寡黙な料理長
エタンから意味深な発言をされて、エレナは昨晩、一睡も出来なかった。
「はぁ……男だってバレたのかな…。いや、あの言動からしてバレてるよ、ね……。」
悶々と悩むエレナ。うんうん頭を抱えているとコンコン、とノックがされて、悩みの種であるエタンの声がした。
「エレナさーん?まだ寝ていやがるですかー?朝メシ食いっぱぐれちまいますよ?」
どうやら朝ごはんの誘いに来てくれたらしい。顔を合わせるのは正直気まずかったけれど、勇気を出してドアを開けた。
「お、おはよ……エタン…。」
「おはようごぜぇます!って、ひでぇくまですね?寝れなかったんですか?」
「あぁ、うん…。あのさ、エタンはボクのこと男だって気づいてた、の?」
怖かったけれど、恐る恐る聞いた。すると、エタンはもごもごと口を開く。
「あ…はい。メア様から小姓は男がなるものだと聞いていやがりましたから…。けれど、見た目が見た目だから配慮してやってくれとも頼まれたんでごぜぇます…。」
なるほど、と思った。それなら男であることは話してあると手紙にも書いておいて欲しかった。
「じゃあ、あの……お風呂、恥ずかしくなかったの?」
「何がでごぜぇます?」
「その、ボクに裸を見られたりとか…。」
「エタンは裸族だから気にしねーです!」
衝撃発言。
「いや、気にして!?」
エレナの声は廊下に響き渡った。エタンは耳を塞ぎながら子供のようにイヤイヤをする。
「うぅ〜、エレナさん声大きいでごぜぇます…。」
「あ、ごめんね。でも、少しは気にして欲しいとゆうか…。せめて、お風呂の時間教えてくれるだけでありがたいから…。」
「わかりやした。次からは気をつけます…。」
しょぼんとしてしまったエタンに罪悪感が湧いてしまったエレナは努めて明るい声を出した。
「うん、そうしてくれると助かるな。そうだ!ボクのこと呼びに来てくれたんだよね?」
「あ、はい!みんな大好き、朝メシの時間でごぜぇます!食堂に行きやしょう。」
「ありがとう、エタン。」
どうやら彼女の機嫌を取り戻すことに成功したようだ。ルンルンと前を先導するエタンに胸を撫で下ろしながらエレナはついて行くのだった。
食堂に着いた時、感じたのは視線。魔族の中では珍しい銀髪に注がれていた。
「よぉ、はええなエタン。そのかわい子ちゃんは誰よ〜?」
「新入りですぜ!仲良くしてやってくだせえ!」
エタンは自分よりもかなり身長の高い細身な男に声をかけられて、エレナの肩をとんと叩きながら
「エレナさんです!」
と、紹介してくれる。
「おぉ、俺はペントだ。よろしくなぁ〜。」
大きな手を差し出されておずおずと握る、と同時にふわっとエレナの体が宙に浮く。
「えっ!?」
「お〜、軽ぃ軽ぃ。ここの飯たんと食って育てよ〜。」
お姫さま抱っこをされたかと思うとすぐに降ろされてペントはがはは、と笑いながらエレナの頭を撫でた。
「は、はい…。」
果たしてこの人にも男だとバレているのだろうかと、エレナは遠い目をした。
「じ、じゃあエタン達はあっちのテーブルに行くので、ペントさんこれで失礼しやす!」
「おう、んじゃなあ〜。」
急にエタンが口を挟んで来たので驚いた。そのまま奥のテーブルに座る。小声でエタンは一息ついた。
「ふー。危なかったです…。」
「何が?どうしたの?」
「エレナさんが男の子だって気づいている使用人はエタンしか居ねぇんです。メア様が順序立てて後からみんなに説明してくれるらしいですが、それまでは隠せ、と言われやした。」
「そう、なんだ……。でも、なんで?」
「そこまでは分からねぇですけど…。」
だけど、バレていなくても装飾華美なメイド衣装と容姿のせいで目立ってしまっている。
「これはバレるのは時間の問題かな…。」
また遠い目をして呟くエレナであった。
「ほぅら、飯の時間だぞ〜!」
遠い所からペントの声が聞こえる。
「あ、エレナさん行きやしょう。器を取って、ご飯をよそってもらうんす。」
「う、うん、分かった。」
エレナはエタンと一緒にいそいそとペントの近くへ向かった。
そこに居たのは巨大な大木。…のような魔族だった。可愛らしいクマのアップリケがされたエプロンが大胸筋でみちみちになっている。
その見た目に圧倒されて魚のようにパクパクと口を動かすエレナに、ニコニコとエタンはその人物を紹介してくれる。
「こちら、料理長のグランドさんでごぜぇます!」
「………。」
「グランドさんはすごいんですぜ、美味しい料理をたくさん作ってくれるんす!」
「………………。」
「今日の朝メシはなんですか?グランドさん。」
「……。」
「そうっすか〜!」
「いや、一言も喋ってないけど!?」
仏頂面な大男の唇は微動だにせずとも、エタンには分かるのだろう。人懐っこい笑顔を浮かべながら隣の小悪魔はご機嫌だ。
「今朝はトマトリゾットらしいですぜ!はぁ、お腹空きやした〜。」
「よく分かるね、エタン…。」
「そりゃもう!エタンとグランドさんはマブダチっすから!あ、お願いします〜。」
エタンは木の器をグランドに手渡してリゾットをよそってもらう。
エレナもそれにならい、自分の器に朝ごはんをよそってもらった。
「ありがとうございます…。」
「………。」
「…?」
「『召し上がれ』って言ってますぜ!」
「あ、いただきます!」
エタンの通訳があって助かった。そのまま2人仲良く元いたテーブルに腰掛ける。
トマトの甘酸っぱい香りが鼻をくすぐってきて食欲をそそる。
「じゃあ、食べましょうエレナさん!」
「うん。はむっ……美味しい…。」
「ふふ、グランドさんのメシはいつでもうめぇです!」
トマトの甘みにバジルのソースが爽やかに香る。お米も柔らかくて食べやすい。
魔族の食事はもっとおどろおどろしいものを想像してしまっていたが、完全なる誤解だったようだ。
(魔族も、ボク達と変わらないものを食べてる…。)
小さな頃から魔族は忌むべき存在と教えられてきた。けれど、元いた天界の天使達と同じように寝て起きて食べて生活している。
そんなことを考えたら少し複雑な気持ちになってしまった。難しい顔をしていると、
「ん?どーしやした?口に合わねーですか?」
「え?なんにもないよ!」
「そうでごぜぇますか!はぐっ、もぐもぐ…。」
「なんにも、ね…。」
そうしてエレナはスプーンで黙々とリゾットを食べた。甘くて、酸っぱくて、美味しかった。