背を向けた彼女
背を向けた彼女
美咲は生まれつき体が悪く、入退院を繰り返していた。
しかし、最近になって容態が急変し、寝たきりになった。
何度も何度も僕に弱音を訴えた。
最初のころは励ましの言葉をかけていた。
でも、その言葉も美咲にとっては苦しみにしかならないと悟った。
美咲の家族から、もう長くないと伝えられたからだ。
それから励ましの言葉をかけるのをやめた。
希望が無いことくらい、本人が一番知っている。
だから、もうがんばらなくていいと伝えた。
美咲は最後に笑顔を見せてくれた。
そして、家族と恋人に看取られながら、息を引き取った。
2週間が経った。
僕は大学に戻り、いつもの生活を続けていた。
美咲のいない大学生活は、とても寂しかった。
学校の行き帰りや、お風呂、ベッドに入って目をつむった時、いつでも美咲のことを考えていた。
どうしても忘れられなかった。
いつの日からか、僕の部屋に誰かがいることに気がついた。
見ようとすると見えない。
しかし、視線をずらすと確かにそこにいる。
部屋のすみで、こちらに背を向けて立っている。
黒いワンピース姿で、長い後ろ髪をした女性が。
美咲を思い出した。
彼女は黒が好きだった。
黒いワンピースがお気に入りで、よく着ていた。
はっきりと見えないが、髪型も同じであり、後ろ姿も似ていた。
彼女は美咲の幽霊だと僕は確信した。
今まで霊感があるなんて感じたことはない。
でもなぜか驚きはしなかった。
親しい人が死んだら、こんなことがあってもおかしくないと思った。
49日が経つまで、一緒にいようと決めた。
彼女は毎日毎日、部屋のすみで、背を向けて立っていた。
声をかけても反応は無い。
でも一緒にいるだけで安心できた。
反応は無くても、毎日あいさつをした。
声をかけることで、美咲が生きていた時と同じ気分になれた。
数週間がたった。
いつまでも背を向けている彼女を疑問に思い、質問をした。
どうしてずっと背中を向けてるのか。
美咲の顔が見たい、と。
やはり反応は無かった。
聞こえていないのか、聞こえているけど答えられないのか。
答える気がないのか。
まあ、見ようとしても見えない彼女に、顔を見せてって言うのは無理な願いであるのだが。
どうして彼女はここにいるのか。
常に背を向けて。
何か伝えたいことでもあるのだろうか。
徐々にそう思うことが多くなった。
美咲が死んでから49日が過ぎた。
納骨式は何事もなく終了した。
美咲と最後のお別れ。
美咲の家族ともあいさつをし終わり、自宅アパートへ向かった。
自宅に美咲の幽霊が出ることは、家族には伝えなかった。
美咲が成仏できていないことを知れば、心配されると思った。
美咲が僕に何か伝えたいことはあったかと伺ったが、特に覚えはないという。
結局、部屋にいた美咲はどうして背を向けていたのだろうか。
そんな疑問も、49日たってしまった今ではわからないだろう。
納骨も終わったため、成仏してくれたと考えていた。
自宅についた僕は、癖でいつものようにただいまとあいさつをしてしまった。
もう美咲はいないのに、誰いない部屋に声をかけるなんて馬鹿馬鹿しいと感じた。
しかし、背を向けた彼女はそこにいた。
それから数日、美咲と僕の共通の知り合いに連絡をした。
その知り合いは僕の後輩であり、美咲の同級生。
そして、霊感のある女の子だった。
美咲の幽霊が、なぜ部屋にいるのかを聞いて欲しいと伝えた。
後輩は潔く了承してくれた。
これで美咲も成仏してくれると思った。
当日、部屋に女の子を入れるということで、いつもより部屋を綺麗に掃除した。
後輩には、夕食をご馳走する代わりにと伝えてあるので、待ち合わせをした。
食事中も、美咲の思い出話で盛り上がった。
ついこの間までいた美咲が、全部懐かしく感じた。
そして食事も終わり、彼女のいる部屋へ向かった。
美咲といる時間もこれが最後だと思うと、切ない気持ちになった。
部屋に着いた。
後輩を部屋にいれ、電気をつけた。
いつも通り、背を向けた彼女はいた。
僕は指をさし、あそこにいるよと後輩に彼女を見せた。
その瞬間、後輩は僕の腕を引っ張り、部屋を出て走り出した。
どうしたと聞いても、無言で腕を掴みながら走り続けた。
50mほど走ったところで、僕は後輩の腕をはらって立ち止まり、何があったのかを聞いた。
後輩は、違う、違いますと何度も訴えた。
その顔はこわばっており、体は震えていた。
何が違うのかを尋ねた。
口元をガタガタ震わせ、涙を浮かべた目で言った。
美咲はあんな顔をしていなかった、と。
言っている意味がよく分からなかった。
部屋にいた彼女は背を向けているのに、どうして見えるはずのない顔のことを言うのか。
その事も泣きながら教えてくれた。
僕の指した先に、確かに背を向けた女性の姿は見えた。
しかしそれは、後ろ姿でありながら、こちらをはっきり見ていた。
首だけを真後ろに回して。
後ろ髪だと思っていたその長い前髪の下から、美咲ではない女の顔が見えた。
その顔は僕を見て不気味に微笑んだが、後輩の存在に気付き、恐ろしい形相で睨み付けたそうだ。
僕は驚きで何も言えなかった。
あれは美咲に似ていただけで、美咲なんかじゃなかった。
背を向けていると思っていた。
でも違った。
背を向けていても、首だけは僕を見ていた。
ずっと、見られていた。
美咲ではない何かに、毎日声をかけていた。
とてもショックだった。
恐怖で、その日の夜は友達の家に泊まった。
よく分からない何かがいる部屋に、もう戻りたくなかった。
その後、僕はあの部屋に帰らずに引っ越した。
引っ越し作業はすべて業者に頼んだ。
結局、あれがなんだったのか今でもわからない。
引っ越し業者があの部屋に来たとき、部屋は滅茶苦茶に荒らされていたそうだ。