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事件編6:暴走特急

 ベルたんは涼しい顔で、トロッコに乗り込んだ。このダンジョンから出る方法を知らない私は、従うしかない。


「トロッコに乗って進むと、やがて分岐に差し掛かるの。そのままだと左側に入って、行き先は川。分岐の少し手前にある切替器に上手く攻撃を当てれば、右側に入って出口テレポーターのある部屋へ到着。私が切り替えるから、シャイニーは頭下げててね。うっかり頭をあげたら、綺麗な顔が胴体とサヨナラしちゃうかもだから」


 ボスを倒した後なのに、こんな危険なアトラクションが待っていようとは。率直なところ、このダンジョンを作った奴はセンスが悪いと思う。


「準備は良いか?」

 フランクはトロッコには乗らず、後方の縁に手をかけて、クラウチングスタートのような体勢でいる。最初は人力で押さなければならないようだ。


「大丈夫よ」

 ベルたんの声と同時にフランクがトロッコを押して走り出した。緩やかな傾斜は徐々にスピードを蓄積させる。勢いが安定したタイミングで、フランクはトロッコに飛び乗り、首を下げた。


 フランクと入れ替わりに、ベルたんが立ち上がる。行く手の一点を鋭く見据えて、斧を構える姿は、まるで老剣術家のようだ。


 一瞬ベルたんの目に力が入ったのが分かった。そして次の瞬間、構えた斧を大きくスイングする。


 ガゴン!と大きな音が聞こえた。ベルたんが悲しそうにため息をつく。

「ごめんなさい……川コースだわ……」


 トロッコから身を乗り出して背後を見ると、根元から折れた切替器が見えた。

「川コースって、もしかして帰れないの?」

「帰れるわよ! そこは安心して! ワニとかも居ないから! ずぶ濡れになるだけよ!」


 やがて行く手に明かりが見えてきた。坑道の終端なのだろう。私たちは暗闇の中から、光の中に突入した。崖の中腹にある坑道の出口から投げ出された私たちは、そのまま重力に任せて落下し、着水した。


 ゆったりと流れる川は、落下の勢いを完全に殺しきるだけの深さは無かった。川底の岩で腰を打ち付け、痛みを堪えつつ、どうにか立ち上がって川岸に上がった。ベルたんとフランクは無事だ。


「どこか打った? 大丈夫?」

 そう言ってベルたんは私に向かって手をかざした。私の全身をいくつもの金色の輪が包む。ケイジが私の傷を直してくれた時と同じ、回復魔法のエフェクトだ。腰の痛みは嘘のように取れて、全身がすっかり軽くなった。


 それにしてもベルたんのドレスはボロボロの上にずぶ濡れで、すでに雑巾のようになってしまっている。一方フランクのスーツはこれといった損傷はない。実用重視か。自分の体を見下ろして見ると、こちらの衣類も幸い目立つ損傷はない。ただし、ずぶ濡れで気持ち悪いが。


「ま、楽しかったわよ。ちょっと待っててね」

 そう言ってベルたんはドレスを脱ぎ始めた。迷いも照れも恥じらいも無い、堂々とした脱ぎっぷりだった。ベルたんの肉体がどんどん露わになる。平たく骨ばった胸、薄く生えた下の毛、そしてその下にはご立派なものがブラブラと……


 ええ、確かにブラブラしていらっしゃいます。


「おい、人前でいきなり脱ぐなよ」

 フランクの苦情もどこ吹く風だ。

「何よ、別にいいじゃない。フランクって、もしかして修学旅行は水着持参だったタイプ?」


 何となく、そんな予感はあった。というか、オチンチンMOD愛用者なんですね。デフォルトのものよりもご立派にしてるんですね。オチンチンMODなど作っておきながらこんなことを思うのはナンだけれど、彼氏でもない男性のアレが目の前をブラブラしていると、正直辛い。


「ねえ、シャイニー。この黒い陰毛何とかならないの? せめて頭と同じ金髪か、できれば無毛が良いんだけど」

「無毛にしたいならば、設定ファイルに『UNDERBUSH OFF』って追記すれば、次回起動時に無毛になりますよ」

「そう、次のロールバック時に試してみるわ。ありがとうね。標準ボディも有名どころのボディテクスチャも、隠毛は黒か無毛の二択なのが寂しいわよね」

 そう言ってベルたんは脱いだドレスをその場にばさりと捨てた。その直後に彼女の……いや、彼の手の中に別のドレスが現れた。いそいそと新しいドレスを着込む。


 新しいドレスは、向こうが透けて見えるような薄い素材を重ねて作られていた。胸の下から直線的に落ちる布地には銀糸で草模様が刺繍されている。可憐でロマンチックな出で立ちだ。


「さて、行きましょうか。こっちよ」

 ベルたんの後をついていくと、地面に光るサークルがあった。ベルたんがサークルの上に乗ると、姿が消える。続けて私もサークルの上に乗った。周囲の景色光とともに溶けた後、再構成される。あのダンジョン集合住宅108号室前に戻ってきたのだ。やがてフランクも現れる。


 コンソールウィンドウを呼び出して時間を見る。


 —— NOW↩︎

 Wed. 17:03:46.861


「今17時? ちょっと早いかもしれないけれど、ゆっくり歩いていけば丁度いいぐらいかしら」

「そうだな。シャイニー、疲れていないか? 少し休憩しても時間的には大丈夫だぞ」


 多少は疲れていたけれど、どうせ休むならば向こうに着いてから休んだ方が、時間に追われずゆっくり休まるだろう。


「私は大丈夫です。会場に向かいましょう」

「そう、じゃあゆっくり歩いて行きましょう」


 私たちは連れ立って、歓迎会の会場であるファイヤーピークへ向けて歩き出した。とはいえ、そのファイヤーピークがどんな場所なのか、私にはさっぱり分からない。


「歓迎会って、持って行った方が良いものとか、準備するべきものとか無いんですか?」

 飲み物とか、ちょっとした食べ物を持参した方が良いのではないかと、不安になった。


「ああ、そういうのはケイジがやるから大丈夫よ。特にシャイニーは主賓なんだから、ドンと構えていなさいよ」

 そう言ってベルたんに肩をポンと叩かれた。ベルたんは少し明け透けすぎるところもあるけれど、悪い人ではなさそうだ。コンソールコマンドを指で呼び出しているのをからかわれたのも、ある意味彼の裏表の無さなのだろうと思う。フランクも気遣いのある人間だ。


 イージーな女だと思われるかもしれないけれど、このゼロ次会を通じてベルたん、フランクの両名と少し距離が縮まったように思う。世間的には飲みに行ったり、バーベキューをしたりして親睦を深めるのが普通なのかもしれない。でもMODを作るようなゲーム好きにとっては、パーティを組んでのダンジョン攻略やボス討伐が、親睦を深める手段として最も効果的だ。


「おい、あれはオカジマとオプティガンじゃないか?」

 フランクが立ち止まる。私たちの行く手には、二人の人物が立っていた。地味な髪型の成人男性と、赤いパーカーの少年。確かにオカジマとオプティガンだろう。


 彼らに向かってベルたんが手を振ると、向こうも手を振り返してきた。私たちは彼らの方へ走って行った。


「よ! ここなら誰か通りかかると思って、オプティガンと二人で待ってたんだ。合流して一緒に行こうと思ってさ」

 もちろん、断る理由などない。こうしてベルたん、フランク、私の三人に、オカジマとオプティガンの二人が加わった。


 五人編成になった私たちは、それぞれが適当に雑談しながらゆっくりと移動していた。


「『イッカク館の殺人』最高でした」

 私はオカジマに暑苦しく、彼が作ったMODの感想を語っていた。


「イッカク館の殺人」は、かつて伝説の暗殺者と呼ばれた「イッカク」が所有する館を舞台にしたクローズドサークルものだ。登場人物は皆、動物にちなんだコードネームを持つ暗殺者なのである。


「特に、イッカクの手記に出てくる『タイガー』の正体が。てっきり、アムールがタイガーだと思ってマークしていたら、彼は殺されるし。その直後にエビゾウが『俺がブラックタイガーだ!』って名乗るシーンは衝撃的でした」

 プレイヤーの「思い込み」を巧みに使ったミスディレクションと、どんでん返しの素晴らしさを熱弁していると、フランクも乱入してきた。

「俺もあれには、キレイに騙された。アムールのコードネームが『レオパード』だって判明した時なんか、頭の中で組み立てていた推理が根本から否定されるんだからな。タイガーがまさかのエビキャラ展開とは思わなかった」

 それを聞いているオカジマは、満足そうにニヤニヤしている。


「あのコードネームのトリック考えたのは、A(アナーキー)? それともF(ファンタジー)?」

「うひひ、俺だよ。俺ちゃんことA(アナーキー)ですよ!」

 オカジマはかなり舞い上がっている。


「さすがですね。ちなみに『刃傷館の殺人』のオチを考えたのはどちらなんですか?」


「刃傷館の殺人」は帝都の宮殿を舞台にしたクエストMODだ。宮殿の渡り廊下で元老院議員が属州総督に殺害される。目撃者も居たが、当の属州総督は容疑を否認。プレイヤーが真犯人を突き止める、という趣旨のものだ。


「あのオチは無いわよねえ! 画面の端にあるメニューアイコンが、実は真犯人の変装だったとか! 背中に板を貼り付けて、同じ角度同じ距離を保って、常にプレイヤーの視界に居るとか無茶すぎるわよ! あんなクソトリック考えたのはどこのどいつよ!」

 ベルたんも興奮気味に参戦してくる。みんなオカジマのMODが好きなのか。


「それも俺だよ……言い訳にしかならないけど、あの時は正直どうかしてた……公開前、散々F(ファンタジー)から考え直すよう説得されたけど、当時仕事が忙しすぎて正常な判断力を失ってた……」


 人間だもの、打率百パーセントとはいかない。まして、オカジマのように多作なMOD開発者(モッダー)ならば、時には珍作・奇作・クソがあるのも、仕方のないことだろう。


「おおーい」

 オカジマのMOD談義に花を咲かせていると、背後から声が聞こえてきた。振り返ると遠くにケイジの姿が見えた。ピンク色の髪の毛だ、見間違えようが無い。彼は走ってこちらに追いついた。背中には大型のバックパックを背負っている。


「早めに出たつもりだったから、俺より先にいるなんて思いもしなかったよ」

「ケイジは今日も張り切ってんな。やっぱり今日もアレか? 定番の」

 オカジマの言葉にケイジは意味ありげな笑みを浮かべた。


「アレだよ。オカジマちゃんも大好物の、パーティーでは定番のアレ」


 アレとは何なのかと思っていると、ベルたんがそっと教えてくれた。

「シャイニー、ケイジはね、料理が趣味なのよ。特にこういうパーティやお祝い事ではピザを作るの。ファイヤーピークの厨房に、MODでピザ窯を追加するぐらい凝ってるんだから」


「まあ、コンソールコマンドを使えば完成品の料理をいくらでも取り出せるんだけどさ、自分で作れば火加減やら、野菜の刻み具合やら、何かしらムラができるだろう? ここで長く暮らしていると、そういうムラやランダムさが恋しくてね。もちろん時には失敗もあるけれど、そういうのも愛おしく思えるんだよ。さ、ファイヤーピークが見えてきた」


次回、現場検証

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