天使の憂鬱
エレナは苦悩していた。かつてないほどに苦悩していた。
「はぁぁぁ……。」
とりあえず、用済みとして消されることはなくて良かったけれど、自分が魔王の婚約者の生まれ変わりで、しかも自分は男なのに相手はそれでも構わないと言っている始末だ。
(どうしよう……。)
エレナは自分が浸かっているお風呂の水面を見つめる。そこに映っているのは眉を八の字に下げた情けない顔。
無理やり口角を指で上げてみるけど、気分はなんともならない。
「エレナさーん、お湯加減どうでごぜぇますかー?」
浴場の外からエタンが声をかけてくる。
「ん!?あ、うん、気持ちいいよ!」
「それは良かったです〜。」
今回は彼女と入浴することはなかった。というか、必死で断った。
ちゃぷ、と湯船のお湯をすくって肩にかけて一息入れた後、エレナはお風呂場を後にした。
その後の日々はエタンと一緒に魔王城の雑務をこなす毎日が続いた。
それから数日経ってからの夜、エレナの部屋にメアがやってきた。
「エレナ。もうそろそろ魔王様付きの小姓として仕えてもいい頃ね。明日の朝、皆に時事を説明するから心の準備をしておきなさい。」
いよいよだ…。エレナはこくりと頷き、ドアを閉めた。コツコツ、とヒールの音が遠ざかっていく。
そしてエレナは作業に取りかかった。部屋のカーテンを静かに、音を立てないように注意しながら外す。固く結んで窓から垂らし、もう一方は窓際のベッドに柵に括り付ける。
エレナは脱走しようとしていた。だって、状況が訳が分からなさすぎて、どうしても逃げてしまいたかった。自分の元いた天界に帰りたかった。
カーテンの長さが少し足りない気はするが、落ちても問題ないだろう。
「エタン、優しくしてくれたのにごめんね…。」
そう呟くと、カーテンで作った綱に手をかけて壁をつたって降り始める。と、その時。
「待て。そこで何をしている。」
何も無い暗闇から急に声がしたので、驚いて手を離してしまった。
「あ……」
死ぬ。そう思って目を閉じた。だけどいくら待っても痛みは来ない。目を開けると魔王の腕に抱き抱えられていた。
「そんなに、俺の傍は嫌か。」
「当たり前です…!魔族と天使がだなんて…。」
「エレナ。」
「それに、ボクは男ですよ…。」
「それについては問題ない。メアが、性別を逆転させる薬を開発してくれたのだ。」
「はぁ!?そんなの納得出来るわけ…。」
「頼む。」
「え?」
「俺の傍に居てくれ…。」
そんな、寂しそうに言わないで欲しい。
「優しくする。大事にする。それでもダメか…?」
目の前にいるこの男は本当に魔王なのだろうか。潤んだ瞳はまるで幼子のようだ。
「〜〜〜っ。あーもう!降参です。分かりました。ここに居ますからひとまず降ろしてくれますか?」
「それはダメだ。また逃げ出そうとするかもしれんだろう。」
「じ、じゃあボクは一体何処で寝れば…。」
「今夜は俺の部屋に来い。」
「えぇ!?」
こうしてエレナは魔王の部屋に行くことになってしまった。