる通りでございます。ですが、彼は『バンブ』でした。」
「ばんぶ?」
「このカゲロウの里には、生まれた性別でこの里の地位が決まるのです。一番上に巫女の代表の『長』、その下に女が必ず付く『巫女』、その下には戦士の代表で長を守る『戦士長』、その下に男が必ず付き巫女を守る『戦士』がいます。しかし、カゲロウ一族は少し遺伝子が不安定であるため、まれに『バンブ』と呼ばれる男でも女でもない者が生まれます。そんな彼らは一番下の『奴隷』として扱われます。」
「奴隷・・・?ひどい・・・・。」
「はい、わたくしも始めはそんなこと思っていなかったのですが、あの子が生まれてからは慈悲が芽生えてきたのです。」
フィアンロは暗い顔で下に俯くと、「あ、すみません。」と言ってパッと顔を上げた。
「わたくしとウィルレッドはあの長の元で生まれたのです。わたくしはウィルレッドの姉です。」
「ご兄弟でありましたか。」
「あの子はバンブではありましたが、それと同時にカンメルトの英雄という称号を持って生まれたので、長は仕方なくと彼を男として育て、戦士としてこの里に暮らしてました。」
「ふんふん、ところで、そのウィルレッドは今どこに?」
「そうでした!思い出に浸っている時間なんてないのでした!エルさん!お願いがあります!」
フィアンロはエルの両手を自分の両手でがっしりと掴んだ。
「一刻も早く、ウィルレッドを右翼の森から連れ出してください!!」
「右翼の森?」
エルは首をかしげる。
「はい!あそこはヌエやオーガというとても恐ろしい魔物を閉じ込めているのです。並みの戦士では簡単には倒せないのです!一番恐ろしいのは、オーガたちのボスであるダイオーガ・・・、いくら里で最強である彼も15年も戦っていればいつしか本当に死んでしまいます!!」
「ふぇ、15年?死んでない?てか、なんでそんなところにいるの?」
「あの子は、わたくしの、せいで、ハァ、長に、ハァ、あそこへ、ハァ、ヒック・・・」
フィアンロは涙を必死にこらえて、最後まで言葉を言い切ろうとする。
「おねがい、あの子は、わたくしの、大事な、おと、うと、なの・・・・ああぁぁ・・・。」
フィアンロは口を手で覆い、静かに泣いた。
そんなフィアンロを見たエルはフィアンロに
「そのままでいいです、聞いてください。」
と言った。フィアンロは泣くのをやめ、エルの声に耳を傾けた。
「とても弟思いのお姉さんなんですね。彼の苦しみを自分のもののように涙を流せる、あなたはとても素敵なお姉さんだと私は思っています。だけど、これだけは覚えておいてください。あなたは自分のせいだと思っていても、ウィルレッドはそんなことはちっとも思っていません。」
フィアンロは顔を上げてエルを見つめた。
「あなたのお願いはわかっていますよ。任せてください。彼が死んでしまう前に、右翼の森から連れ出してみせますよ。」
エルはニコニコとフィアンロを見ながらそう言った。そんなエルを見たフィアンロは落ち着いて、
「わたくし、あなたにならウィルレッドを任せられると思ったのです。」
と言った。そんなエルも、
「奇遇ですね。私もウィルレッドの話を聞いて、会ったことがあるような気がするんです。今まで、父さんと母さんと兄貴にしか会ったことないのに。」
こうしてエルはカゲロウの里を出た。フィアンロによると、右翼の森はカゲロウの里から西にあるようだ。
「右翼の森だって。おっかない所みたいだよ、キュニスケ。」
「キュニキュニ!」
エルはキュニスケを巾着袋から出してあげると、一人と一匹は西に向かって歩き出した。