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永久のロシェ アドネル・Y・ニクド神話外伝 クロニクル

作者: ひすいゆめ

プロローグ

 そこはかつて神が降りた場所と伝えられていた。神の名は名乗るが、当時の村人はその発音が出来ずに阿吞・王仁孔あどん・わにくと呼び伝えられることになる。1550年代のことであった。

 森の中の村は城主より、その神を密かに護る役目を仰せつかった。城主は神の力を利用して天下を取るつもりだった。

 そして、神降りの地に住む守り人は城内にしばしば呼ばれ、守り人の武士の一族に神降かみおりという苗字を与えた。

 阿吞は神降りの地には、次元の穴があるとのことだった。初代神降家当主、神降忠正かみおりただまさは秘伝の剣術と代々伝わる刀、名刀 天水鏡あまのみかがみを携えている。


 ある夜、かなりの巨大な沼の畔で忠正は刀を振っていた。すると、沼が光って阿吞が現れた。そして、急に畏怖の表情で天水鏡を見た。

 「その刃物はどうした?」

 忠正が手を止めると見上げた。

 「代々伝わる宝刀、天水鏡だが。…何か?」

 そこで口ごもると阿吞は囁いた。

 「その刃物から声が聞こえたら、すぐに我に知らせるのだ」

 「声?誰の、何故」

 すると、阿吞は姿を消して沼は静かになった。

 うしとらたつみさるひつじいぬいの4人が背後から現れる。彼らは神降四従士かみおりしじゅうしと呼ばれ、忠正を護る護衛役であった。

 「どうした?」

 すると4人が膝を付き艮が口を開いた。

 「蔵より妖が現れました」

 「何」

 彼は4人を従えて屋敷に戻った。蔵の扉が開かれていて、中に巨大な西洋の龍のような姿が月明りでかろうじて見えた。

 「待て、手を出すな」

 彼はそう言うと、龍に近付いて例をした。その龍の眼は光り、テレパシーで声を送ってきた。

 「お主は他の輩と違う。名を何と申す」

 彼は驚くが、心の中で答えた。

 「神降忠正とあい申す」

 「では、質問に答えよ」

 龍は他の連中を見渡してそう言った。

 「お前の志は何だ」

 彼は腰の帯刀を見せて、こう答えた。

 「刀と言えば分かるか」

 すると、龍は笑い声を上げた。そのけたたましさに忠正は怯んだ。

 「実に面白い。そうか、気に入った。契約をしよう」

 「契約?」

 「お互いの力となる、と言えば分かるか?」

 しかし、彼は首を振った。

 「某は主より沼の神を護る身、そなたの力になることは叶わん」

 「アドネル・Y・ニクドは所詮、格下の次元の者。絶界の我、龍凰機りゅうおうきなら一族、主をもさらなる物を与えるだろう。メビウスの運命から抜け出すことも叶うだろう」

 彼は概念の範疇を越えた言葉に首を捻る。

 「まあ、いい。無理に理解をしろとは言わん。だが、覚えておけ。代々、お主の一族はその刀により我との契約を果たせるだろう」

 そういうと、龍は静寂の中で蔵の中に消えて行った。

 忠正と艮達は蔵に飛び込むが、何もそこにはいなかった。

 突如、蔵の扉から多くの異形の者が現れ始めた。

 5人は刀を抜くと、すぐに立ち向かった。この戦国の世、手練れの彼らも窮地に立った。しかも、異形の者の中に巨大なものが現れると、蔵から撤退せざるを得なかった。

 彼らは沼の阿吞に助けを求めた。

 阿吞は姿を見せるとこう言った。

 「ただの鬼や大鬼さえ倒せないというのか」

 すると、あれが鬼であると忠正が確信した。自分の知っている角を生やした赤や青の大きな妖怪ではないことに驚愕する。

 「言い伝えとは、所詮、そんなものか」

 忠正はそう言って4人にこう言った。

 「阿吞の力を借りずに我々だけで戦おうぞ」

 その言葉と同時に強烈な光が天より降り注ぎ、阿吞は叫んだ。

 「まさか、何故…奴らが」

 そして、姿が消えて行った。他の鬼や大鬼が戸惑っていると、背後に見慣れぬ人々がいた。

 「森の…民?」

 そう、森には神降達が村を作る前から暮らしていた原住民であり、他人を嫌って森の中で暮らしていた。1人が地面の岩に刀で魔法円を描いた。さらに、森の民の少女を魔法円の中に入れて呪言を唱えた。すると、魔法円が光り中の少女に何かが乗り移った。

 「狐憑きか?」

 静かに忠正は見守る。

 彼女は沼を渡り、森から忠正の元に水面を歩いてきた。

 「我が名は月夜見御子つきよみのみこ。断界の存在である」

 そう言い放つと、鬼達に視線をやって手を向けた。鬼達は光の弾を受けて次々に消えていった。

 さらに大鬼に手を向けるが、大鬼が口から赤い光を放った。すると、少女は石化して沼に沈んでいった。憑代を失った月夜見御子は元の次元に帰る。

 森の民は大勢で沼を船で渡ってくる。大鬼は次に黒い光を口から吐くと彼らは次元の彼方に消えて行った。

 かなりの強力な存在だと感じて、忠正は刀を抜くとこう叫んだ。

 「龍凰機!」

 すると、刀が光り始める。忠正の頭に声が響いた。

 「契約をするか?」

 「その代り、我が前の大鬼を倒してくれ」

 すると、契約が成立して刀から光が飛んだ。空にそれはぶつかって次元の穴を開け、龍の形の機械のような物が目を光らせた。中から現れると、彼らの前に降りてきて大鬼の前に浮いた。

 「お主が先程の?」

 「仮の姿だ」

 「本当の姿は?」

 「今のお主では戻せん。戻すにはアポリオという力が必要である」

 そう言って、龍凰機は大鬼に向かって進んだ。大鬼は口から黄色い光を放った。龍凰機はそれを白い光弾を放って弾いた。大鬼は黄色と白の光弾を受けて光の粉となって散っていった。

 龍凰機はその後、光輝き天水鏡に戻った。すると、天水鏡から西洋の鍵が落ちて沼に沈んでいった。

 この夜の出来事は徳川の世になって、忘れ去られることになる。

 昭和になる頃には、沼は小さく変化していった。


1

 神早見龍牙かみはやみりゅうがは頬杖をつきながら、教室の窓を眺めていた。こんなに青空が広がっているというのに、つまらない数学の授業を聞いていないといけない状況に溜息をついた。

 「じゃあ、次の問題を、神早見」

 そこで、視線だけ教師に向けて軽く返事をする。ゆっくりと黒板に視線を向けると、一瞬で答えを頭の中で組み立てて黒板に数式を走らせる。

 全員が思わず声を上げる。

 彼は人気者であったので、全てのクラスメイトに好意を持たれているのだ。教師は苦虫を噛み潰した表情で授業を進めた。

 彼は思考を独自の表現に変換して、簡素化して解を出す能力を持っているのだ。

 …それは、サヴァン症候群の一種なのかもしれない。

 

 そんな中、ふと何かが頭の中に引っ掛かった。そう、今日見た夢をふと、あるきっかけを見て思い出しそうな感覚である。

 気付くと校門から母親らしき女性と歩く少女が見えた。この高校に転校でもして来るのだろうか、別の学校の制服を着ている。セーラー服の形状が違っていた。

 しかし、この感覚は何だろうか。既視感デジャヴュのような感覚。彼女を知っている?過去に会ったことがある?それとも…。

 授業が終わると、いつものように友人が集まって来た。

 「見た、あのヅラの顔。良い気味だったよ」

 幼い面持ちの木崎英二きさきえいじがはしゃいで言う。

 「まさか、龍があそこで簡単に答えると思わなかったのかもな。出来るわりにテストの点数は低いからなあ、龍は」

 両脇を刈り上げた髪の長身痩躯の大田大樹おおたたいきが笑顔で口走った。

 「そういえば、明日、このクラスに転校生が来るんだって」

 英二の言葉に龍牙は顔を上げた。

 「可愛い女の子だといいよな」

 ありきたりの台詞を大樹が零すと周りの女性の白い視線が彼に集まった。

 そこで、別の男女グループの龍牙のクラスメイト、不良の雰囲気を持つ無口の御代虎白みしろこはくがやってきて、無言で指を廊下に向けた。龍牙も頷いて彼に従って英二達を残して廊下に出た。

 そこには、また別のクラスのグループの雑賀治巳さいがはるみが腕を組んで待っていた。壁に寄り掛かり視線だけを向ける。彼は陸上部の学校一のアスリートである。

 「なあ、龍牙。何か感じないか?」

 その問いに彼は目の前の2人も感じているのだと思って愕然とした。

 「あの転校生、見覚えないか?」

 龍牙が恐る恐る訊いた。彼らは顔を合わせる。そう、彼らの席は窓から離れているので、まだ見ていないのだ。

 「それは、女か?」

 ふと、治巳の問いに龍牙の顔色が変わった。

 「ま、どちらにしても、どうしようもないけどな」

 虎白が会話に幕を下ろした。それでも心に引っ掛かる何かを解明する為に、龍牙は職員室に足を向けた。


 そこで、彼のポケットからスマートフォンの着信ソングが鳴った。廊下を歩みながら電話に出た。

 「龍牙、山燃節さねんせつなのに帰って来ないのか?」

 「長老、ここには山燃節という習慣はない。従って、休みではない」

 「まあ、いにしえの神々が帰ってくる季節だ。帰って来なさい。龍牙は森の、ここの御霊児みたまじなのだから」

 彼は声を荒げる。

 「それは長老が勝手に決めたんだろう、月咲つきさきの水曜日に生まれたとかで」

 「言い伝えではそうなのだ、勝手に私が決めた訳ではない」

 彼はすぐに転校生のことを思い出す。髪を掻き揚げて言った。

 「まあ、考えておく。じゃあ、また」

 「まて、あれが出来たのだ。絶対に帰って来なさい」

 そこで、龍牙は真顔に変わる。

 「光転珠こうてんじゅの箱が完成した」

「ドラグモーターが?でも、あのロストテクノロジーは昔話だろう」

 「否、実はかつて栄えた文明が発明し残した機械とされている。その技術は分からぬが、伝わる巻物を解明した高野こうやが発掘した神武具の1つを復元したのだ」

 そこでスマートフォンを落としそうになる。

 「まさか、親父おやじが?ドラグモーターのプロトタイプを完成させたのか」

 「そうだ、使えるとすれば、龍牙くらいだろう。古の神々の血を引く月龍つきたつ一族の生き残り…のな」

 その言葉に龍牙は言葉を失って止まった。

 「その為に村に閉じ込められているんだ。親父、そうだ、親父だって」

 「分かっているんだろう、一族でも直系の家系しか、光転珠の箱は神目こうめなら使えるだろう」

 「母さんか、なら姿を消している今、俺だけか」

 そこで、すぐに足を再び動かす。

 「分かった、今度の連休に帰るよ」

 そして、通話を切ると職員室から出ていく転校生親子に視線を向ける。

 「神降さん、明日は職員室に来なさいね」

 神降、その名前に龍牙は心が引っ掛かる。頭痛がして膝をついた。

―――どこかで聞いたような。

そこで視線を落とすと廊下に青い結晶が落ちていた。

「これは」

拾うと力を感じた。ふと、ある言葉が無意識に口から出た。

「アポリオ…」

刹那、彼は1つの可能性を脳裏に浮かべた。

精神操作。

記憶を消されている?それも治巳達も関わっているのだろうか。あの転校生は見覚えがあった。しかし、覚えていない。会った記憶もない。必死に思い出そうとした。

…こ、いと。

何かが弾けた。駆け出すと、母親が先に帰って転校生はしばらく鉄棒に座って校庭を眺めていた。

さりげなく近付くと、少女を伺った。彼女は気配に気付き龍牙を見ると目を皿のようにした。

「まさか、覚えて…、そんな訳ないか。何か用ですか」

髪をポニーテールにしてクリッとした瞳を向ける。ぎこちない表情が彼の違和感を物語っている。彼はポケットから先ほどの欠片を見せる。

「あ、それは私の…」

彼女に返さずにポケットに入れると、試に色々探りを入れてカマを掛けることにした。

「この欠片の力は強過ぎる」

「え、テモテを…」

そして、彼女に微笑んで見せた。

「君の名前は神降…こ、いと。恋兎こいとだろう」

すると、驚愕の表情を見せるが、すぐに目を細めた。

「貴方、ストーカー?」

「遠くからの転校生をストーカーする程、暇じゃないし」

 龍牙は手をポケットに差し入れて、昔、発掘場から拾った鍵を出して見せた。色褪せているが、形はしっかりしている。

「これは森で見つけた鍵だ」

「それは」

そして、鍵の言う言葉に反応したことを龍牙は見逃さなかった。さらに賭けをしてみる。

「あの時の鍵はまだ、持っているのか?」

 小さな発掘物の鍵を見て言う。

 「刀、だよな」

 巧みに彼女のイメージを誘導していく。

 「本当に覚えているの?」

 その言葉に突破口を感じた龍牙はさらに畳み掛ける。

「そうだと言ったら」

 彼女は首を振って独り言のように吐き捨てる。

 「そんなはずない」

 「見覚えのない人に話し掛ける程軽くないって」

 アポリオ。そう、その言葉を思い出してくる。様々なイメージがどんどん脳裏に蘇ってくる。

 そこで戸惑う恋兎は鉄棒から舞い降りると、軽く会釈して校門に向かって走って行った。ヒントが故郷にあると感じた龍牙はスマートフォンを取り出した。

 「あ、長老?今度、帰るから、グラビティシステムを見せてくれ。ブーストコイルとウェーブミストを確認したい」

 そう言い残して、校庭を眺めた。

 

2

 次の日、転校生が朝のホームルームで紹介された。

 「神降恋兎です。よろしくお願いします」

 龍牙は一瞥するが、すぐに窓に視線を移した。白虎と治巳はやはり見覚えがあるように目を皿のようにしていた。

 彼女は2人の眼の色を見て、記憶の断片があると感じて恋兎は俯いた。

 ―――だから、言ったのに。精神操作は完璧だって言うから渋々来たのに。

 席は一番後ろの中央に宛がわれた。

 ポケットからそっと鍵を取りだすと、懐かしそうに眺めた。すると、凄まじい力を鍵から感じた。すぐにポケットに入れると周りを見回した。


 神降一族が廃村になった森から近くの住宅地に移り住んだのは1821年のことだった。それでも、廃村の池には年に1回は集まって降光祭ごうこうさいという祭りを行っていた。神を守り、新たな神に仕えた一族は現在もその慣習も今も続いている。

 …そう、神の加護を今も受けているのだ。

 尤もそれが神、であるのだったら。


 今度の連休がその降光祭があるのだ。一族である彼女も戻る予定である。そもそも、そんなしきたりは興味なかったが、昔のこともあったので戻る必要があった。それに関係する彼らのいるこの街に来たのも偶然ではない。

 阿吞・王仁孔が降りた地に、鬼火が池に光ったのを故郷の廃村の近くの新興住宅に移り住んだ一族の長、井筒伸いづつしんが見たのだ。

 「ねえ、龍凰機。鬼が復活したんだよね?」

 鍵に問いかけるとそれに宿る主は答える。

 「『敵』が現れたから、ここに来たのだろう。しかし、記憶を消したはずの龍牙が思えているのが気にかかる。彼には注意した方がいい」

 「…それから、治巳には話さないと。龍凰機が召喚されないでしょ」

 「時期尚早だ。記憶を消したのには理由がある。出来れば、彼らの力を借りずに事態の収拾をしたところなのだ」

 彼女は大きな溜息をついた。すると、後ろから恋兎の肩を突く者がいた。振り返ると少女が笑顔で耳打ちした。

 「どうしたの、溜息なんてついて。私は佐々木美緒ささきみお、よろしくね」

 彼女ははあ、としか言えなかった。恋兎は人見知りでもあったのだ。

 すぐに首を横に振って苦笑した。

 「ありがとう、大丈夫だから」

 授業中ともありそれ以降、美緒は話し掛けて来なかった。恋兎は鍵を仕舞うと龍牙に視線を向けた。

 「何故、思えているの…」

 龍凰機の鍵をポケットの中で握った。視線に気付いたのか、龍牙が恋兎を見た。彼女は慌てて黒板に視線を戻した。

 

 彼はふと、自分の机の奥に何かを発見して唖然としている。忘却の彼方のものを発見したに違いなかった。記憶を消せてもあった事実や物を消すことは不可能であった。

 何かを取り出した龍牙は小さな筒を眺めていた。そして、呟いた。

 「ドラグモーター…」

 彼の口はそう動いた。

 彼はそれが何かを思い出そうとしていた。

 …時間の問題だ。

 恋兎は彼が完全に記憶を取り戻す前に対策を打つべきであると思うが、ここに来た理由として鍵に宿る龍凰機を扱える方法を探すことを考えていた。

 気付くとチャイムが鳴って授業が終わった。すぐに視線を彼女に向けた龍牙は、小さな筒を握って近付いてきた。

 そして、目の前にそれを見せた。明らかに彼女は見たことがある。単2電池の大きさのそれは両端が青い色をしていた。

開口一番、彼はこう言った。

「かつて、あの村で俺達は戦ったのか?」

彼女は何も言えなかった。彼は聡明である。さらに、推測を話す。

「そうすると、敵は大鬼ということになる。昔にあそこに現れた『敵』だからな。…どういうことだ?これはプロトタイプより前の、オリジナルのドラグモーターだ。見るとカートリッジ形態だから、ある神武具の心臓部だな。発掘品でないようだから、古の神があの村にもたらしたものだろう。ということは、俺はそれを持って戦っていたことになる」

しかし、恋兎は意地でも何も打ち明けないつもりでいた。

「分かった、こっちはこっちでやらせてもらう。どっちにしてもそうなるようだしな。皮肉と言うか運命と言うか」

彼女は渋い顔をしてうむと唸っていた。分かれて行動するよりも一緒に行動する方が良いのではないか。

「森の一族の直系だし、長老に呼ばれているし。プロトタイプが完成したらしい」

「まさか、プロトタイプって、神武具の?」

「ドラグモーターのな」

しかも、ドラグモーターの質が上がっていると、オリジナルより新たな機能が追加されている可能性もある。恋兎には龍牙が戦力として必要であると思った。

龍牙はそのまま、自分の席に戻って行った。声を掛けようとするが、すぐにクラスの取り巻きに囲まれてしまった。

龍牙は彼女が神武具を隠すとしたらどこかを考えた。ドラグモーターは机の奥にあった。そして、敵の再出現でここに来たと思われる。

そこから推測すると、神武具がこの辺りにあると思われる。ただ、彼女はそれが目的ではない。龍牙しか使用出来ないのに、彼の記憶を戻さないからだ。森の近くの村の出身であることは間違いない。『敵』が出現するならあそこしかないからだ。

―――それに。

ドラグモーターが手元にあったのは、かつての戦いが終了した際、記憶を奪われて神武具のオリジナルを奪われることを龍牙自身が推測したから、予め抜いたのだと思われた。

それを握り絞めて能力を高めた。それは青く輝き始める。

「近い」

彼は駆け出した。と同時に恋兎は彼の力を感知した。

「どうしよう…」

しかし、龍凰機は答えなかった。既に意を決しているかのようだ。

神武具同士、引き合うようだ。屋上の貯水タンクに上る。タンクの蓋を開けると、内側に金属の道具がくっついていた。

それをゆっくりと握って取り外すと、それが巨大な剣の柄であることが分かった。穴にドラグモーターを差し入れる。

刃がない。柄の先は何かを接続するようにコネクターがある。大剣というよりは能力を発揮する機械に近いようだ。さらに能力を高める。

「オーラコードを無闇に発揮しないで」

気付くと、下に恋兎がいた。

「感知出来るのか、やはり村の者は違うな」

飛び降りると持っている柄を振り上げた。そして、溜息をついた。

「まさか、森かあ?池の中に隠すことはないだろう」

彼女は目を皿のようにして驚愕の表情を見せた。

「そこまでの感知が出来るの?」

「俺は直系だぞ、オーラコードは伊達じゃない」

 刃のない剣に力を込めた。すると、ドラグモーターが急激に回り始めて、蒼く光り始めた。その回転がさらに高速になっていく。

 「行っけえ」

 彼はさらに力を思い切り込め続ける。すると、その内に回転が見えない程になる。安定すると、ドラグモーターから周囲のドラグドライブにアンチグラヴィティミスト、略してAGMが発生する。ドラグドライブにそれが30秒でいっぱいになると飽和状態になってさらに安定した。すると、龍牙がオーラコードを高めなくても、ある程度の力を発し続けるだけAGMを自由に操ることが出来た。

 「これは…、AGMか。しかし、刃がないと意味がないな」

 そのまま、オーラコードを止めると、ドラグモーターを停止させた。

 「じゃあ、祭りで会ったら、向こうで続きでも話そう」

 そう言って、入口に向かって後ろ手に手を振った。

 一瞬、足を止めてさらに付け加えた。

 「尤も、会話する暇があれば、だけどな」

 恋兎は戸惑いつつも、既に彼の賢明さで推測されて記憶の断片が完成されていくのを見送るしかなかった。

 「やむを得ん。森の民の御曹司の手も借りるか。もしや、プロトタイプとやらが、アポリオを使用出来るものになるかもしれん」

 彼女のポケットの中の鍵から龍凰機がそう言った。

 バリトンの声に恋兎は頷くしかなかった。

 「ここにくれば、龍凰機を召喚して使役出来る人がいると思ったんだけど」

 「少なくとも強力な戦力になるさ」

 彼女も教室に帰ることにした。


3

 南仏のプロバンスからアメリカのロサンゼルスに戻ってきたジョン-スチュワートは、留学先の東京に戻る準備をしていた。

 彼は考古学を専攻している飛び級した天才であった。17歳でありながら既に大学院生である。その中で彼はある事件に巻き込まれて特殊な状況にいた。

 その詳細はここでは割愛することとする。

 プロバンスで新しい遺跡の発掘をしてきたジョンは師のマシュー教授と共に分析をしていた。

 「その石版は新たに発見したあの世界のものなのか」

 教授は炭素解析で紀元前1200年のものだと判断してからジョンに尋ねた。

 「ヒエログリフは古代エジプトのものです。それが、何故あの場所にあったのかは疑問ですが」

 そして、ヒエログリフの文章を英語に直したファイルを教授のパソコンにメールした。

 「まさか、これは…」

 「別の世界、上界のものです。つまり、運命を司るメビウスの、アラン-スチュワートの石版に非常に類似したものであると言えます」

 「上界が関わるのであれば、また日本に行かざるを得んだろう。頼むぞ、ジョン」

 「はい、この石版に書かれた冥王の箱というのは、かなり嫌な気がします」

 ヒエログリフには上界の冥王が持つ死者の箱について書かれていた。

 「パンドラの箱、ねえ」

 研究室のパソコンで数式を解き始めた。石版に書かれた奇妙な記号のような文字からジョンは数字を導き出して、独自の数式にしていたのだ。

 「何をしているんだ?」

 マシュー教授がTNTモニターを覗き込む。

 「簡単な暗号ですよ。ヒエログリフの文字から数字が出てきたので、それに当てはまる数式を探して解析をしているんです」

 「君は苦手な教科はないのかい」

 さらに時間をかけてキーボードを叩いていると、ある数式が見えてきた。

 「これは、ドラグマトリックス?」

 暗号解析と数式解析を続けていると、その数式がある武具の機械作成の設計図であることが分かる。

 「まさか、そんなことがありえない。3つの世界のことが刻まれている。しかも、3世界が1つの力を終結させた武具が機械であるという不条理が表現されています」

 「それは何だね?」

 ジョンは息を飲んで囁いた。

 「ロシェブラスター」

 「それが特殊な武具の名か」

 「正確には機械の名前ですけどね」

 彼はさらに数式を解析していくと、あるプログラムを作成し始めた。

 「このプログラムは…」

 「ロシェブラスターを完成させるには、材料と機器が足りません」

 マシュー教授は髭を撫でていたが、ポンと手を叩くとあるメモを抽斗から探し出してジョンに渡した。

 「日本に未知の文明の噂を友人から聞いて解明をしに行った時の場所だ。この場所ならプロバンスの石版の機械が発掘出来るかもしれん」

 「ありがとう、先生」

 さらに老人は名刺を探し出すとコピーをして渡した。

 「彼なら私の名前を出せば、きっと力になってくれるはずだ。尤も、君の名前で既に力を貸してくれると思うがな」

 プログラムを完成させると、全てのファイルをハードディスクに移して東京に帰る用意を始めた。

 「Mr.我神あがみに伝えてくれ。今回の件は君達は手を出さないで欲しいと」

 マシューの言葉に重みがあった。彼は首を傾げる。

 「まあ、行けば分かる」

 「じゃあ、明日、日本に立ちます」

 すると、教授はある石を渡した。

 「これは…」

 「テモテだ。役に立つか分からんが餞別だ。気を付けろよ」

 ジョンは真顔で頷くとカバンを担いで研究室を後にした。


 東京に戻ると、早速、留学先の大学の研究室に行き、ドラグマトリックスからメビウスサーキットと彼が名付けたシステムの設計図を作成した。

 メビウスサーキットを使ってあるメカニズムを開発した。アークエフェクターである。3つの他次元の力を使って始めて出来る、この世界の概念では成立しないものであった。簡単に言うとある次元の力で別の次元の能力の技を発揮させるものであった。

 今、この世界にある材料でそれを作ることが出来ない為に、マシュー教授の言っていた古代文明の発掘場所に向かうことにした。

 彼は研究室に誰もいないことを確認すると、力を高めて地面に手を当てた。すると、光の魔法円が発生した。そこに自分が入ると、さっと窓から外に飛び出した。高速飛行をしていると、山奥にジョンの見慣れた森が見えてきた。

 地図と見比べてマシュー教授の指示した場所と同一なことに思わず口をポカンと開けた。月夜見館という旅館に降りると、旅館の入口を開ける。黒服の従業員は彼を見て寄ってきた。

 「どうした、キーホルダー」

 彼はジョンの知り合いであった。

 「また、ここに用が出来てな。で、この辺に村はないかい?この前の一件では、崖の上の廃墟と隣の廃屋しかなかっただろう」

 そこで、彼は北東を指さした。

 「あの獣道を進むと最近まで街があった場所に出る。その前にこの前、キーホルダーが行った湖があるんだが、その廃村の向かい側の森に隠れ里がある。…また、『敵』か?」

 「いや、プロバンスの遺跡であの3つの世界の力が絡む機械の情報が出てきたんだ。しかし、この世界に材料がなくてな」

 「…気を付けろよ。最近、あの辺に黒い気を感じる。もし、『敵』だと確認したら向かうつもりだ」

 「おう、助かった」

 ジョンは手を振って獣道を駆けて行った。無詠唱で地に光の魔法円を出すと、そこに入る。すると、先ほどのように凄まじい勢いで獣道に飛んで行った。木々の間を進むと廃村が見えてきた。その先に湖と言うには小さい沼があった。

 「運命か、久しいな」

 湖の水面を軽く蹴って渡ると、森の中を真っ直ぐ進んだ。そこには本当に村があった。結構大きな集落だが、依然に沼の畔に来たときには気付かなかった。森の中なので気付かないのも無理はないが。

 マシュー教授の地図を辿ると、小屋に辿り着いた。周りには土が掘り返されて、色々なものが発掘されているようだ。しかし、人影は見えない。研究者が2,3人で活動しているような状況である。

 小屋のドアを叩くと、汚れだらけの禿げ上がった痩躯の男性が顔を見せた。ジョンは日本語で話そうを声を出し駆けたが、彼は笑顔で彼を中に導いた。

 「やあ、ジョン君じゃないか。会えて光栄だよ、さあ、椅子に掛けて」

 そして、すぐにインスタントコーヒーを入れてテーブルに2つカップを並べた。

 「生憎、茶菓子はないけど、話を聞かせてくれるかな」

 彼の名は神早見高野かみはやみこうやと言った。

 「ここは月龍一族が代々守る場所でね、マシュー教授に一度見てもらったことがあるよ。フランスやエジプトにも同様な場所があるんだってね。最近の君の論文を読ませてもらったけど、エジプトの新発見の文明は実に面白かったよ」

 そう言うと、急に真剣な面持ちになって手を組んで肘をテーブルに突いた。

 「本題に入ろうか。今度はプロバンスだね、ここの遺跡と同様の遺跡が見つかった、かな」

 そこで、ジョンは苦笑して探り合いをするように声を低めて口を開く。

 「流石、日本一の大学院卒で国の特殊研究員様。少し違いますが、そんなものです。メビウス、つまり、ええと分かり易く言いますと僕が発表したエジプトの新規の古代文明の神のような存在が意志を人間の脳裏にテレパシーのようなもので言葉を伝えて、ある特殊な言葉で暗号をオベリスクに残しました。尤も、石版と言った方が良い程に劣化をしていましたが」

 「君の頭脳なら、簡単に解読して更に暗号まで解いた。そしたら、ある機械の設計図であった。しかし、この世界には材料がなく、マシュー教授の助言でここに来たということだね」

 「はい」

 彼はコーヒーを飲んで溜息をつくと天井を仰いだ。

 「君が来たと言うことは、禍は本物かな。全てのタイミングが合っている。鬼火の発生、廃村に人が現れる不思議、そして、遺跡からの神武具の再現の成功…」

 そこで、ジョンはテーブルに手を突いて立ち上がった。

 「い、今、廃村に人が現れたと?」

 高野は顔を擦ると天井を眺めたまま答える。

 「ああ、最近、移住した住民が帰ってきたようで、1件、1件人影が見えるようになって、家に灯がともるようになったよ」

 ジョンは顎に手をやって考えた。

 「貴方も月龍一族ですよね。では、能力があるのですか?」

 「能力?何のことだい」

 彼は明らかに嘘を隠すように、視線だけジョンに向けた。

 「この村の一族は古の神の下の世界から来た異次元の人達なんです」

 彼の顔色が変わった。彼らの知識とジョンの知識が別のルートから合わさった感覚である。

 「古の神々を知っているのかい?」

 「正確にはここの並行世界の上の次元、ですが。剣や刀が多く出土しているのは剣技の能力に長けた一族だからです。この村以外にもいますよ、数人ですが強力な能力の持ち主が」

 「まだ、いたというのか」

 しかし、彼は首を横に振った。

 「だが、ここから出土しているのは機械だよ。神武具と我々は読んでいるけどね」

 「それは一族の武器ではありません。使役出来るのは、剣技の能力を使用しているからです。剣や刀の形の武器が多くないですか?」

 「まあ…」

 「ただ、この機械文明は3つの世界の能力の混合なので、貴方達の剣技の力でアポリオやアストラルコードの力も使役出来る機械もあるはずです」

 「アポリオ、アストラルコード?オーラコードではなく?」

 「オーラコード、それが貴方達の能力ですね。そう、3つの世界の文明が混合しているんです。機械の古代文明は一体何なのか、それを求めているのですが。…しかし、最悪の状況を知ることになりました」

 ジョンはコーヒーを一口啜ると、すぐにこう言った。

 「まず、絶対にここの住人を廃村に行かせないで下さい。物資の配送や村からの出入りはこの村の南東に細い道があります。そして、崖沿いに行けばあの屋敷跡に行けます」

 そう言うと、儀蘭の視線が鋭くなる。

 「あの廃村の人影は人ではない?」

 「鬼火は大鬼の力です。大鬼がおそらくある場所からあるものをこの世界に持ち込んだんです。近付けば命の保証は出来ません。2回目か…、セカンドパンドラパンデミックとでも言うのか」

 かなり聡明な高野は、彼の独り言のような言葉に例え自分の概念外の事象でも素直に推測出来た。

 「まさか、昔に近くの旧日本軍施設の隣接集落の奇妙な戒厳令のある怪事件が本当で、さらに今、ここで起こっているとは」

 ―――彼は月龍一族の血を持って、能力で感知している。

 ジョンは高野を見る目を変えて、さらに警戒をした。

 最初から探り合いの空気はそれであるのだ。ジョンの能力と高野の血の能力。

 しばらく、沈黙が続いた。それはとてつもなく重いものであった。

 「分かりました。機械の部品を提供しましょう」

 彼は荷物をまとめ始めた。そして、渡すのと同時に目を真っ直ぐ見て言った。

 「助けてくれ、頼む」

 ジョンは大きくゆっくりと頷いて握手の手を差し伸ばした。

 

 帰りに湖まで来ると、湖畔で水に向かって言った。

 「いるんだろ、アドネル」

 すると、水面に渦が出来て片腕の人の形の存在が現れた。

 「キーホルダー、久しいな」

 「この地で過去に何をしていた?まあ、いい。あれからずっとここにいるのなら、ここで何が起きているのか知っているはずだよな」

 しかし、アドネルは首を横に振った。

 「ここに我がいた頃に出現した大鬼の仲間が来たようだが、詳しくは分からん」

 「鬼火が出たということは、上界の鬼だろう」

 再び、アドネルは首を横に振る。

 「否、どうも絶界の存在のようだ。しかし、下位の雑魚のようだ」

 ジョンはアドネル・Y・ニクドを一瞥する。

 「でも、次元はお前達や母さんより上だろう。おそらく、冥界のパンドラの箱を持ってきているぞ」

 その言葉にかつて神と呼ばれた存在は表情を歪めた。

 「位相の違う次元を移動したと言うのか。しかも、そんなことをすれば、この次元のバランスが崩れるぞ」

 刹那、ジョンは首を廃村に向ける。湖の彼岸には灯が数個見える。

 「デスがこんなに早く動くのか…ファーストパンドラパンデミックとは違うな」

 ジョンの言葉に首を捻る。

 「腐っても絶界の存在。上界のデスが叶う相手ではないぞ。邪魔をして追放になると全ての世界のバランスが崩れることになるだろう」

 「すぐに姿を消すさ、黒幕が分かればいかに事務的で無謀なデスでもな」

 「救世主が片付けてくれると分かっているからな、前回で」

 ジョンは鍵を取りだすと剣にした。しかし、すぐに戻して納めた。

 「今回は影に裏方に徹するか、ヒーローはすでにここに向かっているようだ」

 彼は荷物を少し上げて見せた。そして、横目でそっと囁いた。

 「まだ、帰らないのか」

 鼻で笑うとアドネルは槍を発してジョンに向けた。

 「嘲笑は許さん」

 「笑止、この僕に勝てるとでも?」

 「ふ、食えん奴だな」

 そう言い残してアドネルは姿を消した。ジョンは魔法円を発生させると自分の住処に向かって飛んで行った。

 

4

 御代虎白は龍牙が故郷に帰るのに付き合うことにしていた。彼はすんなり承諾したのは意外であった。それは虎白が故郷や自分の過去、プライベートをあまり話したがらなかったからだ。

 その境遇は母子家庭で心がいつの間にか荒んでいた。別に彼は家庭環境が原因とは思っていなかった。しかし、知らない内に彼の中の家庭に寂しさを感じて、それがいつしか外への攻撃性に変わっていたのだ。

 それをある人物が変えた。

…はずであった。しかし、それが何であるか、誰であるか覚えていない。気付くと龍牙と治巳に心を許していた。そして、クラスに居場所が出来た。2人とは違う仲間も出来た。それがとんとん拍子であったのは必然であるように感じていた。

これほど大きな影響を何故、忘れることが出来たのか。思い出そうとしても思い出せない。龍牙は何かを思い出し掛けているようだ。彼はそれほど大きな精神力を持っているのだ。他に能力があるのかもしれないとまで思った。

金曜日の午後6時10分。最寄駅に来ると龍牙がボストンバッグを足元に置いてMP3プレイヤーを聞きながら小説を読んで待っていた。

「おう、待たせたな」

虎白の声に彼はしおりを静かに挟んで本を仕舞うと視線だけ向ける。

「遅い」

「悪いな」

彼は溜息をつくと、ヘッドホンを畳んでポケットに差し入れる。

「じゃあ、行くか。…地獄に」

改札に1人で向かっていく。虎白は慌てて追っていく。

「龍、待てって」

それからが意外であった。2回の乗り換えで新幹線に乗り換える。何駅過ぎただろうか、北上してさらに2回の乗り換え。路線バスの最終で終点近くで降りる。そこにいたのは、中年のふくよかな丸メガネの男性であった。

「龍牙様、お迎えに上がりました」

その言葉に虎白は龍牙が自分と住む世界の違うことを知った。

「月夜見の森は?」

「ええ、いい水を湛えています」

彼についていくと4WDの泥で汚れた車が止まっていた。それに乗ると車はアスファルトを駆けた。すぐに2台が擦れ違えない細い道になる。周りは山々で囲まれているが、街灯がなく深夜なので辺りは見えない。

山道のS字をどのくらい行っただろうか、急に細いガードレールの隙間を通った。すると、舗装されていない道を進む。その先に森が開けた空間があり、目の前に旅館がハイビームのヘッドライトに照らされた。その駐車場を直角に左に曲がる。木々の中にある獣道に入ると、ぎりぎりの幅を進んでいく。運転している男性の運転がプロ並みであると感心した。まるで、普通の道を通るようにスピードを落とさずに木の枝が擦れるか擦れないかの道と言えない道を進む。

やがて、奇妙な街に出る。

「ここは?」

「廃村だよ、分村だった場所」

その廃れた街の道をさらに進むと大きな池が見えた。その間際で直角に曲がると池と木々の間を走り始める。朝日が池に写り始める頃に木で出来た橋が見える。それを渡ると森の細道に入る。すぐにアスファルトの道になって小さな街が現れた。

「龍牙、お前は凄いところに住んでいたんだな」

彼がやっと言葉を絞り出した。彼は無表情で頷いた。何回か曲がって巨大な屋敷の中に入って止まった。

「着きましたよ」

男性はサイドブレーキを上げると外に出てハッチバックを開けて荷物を2人分持った。虎白は周囲を見ながら降りる。

「春日野家と熊野家は山燃節の為に吉野ケ山のお社に行っております」

「長老は?」

「ご隠居は吉野家の本堂でお休みになっています」

「全く、緊張感のない…」

すぐに彼は大きな屋敷の中に速足で入って行った。それを男性からカバンを奪い取って後を追った。

龍牙は無言のままで巨大な玄関を上がって廊下の奥へ歩く。その先には離れがある。渡り廊下からは日本庭園が広がっていた。周りに目を奪われながら彼についていくと離れの部屋に入った。押入れの中からDVDを取り出すと、プレイヤーに入れた。

巨大なテレビに映し出されたのは、アルバムというべき昔の写真であった。

「やっぱり…な」

龍牙は勘が当たったように目を細めた。虎白は思わず口を開けた。明らかに龍牙、虎白、治巳、そして、恋兎の面影のある子供が楽しげにこの村で遊ぶ姿が写っていた。

「これは…」

他にも2、3人知らない女の子が写っているが見覚えがない。

「俺達はここに来たことがあって、既に知り合っていたのか」

「おそらく、彼女はあの廃村出身だ。あの分村が廃村になったのは、5年前だから」

「お前の覚えていることを言え」

感情的になって彼は龍牙の襟首を掴んだ。彼は冷静にその手を払うと、次に机の引出から1つの棒を取り出した。

「覚えているのは、彼女の姿と名前。鍵、そして」

その棒に力を込めると先のヒレが開いて柄となり、先から電撃が伸びた。さらにそれを振ると電撃が刀の刃となった。

「何だよ、それ」

彼は刀にすると、息を切らせて大きく息を吐いた。

「これはこの村の遺跡から発掘されたロストテクノロジーの神武具だ。森の民でも一族の俺だけが最も使える道具の1つだ」


彼の話はこうだった。

かつて、この森に大昔、ある一族が先住民としてどこからとこもなく住んでいた。そして、数々の機械を開発して戦争が始まった。その大戦の結果、大半の住民は死に絶えた。生き残った一族は技術を捨ててこの地を去った。しかし、過去を伝えられずに知らずに舞い戻った者達は再びここに村を作り、独自の集落を作ったと言うのだ。彼らはある能力を持っていて、その先人の文明の血を濃く引く龍牙は特にその能力を強く持っていた。

その力を彼らは咲野御霊さきのみたまと呼ぶが、龍牙は何故かオーラコードと呼んでいた。古の血が彼にそう伝えるのかと虎白は思ったが、深くは追及しなかった。

昔の大戦の武具を発掘し始めた村人はそれを修理しようと試みた。しかし、現在の技術でも追いつかない程の高度なもので、修理どころかメカニズムさえ解明出来なかった。その中でも、龍牙の父親は社の神主のつとめの傍らで何とかパズルのように完成させていった。唯一、先人が残した直系だけが持つ高野の巻物と呼ばれる書物を頼りに、ロストテクノロジーを復元していったのだ。

月龍一族は代々、神目と言われる神職に就いた。神主という言い方は最近の神道と合わせてそう言うだけで、森の中では神目と呼ぶらしい。

 彼がもつ光の刀もその1つで最初に完全に完成させた神武具で、彼の精神エネルギーを一族の血の能力に変換して柄に注ぐことで強い攻撃力の武器に変化させているのだ。

 「これを子供の頃に使っていた。そうだ、もう1つ、思い出したのはアポリオ。能力の名前だと思うけど、恋兎自体は使えないと思うんだ。でも、鍵はアポリオで聖武具になるはずなんだ」

 「何故、断片でもお前は覚えているんだ?」

 「さあな。でも、全然記憶が足りない。もっと、ヒントがここにあるはずなんだ」

 龍牙は窓からあの廃村に視線を向けてそう呟いた。


 とりあえず、彼らは疲労困憊で寝ることにした。虎白には母屋の巨大な客間に通された。ゲストルームというより客間、と呼ぶ方が相応しい和室である。落ち着かず、しかも、失った記憶、この森の村の秘密と気になることが満載で疲れているはずだが寝付けなかった。

 しかし、何か新しいことが、日常をぶち破る楽しいことが始まったようで胸を躍らせる気持ちになっていた。

 「俺らしくねえな」

 彼はそのまま眠りについた。

 夢の中で虎白は刀を持っていた。普通の日本刀のようである。彼は子供で大人の男性に特殊な技を教わっている。格好いい男性で斬月ざんげつと呼ばれていた。

 「これは略式詠唱だから、かなりの力を使う。しかし、俺達の一族なら子供でも使えるはずだ。真剣にやってみろ」

 彼は厳しかった。

 「昇気光しょうきこう

 跳びながらその彼の叫びと同時に振られる刀から刃が光り凄まじい力で空気を切った。ジャンプした高さも自分の背の3倍である。

 「やれば出来るじゃないか、合同陣で子供だけだが行けるな」

 それが何を意味しているか分からなかった。様々な一族から1人ずつ代表の子供を出して1つの集まりが森の村で修行をしているように、他の子供も独自の特殊能力の修行をしている。龍牙も光の刀で知らぬ大人と修行をしていた。恋兎は鍵を治巳に渡して契約の主を呼ぶと鍵が日本刀になった。治巳は不思議な能力を使い剣を使って修行をしていた。

 …アポリオ?龍牙がその言葉を言っていた。治巳はアポリオという力を使えるのか。しかし、その力を使う為の聖武具は恋兎が契約している鍵に宿る者が使えるようにしているのだ。恋兎がその神を契約で鍵から刀にする。その特殊な刀を治巳のアポリオで使役するのだ。

 あと、3人の女の子も修行をしている。1人は茶色いショートカットで、似たように鍵を剣に変えて特殊な力で訓練をしている。これは1人で出来るようだ。

 大人しそうな長い髪の子は銀色の髪に変化させて瞳を赤と金に変えた。そして、凄まじい身体能力で空手を大人としている。

 もう1人は…。

 そこで目が覚めた。忘れないようにすぐに持っていたスマートフォンにメモをした。龍牙の部屋に飛び込むと彼はすでに起きていてお茶を飲んでいた。振り返り様に囁いた。

 「虎白も見たのか。アポリオの治巳と聖武具に宿る絶界の存在と契約をしている恋兎。アストラルコードでオーバーコードを使う女の子を。変化して戦う女の子を」

 「ああ、まあ。…もう1人は見ていないが」

 彼も同様に頷いた。

 とりあえず、調べる為に湖に向かうことにした。

 

 2人は支度をして湖に向かおうとすると、遺跡から軽トラックがやって来た。

 「2人とも、向こうに行っては駄目だ。帰りも南東から帰るんだ」

 それは龍牙の父、儀蘭であった。

 「やっぱり、あっちで何か起こっているんだな。…親父、教えてくれ。ここで昔、俺達は何があったんだ?」

 彼は車から降りて髪を掻いて言った。

 「いつも帰って来ないお前が来るって長老から聞いたから、まさかと思ったが」

 そして、平たい機械を放った。それを落としそうになりながら掴んで眺めた。父を見ると彼は頷いた。すぐにカバンから剣の柄の形の機械に接続した。

「コネクトするパーツは全部で3つある。少し思い出したんだな」

虎白を見た龍牙は頷いた。

「これはソードブレーカーのエアモードだね」

高野は首を傾げるが、冷や汗を流して苦笑した。

「龍牙は相変わらず自分で名前を付けるな。まあ、いい。でも、それでは今回はそいつは玩具だ。もっといいものを手に入れろ。ジョン-スチュワートという人物にあって発明品をもらえ」

「…ジョン-スチュワート?聞いたことがあるような」

「学会では有名な考古学の権威の学生だ」

すると、彼は首を横に振った。

「そうじゃない、もっと身近で。そう、…前回の戦いで一緒に戦ったような特殊な能力の持ち主、とか」

高野は賢明過ぎる息子に溜息を洩らした。

「まあ、そんなところだ。それと新しい神武具はすぐに完成させるから、早く帰って来い」

すると、龍牙は思い出したかのように瞳を輝かせた。

「否、ジョンに会わなくてもすぐに手に入るさ」

機械の剣を背後のバックパックに差し込むと、柄がはみ出していることを気にしないである場所に向かった。虎白は慌てて彼の後を追った。


5

 日を戻って金曜日。治巳は野球部の部活帰りで校門を通った。すると、恋兎が飛び出してきた。

 「あ、転校生」

 彼女は意を決したように言った。

 「あのう、治巳君はアポリオという力を持っているの。…突然、変なこと言ってご免ね。でも、大事なことなの。私の故郷に来て力を貸して欲しい。それが出来るのは治巳君、貴方だけなの」

 少しの違和感と龍牙の言葉で何かがあるのは分かっていた。

…しかし。

 彼は慎重に彼女を見極めようとした。

 「何故、俺は記憶をなくしている?」

 そこで、彼女は俯いた。

 「それは、詳しいことは言えないけど。かつて、同じことがあったの。子供の頃から訓練を受けて、私達はある戦いを終えた」

 恋兎はそう言って後ろを向いた。空には石のような月が浮かんでいる。既に秋が深まっているのだ。

 「その戦いでどうしても貴方達を護る為に記憶を封じるしかなかったの」

 「護る?おそらく、この街に集まって同じ高校にいることから、親連中は知っているんだな」

 彼女は済まなそうに囁く。

 「間違いが起きないように監視者の監視下に置かれたの」

 「それは黒いコートを着た、バンダナの大男か?」

 その言葉に驚いて恋兎はカバンを落とした。

 「知っていたの?」

 「一瞬、見ただけだ」

 その後、頬を掻いて困ったように言った。

 「いいぞ、行っても」

 「やっぱり…。え、本当?」

 「まあ、このまま、うやもやになるのも嫌だしな。全てをはっきりさせたい」

 笑顔を見せて振り返った。

 「よかった、あの街はお祭りをするの。少しは気晴らしになるわ」

 

 そこで、彼女は鍵をポケットから摘まみ出すと治巳に出した。

 「これは?」

 手を出すと彼女は鍵を治巳の手に乗せた。

 「武具よ。本来の姿は日本刀で、中に神様がいるの」

 「神様?」

 龍凰機がおもむろに声を出した。

 「我は絶界の存在、その娘の契約者である」

 頭に直に聞こえたバリトンの声に治巳は周りを見渡した。

 「今のは?」

 「龍凰機よ」

 その時、何かが近付いてくるのを感じた。

 彼は鍵をポケットに入れて振り返るとシルバーのスポーツカーがやって来た。

 「大丈夫、味方よ」

 恋兎の言葉に治巳は睨むように運転する男性に視線を注いだ。

 「監視者か?」

 「陣竜胆じんりんどうよ」

 彼は車から降りると空地の彼岸花を見て呟いた。

 「皮肉だな、彼岸花とは」

 そこで、恋兎は目を見開いて彼を見た。

 「ジン、貴方はファーストの体験者?」

 しかし、三白眼で一瞥して何も答えなかった。

 陣竜胆ことジンは銀色の髪をバンダナで纏い、金の瞳をサングラスで隠していた。

 刹那、彼は手を隣の屋根の上に向けた。手から波動が放たれて人影が降りてきた。

 「相変わらずだね、ジン」

 それはジョンであった。

 「ジョン-スチュワート。ものなら預かるぞ」

 そこで、彼はあるリストバンドを見せた。

 「これはドラグフィストというオーラコードを別の力に変換する神武具だ。ドラグホイールというロシェブラスター特融の心臓部を完成させることが出来たからな。ドラグモーターの小型化に成功できたのも、プロバンスの新しい発見のおかげだ」

 放り投げるとジンは受け取ってコートのポケットに入れた。

 「龍牙に渡せばいいんだな」

 「既に分かっているはずだよ」

 ついでに手紙も渡す。

 「使い方等が書いてある。彼なら分かるだろう」

 ジンが視線を落として思わずつぶやいた。

 「メテオカウンター?」

 「それは強大な攻撃に対しては作動していれば、自動的に攻撃を誘発して守ってくれるんだ」

 ふと視線を校門にやると、誰かと待ち合わせしている龍牙の姿が見えた。今までのやりとりを見ていたようだ。

 ―――暗黒の雰囲気が周りに廻った。

 ジンが振り返ると屋根から見慣れぬ黒いローブの人影が刀を構えてジョンに飛び掛かってきた。

 彼は光の物理障壁を張って受ける。恋兎は治巳を護るように下がった。

 「早く車へ」

 ジョンが叫ぶ。彼女達は後部座席に乗り込んだ。ジンは『敵』をジョンに任せて運転席に乗ると車を走らせた。

 気付くと龍牙がそばに来ていた。

 「誰だか分からないけど、助太刀します」

 手刀を翳して彼は囁く。

 「鉄牙移転てつがいてん

 龍牙は瞬間移動を一瞬ずつ移動しながら強化された手刀を放った。だが、ローブの存在は意表を突く場所に移動して攻撃をする彼の斬撃を簡単に受け流した。

 「オーラコードの斬撃か」

 黒ローブは手を広げる。すると、巨大な上の次元の存在を召喚した。

 「馬鹿な、無詠唱で憑代なしか」

 ジョンは光の魔法円を空に発した。

 「出でよ、古の龍王」

 その光の魔法円から巨大なエイシェントドラゴンが現れた。

 「ちっ、お前もか」

 ローブの男性はそう呟くと呼び出した大きな蜘蛛の上に乗った。

 「大丈夫か、ノガードで」

 気付くと我神棗あがみなつめが傍にいた。ジョンのホームステイ先の大学生であり、救世主と呼ばれるアストラルコードを使用する濃くSNOWCODEの血を継ぐ者であった。彼も言わばSNOWCODEの血の直系である。

 「上界では4天王と言われているが、元々はさらに捻じれの次元のエイシェントドラゴンの王だ。ノガードは伊達じゃない」

 ノガードはジョンに言った。

 「小さき者よ、我を呼び出すとは何事だ」

 彼は大蜘蛛を指さした。

 「あの男が上の次元の存在を呼び出した。あいつはこの世界に厄災をもたらす存在なんだ」

 彼は頷くと炎を吐いた。蜘蛛は蜘蛛の巣のバリアを張って防ぐ。

 棗は高く跳んで凄まじい波動を放った。蜘蛛の巣はあっさりと吹き飛んだ。

 「伊達に俺達は大陸で修行をしていないさ」

 彼が言うことや彼のことについては別の話。ここでは割愛する。

 龍牙は辺りを見回すと捨ててあったビニール傘を拾って構えた。

 「聖龍剣 素太刀。炎王斬」

 龍牙はオーラコードを高めた。一族の秘められし力を解放する。

 傘が振られる。その軌跡に炎が走る。

 蜘蛛は2本の脚で払うが凄まじいスピードで龍牙は避ける。

 「龍王剣は動で力強化だが、聖龍剣は静のスピード強化だ」

 ローブ姿がそう言った。蜘蛛は遅い脚の攻撃を止めて5つの複眼から光線を放った。ノガードはその光線ごと尻尾の鞭で弾いた。

 「下等な実存で何を考えている」

 自分が無視されて龍牙だけに注意を向けたことに、ノガードはプライドを傷つけられたのだ。

 「まずい」

 ローブの存在は跳んで隣の家の屋根に移った。ノガードがブレスノヴァを放つと大蜘蛛は一瞬にして消えて行った。

 「では、仮は返してもらうぞ」

 ノガードは消えて行った。

 棗とジョンは屋根の上の人影に視線をやる。龍牙はすぐに校門に向かって駆けて行った。待ち合わせしている友人の元に向かったのだ。

 「分が悪い」

 ローブの存在はそのまま姿を消した。

 棗はジョンに言った。

 「この件は君に任せるが、絶対に俺達は今回の件は関わらないようにしなければならない。例え、ファーストの経験者でもな」

 ジョンは無表情で頷いた。


6

 龍牙達が森の村に向かっている金曜日に、ジンが運転する車で治巳と恋兎は気まずい空気になっていた。

 治巳は記憶も失っていて、さらに能力も発揮出来ない状況である。その上、記憶を話してはいけない状況で何をしたらいいのか戸惑っていた。

 ジンの運転はかなり早く、首都高から高速道路に入って上がって行く。彼の凄まじいスピードでも彼女の地元に一向に着かない。既に日は落ちている。インターを降りて山道を走って行く。

 沈黙の中、しばらく進むと山の中に似つかわしくない栄えた街があった。新興住宅地であるが、大通り1本しか面していない。3方は山に囲まれているような田舎街であった。

 「ここが廃村から移住した街?」

 「何か、文句あるの?」

 「いやいや、意外に田舎だったから。…すると、廃村はさらに」

 「もう、いいでしょ」

 彼らは4階建てのマンションに到着する。

 「いいか、彼岸花地区の北の神社には行くな」

 そう言い残してジンは去って行った。

 …それが何を意味しているのかは、今の彼らには分からなかった。

 ペントハウスに到着すると治巳は南に遮る巨大なコンクリートの壁が伸びているのが遥か遠くに見えた。

 「あれは?」

 恋兎はソファに乗って寛ぎながら答えた。

 「私が引っ越してきた時からあるけど、かなり古いみたい」

 不気味なコンクリートの壁は街の南側を伸びている。

 …この建築物については今回の物語には語られない。

 「そうだ、お祭りがある昔の村に行かない?神降りの地で素敵な場所よ」

 彼女は治巳について街の西に向かった。繁華街から古びた街に入る。その北に向かうと不気味な橋があった。

 「この先は山があって神社があるの」

 「あの人が行くなって言っていた?」

 彼女は髪を掻き揚げて山を見上げた。

 「もしかしたら、ここがファーストパンドラパンデミックが起こったのかもしれないわね」

 そして、踵を返して彼女の家に戻ることにした。


 翌日、彼女達は街の入口のバス停に座っていた。

 「バスが2時間に1回とはな」

 「慣れれば平気よ」

 バスの時間に合わせてきたので、すぐにバスに乗った。バスは大通りに出ると、山の北に向かった。そこにさらに大きな新興住宅地があったが、その先の森の脇のバス停で止まった。

 バス停の傍に森の中に向かう道があり、その先に廃村があった。

 恋兎は立ち止まって目を見開いた。

 「何故、どうして?」

 廃村である村に数人の人間が生活をしていた。胸騒ぎを抑えながらゆっくりと湖に向かう。

 「祭りで人がここに集まったんじゃないか?」

 治巳の声は彼女の耳に届いていなかった。確かに知り合いなら、彼女はこれほど驚かないだろう。

 住民の1人が恋兎達に気付き、向かってきた。彼女はすぐに再び発生した大鬼の仕業だと感じて後ずさった。

 そこに龍牙と虎白が森の村からの橋から駆けて来たのが見えた。

 龍牙は背中の剣を構えるとオーラコードを込めてドラグモーターを起動させた。と同時に家の屋根からジンが飛び降りて恋兎の前に降りた。

 「時間を稼いでくれ」

 彼はサングラスの奥の三白眼で龍牙を一瞥すると、ジョンから受け取ったドラグフィストを投げた。彼は空いた左手で受け取るとまじまじと見た。

 「ジョンの開発した道具か。ドラグモーターの小型化が見事だ。と言うより、新しいシステムか。ロシェシステムとでも言うのか」

 龍牙は感心しながらも、巨大な機械剣、ソードブレイカーを起動させ続けた。虎白は龍牙を守るように村人が来ないように前に立って構える。

 ジンは波動を放つ。村人は弾かれて地に伏せた。やっと、起動が完了すると、剣を地に向けて高く跳んだ龍牙はドラグフィストをポケットに入れて両手で構えて振り上げた。

 着地と同時に振り下ろすと、強烈な風の刃が村人に向かった。それを突如現れたローブ姿の人影が抱えて右手で受け止めた。それでも2mは後ろに滑った。

 「ちっ、また邪魔が入ったか。その力、風か?まあ、いい」

 彼はすぐに姿を消した。

 ジンは警戒を解くと龍牙に言った。

 「これからはお前達の戦いだ。俺は力を貸せないが、依然のように何とかしろ」

 そう言葉を吐き捨てるとジンも姿を消した。

 「ジンの力、エターナルコードだ」

 龍牙が記憶を取り戻しつつあるようだった。

 剣を起動させたまま、恋兎達に近付いた。

 「貴方達も来たのね」

 「村の山燃節だからな。当主としては帰らなくてはならない。とにかく、この村は危険だ。森に来るんだ」

 4人は森の村に繋がる橋に向かった。しかし、そこに数人の村人が立ちはだかった。明らかに正気ではない。

 「過去の戦いとは、一体なんだったんだ…」

 龍牙はそう呟くと剣を構えた。

 そこで、彼はふと思った。

 「そもそも、今回の件と前回の件、ファーストは同じものなのか?」

 恋兎は言った。

 「今、そんな言っている場合ではないでしょ」

 彼らは住民を避けて駆け出した。

―――操っている者がいる。

龍牙はローブ姿を探した。しかし、どこにもいない。住民がもし操られているのであれば、傷付ける訳にいかない。

「この街に手を出せない」

ふと、奇妙な感覚を覚えた。背後の湖に視線をやると、そこに淡い光が発せられていた。

「阿吞?」

恋兎がそう呟いた。

全員の脳の中に声が直接響いた。

「ネクロマンサーは屋敷の蔵にいる」

彼女はすぐに旧長老の屋敷を見た。

「こっちへ」

彼女は駆け出した。龍牙達も後を追って駆け出した。虚ろな瞳の住民は彼らを追ってきた。街の路地を駆け抜けて大きな屋敷の門に飛び込んだ。左手の蔵に来ると、鍵を龍牙が刀印を組んで鍵穴に向けた。

「開錠突」

鍵は一瞬にして開く。それを取ると重いドアを開けた。

中はカビと埃の匂いが鼻についた。土埃が舞い上がる。4人は中に足を踏み入れると、急に床が抜けて洞窟のような場所に落下した。

咄嗟に龍牙は剣をしたに向けて波動を放って恋兎の手を取った。治巳と虎白は足と尻を強か打った。

「痛え」

2人は呻いた。龍牙達はゆっくり降りた。

「ここは?」

その時、上の床の穴が突然、塞がった。

3方は岩に囲まれ、1方は牢屋のように岩の格子が竪に走っていた。

「やあ、よくきたね」

ローブ姿が微笑んでいた。

龍牙は剣を構えたが、すぐに彼は牢の入口から瞬時に彼の前に移動した。

「そうはさせないよ」

彼は剣を造作もなく奪った。そして、入口から出ると鍵を閉めた。

ソードブレーカーを牢の前にある机に立て掛けて椅子に座った。

「ここはね、昔の神を護る一族が鬼を封じる為に用意した場所さ」

恋兎は格子を掴んだ。

「貴方が最初の戦いの生き残り?」

すると、彼は目を見開いた。

「そうか、君達はあの時の子供戦士か。…しかし、今の君達は能力を駆使してもそこから出ることは出来ない。オーラコードは機械や剣がなければ力は出せない。アポリオはその岩に含まれるテモテに強力な力が与えられた封印によって無効化される。アストラルコードは波動や異空間発生では牢を破壊出来ない」

大鬼を封じる牢だ。そう簡単には出られないだろう。能力封じやそれなりの強度があるだろう。彼の目的は何なのだろうか。

廃村にどこから連れてきたのか人々を住まわせて操っている。

 「阿吞がネクロマンサーと呼んでいた。もしかしたら…」

 恋兎がそう独り言を言うが、他の誰も言葉を発しなかった。

 早くしないと、祭りで恋兎の故郷の住人が集まってきてしまう。彼女は焦っていた。

 「じゃあ、祭りを楽しんでくるか」

 彼は姿をまた消した。

 「あの速さは能力か?」

 虎白の言葉に龍牙は首を横に振った。

 「あれは瞬歩だ。能力を使っているかもしれないが、体術に近い」

 そして、冷静にドラグフィストをはめると振り下ろして力を高めた。ロシェシステムを発動させる。回転がある程度早まると安定する。ホイールから不思議な力が発生する。

 「これでオーラコードをアポリオに変化させた」

 恋兎に顔を向けると、手を出した。

 「え」

 「鍵を貸してくれ、それは剣だろう」

 彼女は首を振った。

 「ダメ、アポリオを使えたとしても、ここはアポリオを通さない岩盤だよ」

 「だから、剣が必要なんだよ。アポリオで剣に変化させるだけさ」

 「剣でもこの岩は切れない」

 彼は溜息をついた。

 「オーラコードは森のロストテクノロジーを作動させるだけじゃないんだ。前回は見せていないけど、略式詠唱で剣技術式を使役出来るんだ」

 「でも、オーラコードで腕輪を動かして、さらにアポリオで剣にして、その剣術を使うとでも言うの?」

 「ドラグフィスト等のドラグモーター系は安定させれば、息をしているようにほとんど意識しない程度のオーラコードで起動させ続けることが出来る。起動させる時はそれだけで精一杯だけど。アポリオで鍵を剣にするのも同様だ。問題は2つの剣術を使わないといけないが」

 しかし、龍凰機の宿る神武具の大事な鍵を貸すことは出来なかった。もし、何かあっても困るからだ。

 「じゃあ、この場を納める自信は、神降にはあるんだろうな」

 龍牙が吐き捨てるように言うと、恋兎は困ったように俯いた。

 戸惑う彼女を助けるように、龍凰機が声を出した。

 「良いだろう、しかし、アポリオを十分に使えるのだろうな」

 「鍵を剣にすれば分かるだろう、上の次元の存在」

 彼女がポケットから古びた鍵を取り出すと、龍牙の手のひらに落とした。

 彼はそれを握るとドラグフィストに力を注ぎ、アポリオを最大限に高めた。すると、鍵が刀の姿に変化した。

 

 刃に力を込めると、オーラコードを高めた。

 「龍王後炎剣りゅうおうこうえんけん硬地こうじ

 すると、日本刀は硬化された。

 さらに構えてオーラコードを高めた。

 「大撃斬たいげきざん

 踏み込んだ足の地がクレーターのように陥没した。次に強烈な一撃が牢の入口に炸裂した。

 入口の鍵は激しく破壊された。

 刀を鍵に戻した龍牙は恋兎に鍵を返した。

 「ありがとう」

 牢の前にあるソードブレーカーに手を掛けた時、ローブの姿が舞い降りた。

 「まさか、そんなものを持っていたとはね」

 しかし、振り返り様に剣を振った。圧縮空気の真空の刃が放たれた。

 「馬鹿な、発動に力と時間がかかるはずだ」

 ネクロマンサーは咄嗟に後ろに飛んで避けたが、頬に一筋の血が走った。

 「ドラグモーターは息をするように軽く動きを保てる。しかも、作用距離は10kmだからずっと起動を保っていたんだよ。モーターが回り続けていたのに気付かないお前の負けだ」

 彼は笑った。

 「それで俺に勝てるとでも?」

 彼は大鬼の姿に変化した。

 「…お前」

 「シャドウさ」

 彼はそう言って、右手を龍牙に向けた。

 凄まじい瘴気が放たれた。龍牙はソードブレーカーを下に向ける。

 「斬技けんぎ 回転斬かいてんざん

 剣の力で高く舞い上がりながら回転し、天井を蹴って瘴気をかわしつつ剣を構えた。

 「即風威そくふうい

 剣をシャドウに向けると瞬間移動のようにそれを胸に刺した。しかし、ローブだけを貫いただけであった。

 「月火げっか

 炎を纏ってローブの先に進み剣を振り抜いた。シャドウは腕でそれを受けた。

 その姿は人間とそっくりであった。

 「それが実力か」

 シャドウという存在は波動を放った。

 「瞬閃しゅんせん

 波動を大きく避けて回って背後に行くが、そのスピードは瞬きよりも早かった。

 「螺旋昇らせんしょう

 背後から回転しながら跳んで剣を放った。

 しかし、波動を放った隙があるのに既に剣の上を跳んでいた。そこに意外な方向から波動が放たれた。敵は空中で直撃して天井に激突した。

 それを放ったのは虎白であった。

 「無意識に感情の高ぶりから埋もれた力を開花させたか」

 天井から下りたシャドウがそう呟いた。アストラルコードを使った虎白はさらに力を高めた。周りの空気が張り詰めていく感覚が広がって行った。

 

7

 シャドウの他の存在が蔵の奥の次元が不安定な場所から侵入し始めた。

 「蟲の封印が解けたのね」

 恋兎は天井を見ながらそう言った。龍牙は剣を振った。真空波が放たれたが、シャドウは手で払った。

 と同時に奥の階段から多くの存在が雪崩込んで来た。

 「シャドウ、ただの人間に何を手こずっているんだ?」

 巨大な人形の存在が前に進み出た。

 「シャドウでも強えのに、こんなに敵が出て来るは…」

 虎白は冷や汗を流して後ずさった。

 「仕方ない、これを預けるわ」

 恋兎は鍵を龍牙に渡した。

 「大丈夫、その為に森の民がいるんだ。僕と違いオーラコードは少なくても戦うことは出来る」

 そう言って鍵を刀にすると、思い切りアポリオを高めて刃を光らせた。そして、大きく振った。光は弾になって空間にぶつかり大きな時空の割れ目が出来た。

 「龍凰機!」

 暗黒の空間でドラゴンの眼が光った。

 龍牙が呼びかけるとその中からドラゴンの機械が現れた。それは完全に姿を見せると、銀色のつるっとした飛行形態に変化した。そして、鎧に変化して龍牙に装着した。

 刀を鍵に戻して腰に差して収納した。

 翼を広げて凄まじい姿で狭い空間を跳んで移動すると、シャドウの背後に移動した。右手の下からトリガーの付いた柄の環が回転して出た。それを握ってトリガーを引くと光の刃が出た。左腕の両脇から小さな鉄板が2つ出て合体すると、そこから光のシールドが発生した。

 剣を振るったがそれもシャドウは受け止めた。楯を前に出して体当たりすると、バランスを崩したシャドウに剣を振るった。

 シャドウは苦悶の表情を見せた。と同時に光の剣と楯を納めて手の甲の元の腕を開けて二重砲を出して光を溜めて放った。

 それはシャドウを直撃して爆発した。跳んで地面に倒れたシャドウをさらに先ほどの剣の環を出して反対から銃身を出して接続する。銃身が伸びてライフルになるとトリガーを連射した。光の銃弾が雨のように放たれる。シャドウは消滅した。

 「この機械の鎧はスピードタイプだけど、火力が弱いようだ」

 龍牙が独り言を言うと龍凰機が言った。

 「次が来るぞ」

 巨大な先ほどの敵が拳を放ってきた。それをさっと避けて銃を連射した。彼は動体視力が良いのでほとんどが命中する。

 「動きが鈍いから狙いが付け易い」

 どんなに撃っても大柄の敵はダメージを受けている気がしなかった。

 「まずい、攻撃が無効化されている」

 「否、効いていないのではない。あやつの皮が厚いだけだ」

 すると、巨大な敵は凄まじい炎の弾を放ち、龍牙の右腕に当たった。龍凰機の鎧が取れてドラグフィストが外れて宙を舞った。

 アポリオを使用出来なくなった龍牙は鎧が外れて地に激突した。

 ゆっくりと立ち上がり、ソードブレーカーを拾って構えた。

 「ここは逃げるぞ」

 鍵に戻った龍凰機は恋兎の手に落ちた。

 龍牙は剣を振るうと強烈なエネルギーが敵の集団に放たれた。

 その隙に龍牙は床に剣を突くと凄まじいエネルギーを放って全員を天井の穴に飛ばした。蔵の中に戻ると外に飛び出した。

 しかし、敵達が追ってきた。もう、万事休すと思ったその時に屋根から2人の女性が降りてきて彼らの前に構えた。

 「私達はエクソシストです。教皇の命により蟲を狩りに来ました」

 「蟲?」

 龍牙は首を傾げる。

 「彼らはアスタロットの鬼と言えるべき存在。それを我々は蟲と呼んでいます」

 そして、彼女は人差し指と中指を立てた。

 「その剣技、森の民か?」

 「いいえ、私達は無詠唱です」

 そして、刀印を構えて1人が駆け出した。そのまま、あっさり大柄の敵を弾き飛ばした。それは空中で回転して着地すると、剣を抜いた。

 剣を刀印でつばぜり合いをする少女は、後ろから刀を取り出して切り付けた。途端に巨大な蟲は倒れて動かなくなった。

 「この刀は『蟲狩りの太刀むしかりのたち』と言うものよ」

 それを構え直して、さらに押し寄せる蟲達に立ち向かった。

 

 2人の少女に助けられた龍牙達は面目なく、蔵の前で佇んでいた。ショートヘアの無愛想な少女は蟲狩りの太刀で次々と蟲を倒していき、ロングヘアの大人しそうな少女は次元の穴に結界を張った。

 彼女達が仕事を終えて出て来ると、口を開いた。

 「貴方の力は私達、エクソシストの力です。パパ様、教皇の命により、その神武具の使用出来る能力の使い手の貴方を迎えに来た」

 アスタロットと契約をして禍々しい力、アポリオを手にした集団よりマヌエル教が動き出したのだ。

 「神武具の?」

 「貴方は勘違いしているようですね」

 ロングヘアの少女、ハンナは目を合わせずに言った。

 「貴方が名付けた能力、オーラコード。何だと思います?」

 龍牙は少し考えて答えた。

 「森の民が持つ力?」

 彼女は首を横に振る。

 「森の民、それは別次元から移行してきた存在。剣技は全員使えますね」

 「確かに。でも、オーラコードを濃く受け継いでいるのは本家の…」

 そこで、龍牙の言葉に重ねてハンナが話し出した。

 「龍牙さん、貴方ですね。でも、過去の遺産を動かすオーラコードは剣技とは関係ありません。貴方達の次元の者の力は剣技の能力。でも、まともに遺跡の機械を使えるのは貴方だけ」

 彼女は指輪を見せる。それには緑の石が回転していた。ショートヘアのヨナが蟲狩りの太刀を抜いた。柄に付いているドラグモーターが回っていた。

 「ど、どうして、ロシェシステムを使える?森の民の後継者の俺以外で…」

 ヨナはドラグフィストを放り投げてその疑問に答えた。慌てて受け取ると龍牙はドラグフィストを腕にはめた。

 「オーラコードは貴方の一族の力ではない。森の民は異界より来た剣技の能力の持ち主で、君達一族と共に暮らすことになった。だから、血の混じった貴方は両方の力を使えるのだ。ただし、混じっている為に力が弱い。ここにいた原住民の力。他の村の人は原住民の血を引いていないか、血が薄いから貴方の家族以外はオーラコードが使えないって訳」

 さらに彼女は続ける。

 「ここにいた原住民ってのがエクソシストの一族、ジューダス-イスカリオットの13使徒のガドの子孫なのよ」

 理解出来ないが、それが凄いことであることは龍牙にも分かった。

 「でも、ガドの子孫はエジプトからヨーロッパに移った者とアジアに渡った者がいて、貴方達がアジアに移った人達です」

 ハンナがそう言って、指輪のドラグモーターを止めた。封印の指輪はまさしく遺跡の機械と同様であった。

 「主、エマヌエーレに対抗する連中がアスタロットと契約した邪教の集団、コディトによってここの異界の不安定な穴が開いてしまったのです。その穴から出た蟲により、ある大変なことが行われました」

 次の瞬間、ゾンビのような人々が屋敷の中に入ってきた。

 「ネクロマンサーのシャドウを倒したのに、何故、あいつらは戻っていないんだ?」

 虎白がそう口走ると、剣を構えて龍牙が言った。

 「そうじゃなかったんだ、彼らはコディトっていうアスタロットの契約者だろう?」

 龍牙の言葉にヨナは頷いた。

 「アスタロットは無界という次元の悪魔のようなもの、その契約者は悪魔信仰者ね」

 すぐに彼らが襲ってくるが、龍牙のドラグフィストのカウンター機能、メテオカウンターが働いた。空から小さな光が降ってきて彼らの動きを止めた。

 「アスタロットとかならまだしも、人間を倒すことは出来ない」

 龍牙の言葉に恋兎は首を振る。

 「でも、早くしないと住民が祭りに来てしまう」

 柔道、合気道、剣道に長けていた治巳は、唯一、能力を発揮出来ていない引け目から駆け出してコディト達を倒し始める。

 そこに龍牙の父親が現れた。彼は赤い飛行形態の機械を持ってきていた。それに乗って飛んでコディトを越えて龍牙の近くに降りた。

 「これは龍凰機とそっくりだ」

 龍牙がそういうと、ハンナが口を開いた。

 「彼は我々のロシェに召喚したものですから。上の次元の存在が機械のはずないですよ」

 そして、赤い機械は鳥のような姿に変形した。

 「これにはまだ何も召喚されていないが、何かの役に立つだろう。子供の頃のアスタロットの鬼を倒して封印する為の戦いと違い、今回はアスタロット本体が召喚されたからな」

 龍牙の父親は全てを知っているようであった。ヨナがそれに続ける。

 「今回はコディトがアスタロットを全員で召喚したんだけど、それが強い奴でアポリオの力をもらうと同時に操られてしまったのよ」

 サバドで自らの望みを絶望に変えてしまったのだ。彼らはアスタロットから授かった力で襲ってきた。

 「ヨナ」

 ハンナが叫ぶと彼女が詠唱を唱えた。

 次の瞬間、周りの地面に魔法円が光り出した。

 「事前に用意しておいたのです」

 ハンナがそう言った。魔法円の中のコディトは封印されて蒼い結晶の中に閉じ込められた。

 「貴方達は、今回は無力です。特に治巳さん、能力を使用出来ない状態では足手まといです。恋兎さんと控えていて下さい。ここは私達エクソシストが何とかします」

 そして、2人の少女は龍牙と彼の父から受け取った機械を持って森に向かった。

 

 森の奥に奇妙な教会が立っていた。それは龍牙も知らないものであった。

 「これは?」

 ハンナが静かに答える。

 「聖ジルバ宮です。アシュベル司祭に会いに来ました」

 教会の入口まで来ると、入口が開いて中から青年が姿を見せた。

 「初めまして、預言者アシュベル-シオンと申します。どうぞ、中へ」

 聖堂の中は静まり返っていた。

 「ここからは龍牙さん以外は退場してもらいましょうか」

 そこで、恋兎、治巳、虎白はハンナ達に連れられて外に出て行った。

 アシュベルはゆっくりと祭壇に向かっていき、振り返らずに前の壁に描かれているセフィロトの樹を眺めた。

 「さて、何から話せばいいか」

 「昔の蟲の話をお願いします」

 彼は振り返って口を開いた。

 「あの廃村には次元の穴があります。そこからある存在がこの世界に現れました。しかし、命を落としました。ところが、近くの街に上界の秘宝、パンドラの箱がありました。それがファーストパンドラパンデミックを起こしたのですが。その箱の影響で、その存在が復活してしまいました。本来は箱が開けられた時に死者が復活してしまうのですが、その存在は強力な力を持っていたので、箱の中のエネルギーを感じることが出来たからです」

 「それを倒したのが、小さい時の能力者を集めた戦争という訳ですか」

 「まあ、そんなところです」

 「その復活したものと、今回は復活をしていない異次元の悪魔は同じものですね」

 そこで、アシュベルは怪訝な表情になる。

 「だから、大変なんです。蟲達の目的はアスタロットの復活です」

 ふと、祭壇の上にあったものを手に取った。

 「これはロシェシステムです。貴方の祖先が開発した絶界の存在と契約して、その力を使役する為の機械です」

 「おそらく、その機械は森の民の能力をアルファオメガに変化させる装置ですね」

 彼は振り向いて微笑む。

 「流石、森の民の主」

 それを起動させてドラグモーターを回した。安定するまで1分はかかるだろう。

 「さらに、この機械は恐るべき機能があります。機械から能力だけでなく、自分自身に召喚させて絶界の存在の力そのものを使うことが出来るのです。尤も、理論だけでそれを可能にした存在はいませんが」

 「それを僕にやれと」

 「無理にとは言いませんが、一番可能性があるのは貴方です。アポリオを使用する彼らとは違い、機械を最も最大に使役出来る存在です。我々、エクソシストはアポリオしか使えないので、アポリオでロシェを使用するのは効率が悪く厳しい鍛錬が必要なのです」

 龍牙は父よりもらった赤い飛行形態の機械を床に下ろした。

 「これにも絶界の存在を召喚させれば…」

 アシュベルは持っていたロシェシステムを赤い機械の蓋を開けて接続させた。

 「さあ、これを使って下さい」

 そして、隣の部屋に誘った。

 「さあ、契約の間へ」


8

 その部屋は厳かな雰囲気に包まれていた。下には魔法円が描かれていて、周りに奇妙な文字が描かれている。

 「1つ分からないことがあります。何故、森の民でないエクソシストがロシェを使えるんですか」

 そこで、アシュベルは指を鳴らした。魔法円が光り、中央にある赤い飛行形態の機械が光り出した。

 「エクソシストは信仰主の最高神である父、エマヌエーレの加護を得ています。そのエマヌエーレは限られた私達にある能力を下さったのです。直接、アルファオメガの能力を。その結果、ある者は耐えられず息絶え、ある者はロシェを使うことが出来ました」

 赤い光は巨大なドラゴンの姿になった。飛行形態は変形してドラゴンの姿になる。

 「お主の名は」

 「龍牙」

 「ほう、珍しい。預言者の天啓を受けた者の末裔か」

 「力を貸してくれ。今の自分は無力だ」

 「では、今は仮に力を貸そう」

 周りの光は龍牙を包んだ。魔法円が眩く光って消えた。

 「これで契約完了です」

 アシュベルは次に指を上に差した。

 「次は本体召喚の練習です。貴方なら出来ます」

 教会の屋根裏に奇妙な部屋があった。何もなく真っ白であった。

 「ここは近くに次元の不安定な場所があるお蔭で精神、能力を高められる場所なんです。瞑想して力を高める練習をして下さい。コツを掴むと彼の霊体を感じて発することが出来ます。さらにアルファオメガを安定させれば、その力を具現化させられます」

 龍牙は修行を始めた。


 既に夜になっていた。

 廃村ではコディトはエクソシストが退散させたようだった。

 しかし、何故か廃村には住民が存在していた。全ての家ではないようであるが。

 移住した住民が集まり、祭りが始まった。

 それはまるで何もなかったかのような一見平和な、しかし不気味なものであった。

 神早見家の分家の御三家の1派、春日野龍輝かすがのたつきは森の民の長老から本来、龍牙に渡そうとしていたロシェの武具を受け取っていた。

 「これは?」

 「本当は龍牙に渡そうとしていたのだが、彼はエクソシストの教会で修行を開始したので、代わりに渡そうと思ってな」

 彼は受け取って、微笑みながら囁いた。

 「分家でも一応、オーラコードを使用出来ますからね」

 「山熱節なのに悪いな、修行で力を得た龍牙がパンドラの箱の処理をするから」

 彼は溜息をついて髪を掻く。

 「…分かりました。しかし、蟲や大鬼ならまだしも、アスタロットは手に負えません」

 「龍牙の影でして裏の仕事をさせている関係上、知識と力は龍牙以上である龍輝なら問題あるまい。アスタロット相手でも引けを取ることはないだろう。…龍牙よりはるかに力を持つ龍輝なら大丈夫だろう。分家でなければ、おそらく間違いなく一族最高の…」

 龍輝は手で長老の言葉を制した。そして、剣の柄を握って言った。

 「箱舟アークはまだ?」

 「発掘されていない。その件は我々に任せてくれ」

 彼はロシェ武具を仕舞って言う。

 「僕が死ぬ前に見つけて下さいね」

 「分かっている。難儀だが、頼む」

 彼は大荷物を持って、頭を下げた。


 預言者はフランス中部のある山脈にある教会で祈っていた。彼は聖ハバククと言って預言者の最後の後継者である。

 しばらくすると、静寂の中で背後から人が入ってきた。

 「虚界の存在の声を聴くことが出来るというのは、貴方ですか」

 彼はそのままの姿で背後の声に囁いた。

「天啓は選ばれし者しか伝えません。残念ですが、お帰り下さい」

すると、気配が近付いてくる。

「もし、アルドの黙示録が発掘されたとしたら」

 そこで、彼は振り返り目を細めた。

「貴方は?」

「これは申し遅れました。私はケテロンと言います」

そこで彼は目を丸くした。

「何故、イスカリオットの1柱がここに」

ハバククは膝をついて頭を垂れた。

「流石、預言者。私を一目見て正体が理解出来るとは。今、アークを発動しようとしているアスタロットが日本にいます」

「ここにあったということは、アルドの黙示録にはあの悪魔の機械についても記載されていますね」

「しかも、それをアラン-スチュワートの子孫が手にしました。世界の、次元の危機はすでに目の前です。生憎、これ以上に次元の調和を崩す訳にいかないので、我々はこの次元に手を出せません。そこで、貴方にお願いします」

しかし、彼は首を横に振った。

「私もそれだけの力を持っていません。しかし、その黙示録に関係するなら、天啓の選ばれし一族の長老にメールしておきましょう」

彼はそう言って、立ち上がると目の前にケテロンの姿はなかった。すぐに事務所に向かっていき、パソコンを立ち上げた。


 長老は龍輝にスチュワート家の子孫より、アルドの黙示録奪還を伝えた。森の集落から出ると龍輝はある街に向かった。

 特に指令を実行するのは初めてではなかったので、不安はなかった。

 一方、龍牙は修行で体内にエネルギーとペルソナを受け入れる感覚を得ていた。

「ドラグジハードが始まろうとしている」

アシュベルはすぐに一つの機械を取り出した。

「この中には下級の虚界の存在が封印されています。これでまずはロシェを使わずに召喚を出来るように練習をして下さい。もう、時間はありません」

アシュベルの手には拳銃のような機械が存在していた。

「本来はオーラコードを込めて量を調整してエネルギー波を放つ機械なのですが、その中には空間変換器が組み込まれています。それを放つと異界の存在が出てきます。それには虚界の下級の存在が入っています。無界でいう鬼や蟲のような存在です」

まず、ドラグモーターをパワーコードで回す。時間がかかるが他の機械と変わらなかった。しばらくするとモーターは安定してドラグミストがゲージに満たされていく。そこで、ブラックボックスがミストの飽和状態で機能する能力を発揮する。

トリガーを空に放つと光の弾が宙に当たり、空間に穴が開いて中から緑の飛行形態の鎧が現れた。そこで、赤い龍型のロシェをもらったことを思い出した。

「あの可変形の鎧に虚界の存在を召喚して入れるのか…」

そう呟いた。

「まずは契約をしましょう、そうすれば、力を貸してもらえます」

アシュベルの言葉に頷いた。

「同じような鎧を着て使ったことがあるから分かります」

そして、機械がトカゲのような姿に変化した。ドラゴンリザードというべきだろうか。ただ、背には蝙蝠のような翼がついている。

「我に勝ってみよ。さすれば、力を貸そう」

口を開かずにテレパシーでそう言った。

「そっち系か」

そう呟くと、龍牙は膝を曲げて態勢を低くすると、作動中の背中のソードブレーカーを抜いて構えた。

そして、息を止めると地を蹴った。

刹那、リザードに跳んだ。剣を振るが、相手も上の次元の存在である。軽く避けて上空を飛んだ。だが、地に剣を向けて思い切り上に跳んで体当たりをする。

態勢を崩すリザードに剣を振ると、波動を食らって天井にめり込んだ。

「流石、ゼブルンの騎士だ。よかろう、我を遣うがいい。我の真名は蒼龍そうりゅう


鎧に変えて装着すると、素早い動きをした。スピード系であることは分かるが、龍凰機のように武器は装備されていないことが分かった。

それはソードブレーカーを使用すればいいのだ。

「でも、神武具は父親が発掘しているだけでは?」

アシュベルは首を横に振る。

「我々はある場所に存在するロシェを手に入れています。蟲狩りの太刀のように。それをある方にも渡したはずですが…、貴方に渡っていないということは別の方に使命を託したのでしょう。ここでの件が片付いたら、いずれ合流するでしょう」

そこで、龍牙は同じ力を持っている森の民とすると分家であり力のある龍輝であると推測した。彼らの一族は同じ年代の男女は同じ漢字の1字を付ける。だから、「龍」という漢字が含まれているのだ。

「そのロシェのオリジナルはどこから?」

アシュベルは指を森の村に向けた。

「地中にあるところからです。貴方達が発掘しているのは、それから零れたものです」

それが何を意味しているのか理解出来た。

「それでは、修行の成果を見せて下さい」

神父の言葉に龍牙は頷き、精神を高めた。すると、鎧型ロシェに宿った蒼龍は精神体になって分離して龍牙の体に入った。

「憑依召喚が成功ですね」

アシュベルがそう言った。

龍牙はすぐにオーラコードを高める。すると、蒼龍の力を発揮出来た。炎の弾が手から放たれた。

赤い飛行形態のロシェと蒼龍の緑の飛行形態を拳銃型ロシェの中に入れた。鎧型ロシェを撃つと空間の穴に吸い込まれていったのだ。

「既に真夜中になっています。これから祭りに向かってパンドラを回収して、復活した大物を葬ります」

「あれは亡くなった人間の復活で再召喚されただけです。アスタロットを精神体にして上に戻して下さい」

彼は頷いてソードブレーカーで森の村に飛んで行った。

 そこで、龍牙は思い出して、恋兎とジョンからもらったテモテを取り出した。そして、握り絞めて力を込めると光り出し、昔に拾った鍵が輝いて錆が取れて新しくなって蒼い結晶に包まれた。

 「聖武具が復活した?」

 彼はそれを握るとドラグフィストでアポリオを発生させるがテモテで封印されているので、武具の形態に変化はしなかった。

 廃村に着地するとソードブレーカーを背に納め、蒼い結晶の鍵に力を入れると中から白いドラゴンが現れた。

 「封印を解いてくれて感謝する」

 龍牙はポカンとしていると、ドラゴンはさらに彼の脳の中に声を響かせた。

 「私は依然、その聖武具に宿った絶界の存在である。しかし、不覚にも呪術の封印により封印されてしまったのだ。その呪術をその青き結晶で封じて我はその武具から出ることが叶ったのだ」

 テモテの封印で封印を封じた、ということを龍牙は若干混乱した。しかし、新たな契約のチャンスである。封印された聖武具を放り投げて契約を求めることにした。

 「契約をして、一緒に戦って欲しい」

 そこで、ドラゴンは全てを見抜くような瞳で龍牙を眺めて口を開いた。

 「良いだろう。我が通り名は百尾巻ひゃくびかんである」

とりあえず、赤い鎧のロシェを取り出すとそれに憑依した。途端に赤い飛行形態の鎧は白く変化した。そのまま、銃型ロシェ、エリアキーパーに収納するとアシュベルの下で修行をした憑依召喚を試みた。

オーラコードを高めて息を深く吸った。すると、百尾巻の精神体が龍牙の体に召喚された。そこで、彼は腕を振ると波動が発生して木々が大きく揺れた。

主要な能力は不明であるが凄まじい力を感じた。


9

 森の木々の上でジンは祭りを見ていた。そこに斬月が跳んできた。

 「どうだ、状況は」

 ジンはランダムではあるが、未知の事実を知ることが出来るのだ。

ジンは目を閉じて現在の状況を整理した。


 ファーストパンドラパンデミックで人間が復活。そこにアスタロットが憑依する。子供の頃の龍牙は修行をして集団で応戦する。パンドラの箱は回収されて宿った人間が死に戻りアスタロットは上の世界に戻る。

 蔵に次元の穴があく。蟲が多数発生。ネクロマンサーが色々行動して旧日本帝国軍施設から上界のパンドラの箱を持ち出し、廃村でセカンドパンドラパンデミックを起こす。以前に宿り主が亡くなったアスタロットを復活させる。蟲はエクソシストに対峙され、次元の穴は封印された。復活したアスタロットはアークの復活を目指す。

 そのアスタロットは過去にアルドの黙示録を南仏に隠す。それをアラン-スチュワートの子孫に見つかり森に向かった。その黙示録はアークシステムの復活のキーである。


 コディトはサバドでアスタロットを復活させる。力を貸してもらうはずが逆に彼らはアスタロットに操られる。ゾンビのようになって廃村に押し寄せるが、龍牙やエクソシストにより憑依を解除、コディト達はエクソシストに囚われた。

 召喚されたアスタロットは依然、姿が見えない。


 アークの方は龍輝が向かった。龍牙はパンドラパンデミックの収拾に向かうことにした。恋兎達もその為に動いていたのだ。

パンドラの方は龍牙か恋兎達が何とかするだろう。


 問題はコディトが召喚したアスタロットである。どこで何をしているのだろうか。

 その一通りを簡単に話した。


 「では、俺はそれを片付けよう」

 そのひょうひょうとした斬月の表情にジンは顔を曇らせた。

 「大丈夫か、創生神話の大元の1つに関わる大きな仕事を小さな力でやるのだからな」

 しかし、彼は後頭部を掻いて微笑む。

 「まぁ、なるようになるさ。そっちはそっちで後片付けを用意しておいてくれ」

 斬月は手を上げて高く跳んで姿を消した。


 各々の活動が今、始まろうとしていた。

 それは、また次の話で。


続く


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