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事件編5:ブラッドスポーツ

 私はベルたんとフランクのいるカフェの回転ドアを再び通った。


「キャアー! シャイニー! 戻ってくるのを待ってたのよ。こっちにいらっしゃいよ!」

 店内に入るやいなや、ベルたんのハスキーな声が飛び込んできた。少々面食らいながらも、彼らのテーブルに座る。


 さて、どれだけ時間を潰せば良いのか。とりあえず現在時を知ろうと、指で長方形を描いてコンソールウィンドウを呼び出す。


 —— NOW↩︎

 Wed. 15:07:24.328


 十八時まで三時間近くある。移動にかかる時間も考慮すると、二時間半ほど時間を潰せば良いだろう。


「やだ、指でコンソールウィンドウ呼び出してるわ。初々しいじゃない」

 そう言ってベルたんはクスクスと笑った。馬鹿にされているようで不快な気持ちになり、顔をしかめる。そんなこちらの心情を察したのか、ベルたんは申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい、馬鹿にする意図で言ったんじゃないのよ。この村に長くいたせいか新しい人が来るたびに、時間や肉体に対する自分自身の感覚が、元の世界にいた時とかけ離れていくのをまざまざと見せつけられるようで、羨ましさと不安を感じるのよ。それでつい、茶化したくなっちゃうの。本当にごめんなさいね」


 そう言うと、ベルたんは勢いよく立ち上がった。意外と背が高い。


「と言う訳で親睦を深めるために、歓迎会のゼロ次会でもしましょうか! ひと狩り行くわよ!」

 ベルたんの提案に、フランクはやれやれという顔をした。


「彼女、異世界転移なんて訳のわからない状況に巻き込まれた挙句、散々連れ回された直後だぞ。ケイジにせよ、もうちょっとこう、気遣いってものがあっても良いだろう。シャイニー、疲れていたら断っても良いんだぞ」


 率直なところ疲れている。肉体は疲れていないけれど、精神が物凄く疲れている。残念なことに、精神の疲れは座って喋っているだけでは回復しない。多少体を使っていた方がマシかもしれない。


「何よ、やけにシャイニーを大事にするじゃない。ははぁ、分かっちゃった。あんたシャイニーが来るまでは一番の新参だったもんね。後輩が出来て先輩風吹かせたくなっちゃった感じ?」

 どうやらベルたんは、思った事を後先考えずに口に出してしまうタイプのようだ。


「私は大丈夫です。フランク先輩パイセン、心遣いありがとうございます」

「無理はするなよ。で、どこに行くんだ?」

「サングリア・ストーンの洞窟にしましょう」


 こうして「サングリア・ストーンの洞窟」へ行くこととなった私たちは、カフェを後にした。ベルたんを先頭に日差しが穏やかな街道を歩く。


「ところでシャイニー、聞きたかったんだけど。どうして女の子キャラなのよ?」

 そんな事、考えたこともなければ、そんな質問をされることさえ想像していなかった。理由など無い。はっきり言って「なんとなく」でしかない。自分自身が女性で、プレイヤーキャラクターも女子キャラを選ぶのは自然な事だと思うけれど、「オチンチンMODの人」のプレイヤーキャラクターが女子となると奇異に映るのだろう。


「なんとなく、としか言いようがありませんね」

「そうなの? ふぅん。ねえ、ドレスとか着てみたくない?」

「ええ、私はそういうキャラではありませんからねえ」

「そう? ま、気が向いたら声かけてよ。なんだったらオーダーメイドも応じちゃう。フランクもドレス着たくなったら、声かけてくれて良いのよ。グリフ・ラングドンだって、ウエディングドレスを着たんだから」


 グリフ・ラングドンは元ヨーロッパ空手チャンピオンのアクション映画俳優だ。メジャー作品では大体悪役を演じていて、ヴァンデルアーとの共演も多い。


「プレートメイル並みの防御力に防弾機能が加わるなら検討する」

「うわ、防御力次第で受け入れちゃうの? あ、そろそろよ。その角の左側にある、煉瓦造りのアパート」


 前方には十字路があり、その向こうにはベルたんが言う煉瓦造りの四階建アパートが建っていた。門を潜り、共用部分の廊下を突き当たりまで歩く。


「108号室よ。そこがダンジョンへの入り口になっているの。以前は地形とシームレスに繋がる入り口を作っていたんだけれど、あちこちに点在すると面倒だし、数が増えてきたから、集約する事にしたのよ」

 玄関開けたら即ダンジョンとは恐れ入る。


 先頭のベルたんがドアを開けると、その向こうには岩山を掘った坑道のような洞窟が広がっていた。その後にフランクと私が続いた。


「サングリア・ストーンの洞窟は、カルト教団のアジトという設定なの。と言っても小規模なものだからすぐに終わるわ。教祖以外の敵はアンデッド化された信者。率直なところ雑魚ね。教祖は信者に毛が生えた程度の能力だけれど、素手で相手の心臓を引きずり出すクリティカルヒットと、スタン効果の魔法が要注意。ボス部屋に安置されているサングリア・ストーンを取ればクリア」

 言い終わると同時に、ベルたんの手の中に両手持ちの巨大な斧が現れた。銀色の刃には花や蔓草の装飾が彫り込まれている。


「準備出来次第進みましょう。指でコンソールウィンドウ呼び出してもバカにしたりしないから安心してゆっくり準備してね」


「俺は行けるぞ」

 フランクは両手にメリケンサックを装備していた。ウォーミングアップなのか、構えを取り軽くステップを踏んでいる。


 二人が脳筋スタイルならば、こちらはスニーク遠距離攻撃で、足を引っ張らない程度に参戦するのが良いだろう。私は遠慮なく指でコンソールウィンドウを呼び出した。


 —— HELP HARDBALLER↩︎

 AMT Hardballer – 0800101A

 AMT Hardballer with Lasersight – 0800101B


 —— ADD ITEM 0800101A 1↩︎


 私の手の中にAMTハードボーラー7インチモデルが現れた。自作したMOD武器の一つで、かなりのお気に入りだ。存在感たっぷりの大型拳銃。脳筋二名の陰に隠れてチクチクとやる予定なので、自分の位置を敵に知られないよう、あえてレーザーサイトが無い方を選択した。


「良い銃だな」

 フランクが言った。社交辞令でもそれなりには嬉しいものだ。特に私のような底辺MOD開発者(モッダー)にとっては。何しろ私が作った銃MODのユーザーなんて全世界で百人も居ないのだから。


「みんな準備できたみたいね。行きましょうか。この先にはドアがあるの、ドア前に見張りが二匹、ドアの向こうに待機しているのが四匹。まず私とフランクが見張りを倒したら、部屋の中に突入。シャイニーは、自信がなければドアの外から援護、自信があるなら一緒に突入。それで良い?」


 私とフランクが無言で頷くと、ベルたんはそろりそろりと奥へ移動した。次にフランク、そして私が続く。先は曲がり角になっていて、灯りが漏れている。ベルたんはフランクに目配せすると、斧を構えて駆け出した。フランクがそれに続く。二人が出た後に、私は静かに曲がり角から顔を出し、ドアの位置を確認した。そっと銃を構えて、ドアに照準を合わせる。


 ドア前にいる二匹のゾンビはガスマスクのようなものを被り、チェインメイルの上にサーコートを着た、いつの時代をモデルにしているのかよく分からない外見だった。ガスマスクからはホースのようなものが伸びて、背中に背負ったタンクに繋がっている。片手に曲刀シミターを装備しており、盾は持っていない。


 二匹は、すぐにベルたんに気づいた。舞台衣装のようなドレスを着て、あんな大きな武器を持っていたら、気づかない方がどうかしている。


 ベルたんは右側のゾンビに向かって斧を振り下ろす。振り下ろされた斧は、ゾンビのシミターで止められるものの、重さと勢いで押し勝ち、シミターもろともゾンビの右腕を切断した。


 もう一匹のゾンビが、脇からベルたんに斬りかかる。しかし、弾丸のように駆け出したフランクが、勢いを維持したまま蹴りを見舞う。態勢を崩したゾンビに、すかさず横蹴りで追撃した後、とどめとばかりに打点の高い蹴りを食らわせる。ゾンビの首が有り得ない角度で曲がった。まるでスクリーンの中の出来事のようだった。


 —— 戦う、ヴァンデルアー。

 —— こらえる、ヴァンデルアー。

 —— 涙の、ヴァンデルアー。


 ヴァンデルアー自身が脚本も担当した「レギオン 戦場のコヨーテたち」のキャッチコピーが、無意味に脳裏をよぎる。


 不意にドアが開いた。こちら側の物音が、部屋の中で待機していたゾンビに伝わったのだろう。ドアの向こうに敵の姿が見えた瞬間、構えていたハードボーラーが火を吹いた。弾丸は風切音のみを残して、敵のガスマスクを砕き、そのまま頭部を吹き飛ばした。


 銃の反動で軽く仰け反るが、崩れた構えを素早く立て直す。再度照準をドアに合わせて、そのまま後続するゾンビを撃った。今度は腹部にあたり、敵は倒れた。


 ベルたんが交戦中の一匹を倒し終えて、突入可能な状態になる。誤射しないよう、私は一度攻撃の手を休めて、ベルたんとフランクのの突入を見守った。ドア向こうのゾンビは残り二匹。


 ドアに近付いて中を覗くと、ベルたんと、フランクはそれぞれ一匹ずつ処理を終えたところだった。


「おい!」

 部屋の中に入ると、フランクが声をかけてきた。唐突に大きな声を出されたので、思わずびくりとする。


「そのハードボーラー、銃声しなかったよな? そんなもの見たこと無いぞ」

 バレたか。絶賛キック中で、バレていないかと思っていたのに。


「このハードボーラーはスニーク時の使い勝手を良くするために銃声をカットしたもので……まあ、自分用だから公開していないのです」

 どうせ公開したところで、それを望んでいるユーザーなど居ないだろうという思いから、ここしばらくは銃MODに手を加えても公開しない状態が続いていた。そのため、公開版と自分用の剥離は進むばかりだった。


「そんなものを隠してたのか、後で是非共有してくれ」

 フランクは目を輝かせて、興味津々の様子だ。


「すっごい威力ね。その威力だと、教祖ワンキルいけるかも」


 その後は道なりに進み、時折現れるゾンビを倒していった。ベルたんもフランクも、こ相当やり込んでいるのだろう。二人とも手際が良かった。特にベルたんの戦闘力は凄まじく、おそらく筋力はカンストしているだろう。


「この先ボス部屋よ。雑魚の数が多いから、まず教祖を確実に倒して安全を確保しましょう。シャイニーの銃は威力があるから、まず入り口付近から教祖を狙って。出来ればワンキルで。その後私たちが雑魚を倒す。入り口方向に流れたらシャイニーが対応。それで良い?」


 私は小さな声で「わかった」と頷いた。角を曲がると先は広い部屋に繋がっている。ドアは無い。先の部屋は沢山のロウソクで明るく照らされている。一方、通路側のこちらは暗い。何かアクションを起こさない限り、敵がこちらに気づくことは無いだろう。部屋の中央奥には祭壇の様なものが見える。祭壇ではローブを来た人物がこちらに背を向けて立っていた。あれが教祖だろう。好都合だ。


 両手でしっかりホールドしたハードボーラーを、教祖に向けて狙いを定める。つまらない手ブレなんかで外さないよう、意識を集中して深く息を吸い、引き金を引いた。


 シュッという風切り音と共に放たれた弾丸は真っ直ぐに飛び、そのまま教祖の後頭部に吸い込まれるように命中、一瞬で祭壇が血に染まった。


 教祖が倒れたのを確認したベルたんとフランクは部屋に突入した。さっき交戦したガスマスクにサーコートのゾンビと同タイプの雑魚が十匹以上いる。二人は十分に強いけれど、私も積極的に参加した方が良いだろう。手に持っているハードボーラーをその場に捨てて、コンソールウィンドウを呼び出した。


 —— ADD ITEM 0800101B 1↩︎


 手の中に再びAMTハードボーラー7インチモデルが現れた。ただし、今度はレーザーサイト付きの方だ。乱戦状態ならば敵に発見されるリスクは無視して、効率良く、より正確に狙えた方が良い。銃を握りしめた私も部屋に突入した。ベルたんとフランクは絶賛大暴れ中だった。


 乱戦状態でもベルたんの戦いぶりは見事だった。あの巨大な斧を人形のような華奢な体で軽々と振り回してみせる。斧に施された装飾も相まって、時折振り回しているものが斧ではなく花束のように錯覚する事もある。しかし次の瞬間には、確かな質量がダメージソースとして機能し、それが花束ではなく斧だと思い知らされるのだった。


 フランクは目まぐるしく敵を蹴っている。蹴って、蹴って、蹴りまくり。メリケンサックの出番無し。これぞまさしく、スーパー《ヴァンデリング》アクション。


 フランクの方がベルたんより与ダメージ量が少なく見えたので、彼に張り付いているゾンビを一匹ずつ引き剥がしていくことにした。同士討ちを避けるため、出来るだけ彼から遠いポイントを慎重に狙わなければならない。


 敵が着込んでいる鎧の上を、レーザーサイトの赤い光点がジリジリと移動し、目指すポイントに到達したところで引き金を引く。敵の肩に命中し、腕が吹き飛んだ。敵は残った腕を振り回してこちらに突進してくる。私はそのままの体勢で、落ち着いて二発目、三発目を撃ち込み仕留めた。


 そんな調子で処理を続けると、大量の雑魚はみるみるうちに数を減らして行った。最後の敵にフランクがローリングソバットを叩き込み、殲滅完了となった。


「おい!」

 敵を倒し終えたフランクに声をかけられた。心の準備が出来ているので、今度は驚かない。


「レーザーサイト付きなんて、モダン・ウェポンズに入っていなかったぞ。それも自分用か? 後で共有頼むぞ」

 フランクの要望に、私は静かに頷いた。


「さあ、サングリアストーンを取るわよ」

 ベルたんは激しい戦闘でドレスがボロボロになってしまっていた。無残に裂けたスカートから、ペチコートの残骸と、白く滑らかな脚が露出していた。


「もっと高耐久のドレスにした方が良いんじゃないか?」

 フランクの意見の意見はもっともだ。しかしベルたん的には、それは正しくないらしい。


「分かっていないわね。丈夫なドレスなんてただの作業服よ。ロマンが無いわ」

 そう言ってベルたんは祭壇の向こう側に恭しく飾られている、オレンジ色に発光するダチョウのたまごのような石に手を伸ばした。あれがサングリア・ストーンなのか。


 ベルたんがサングリアストーンを持ち上げた瞬間、ガシャン!という音が響いた。見回すと、私たちが入ってきた入り口が、鉄格子の落とし戸で封じられていた。


「こっちよ」

 ベルたんの方を向くと、さっきまで壁だった場所がぽっかりと空いていた。その向こうは暗くてよく見えない。


 新しい出口を通り抜けると、中は坑道のようになっていた。手前には採掘した石材を運ぶトロッコがある。トロッコのレールは坑道の奥まで続いており、暗さも相まって、どのぐらいの奥行きがあるのか分からない。


「乗ってちょうだい」

「まさか、これに?」

 トロッコを指差しながら、思わず反論してしまう。

「そう、これによ」


次回、ずぶ濡れ

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