事件編4:プレイヤーへの挑戦
「オカジマちゃーん! 邪魔するよ!」
「ウィーッス!」
家の奥から間延びした声が聞こえた。私とケイジはオカジマ邸に上がり込む。広いリビングにはテーブルに革張りのソファーセット。そして天井からハンモックがぶら下がっていた。テラスからは庭のプールが見える。
リビングには二人の人物が居た。
一人はソファに座って本を片手に、割り箸でポテトチップスをつまんでいる男。この現代的な空間の中で彼は鎧を着ていた。黒い鎧下の上に簡素なレザーアーマー、そして膝までのブーツ。MODで作られた装備ではなく、デフォルトのゲーム装備だ。茶色い髪もデフォルトの髪型でボサボサ、ひどく傷んでいるように見える。と、ここまでなら普通のNPCと大差無い。NPCと明確に違う点は、肌と瞳に適用されたMODだ。それが彼の容姿を痩せたゴリラから素朴な美青年へと格上げしている。肌は私と同じスムース・フェイス。青い瞳はケイジと同じブラック・マジック・ビジョン。ランダムに生成されるモブとは違い、顔の各パーツもよく吟味しているのが分かる。かなり頑張って頂点編集したのだろう。
もう一人はハンモックに横たわり、タブレットのようなものを持っている、見た目は十二歳ぐらいの少年。この少年の外見は見覚えがあった。オカジマのブログにはよくゲーム画面のスクリーンショットが貼られていたからだ。少し癖のあるふわりとした茶色い髪、明るい緑色の瞳を持つ天使のような美少年。まさしくスクリーンショットに写ったオカジマのプレイヤーキャラクターそのままの容姿だった。肌と瞳はケイジと同様に、フェア・スキンとブラック・マジック・ビジョン。髪型は「ロキシー・スタイルズ」。加えて、体型MODの「X08Body」を使っている事が分かっている。
服装はゲームメーカーのロゴが入った赤いパーカーにデニムのクロップドパンツ。ゲーム世界的にはいただけないが、この空間内にはマッチした身なりだった。
「二人とも、新人さんを紹介するよ。今日、この世界に来たばかりの『シャイニー・アイアンバー』だ」
ケイジが紹介すると、レザーアーマーの青年はちらりとこちらを一瞥し、「誰?」と呟いただけ。彼はそういうMODに興味が無いのだろう。
一方、オカジマは目を見開いた。
「シャイニー・アイアンバー!?」
「そうだよ。喜べ、オカジマちゃん。ファンらしいよ」
「マジで!? この世界に俺のファンが来ちゃったのかよ! しかもそれがオチンチンMODの人とか、光栄すぎるだろ!」
オカジマはそう言いながらハンモックから降りてきた。私よりも頭一つ背の低い彼は、右手を差し出した。
「よろしく! シャイニー・アイアンバー! 好きなように呼んでくれ!」
私も右手を出して握手に応じる。ついでに先ほど思い浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「オカジマは二人組だと認識しているのですが、あなたはF(ファンタジー)さん? それともA(アナーキー)さん?」
「あはは、どっちだと思う? 正解したら、俺が作ったMODの中で使える、ヒント表示回数制限解除キーをプレゼントするよ」
つまりこれは、数々のミステリMODを作ったMOD開発者による、「読者への挑戦」ならぬ「プレイヤーへの挑戦」か。ならば応じるまでだ。
ブログから得た情報をまとめる。スクリーンショットに登場するプレイヤーキャラクターは今目の前にいる、この美少年のみ。FもAも同じ外見のキャラを使っている。使用武器はそれぞれに好みがあるようで、Fはショートソードの二刀流、Aはクォータースタッフ。Fがメインで作ったMODは青春ものやSFものといった傾向があり、Aが作ったものはデスゲームやホラー要素のあるものが多い。
目の前の美少年を凝視する。スクリーンショットでは見た事のない服装だ。腕にはスマートウォッチまたは活動量計と思われるものが装着されている。武器を装備している様子は無い。ゲーム時空なこの世界では、使用武器やファイティングスタイルによる、肉体への痕跡は無いだろう。
他に手がかりになるものはないかと部屋の中を見回す。SF要素もホラー要素も無い。逆に少年が宇宙人と友達になったり、平和な一家に殺人鬼が迫ったりする舞台になってもおかしくはない。壁に目をやると、ヘリかドローンから空撮したと思われる写真が飾ってあった。深い緑の木々が連なる光景にピンときた。
「わかりました! 答えはF!」
「残念、Aだよ! 俺は犯島アナーキー!」
勢いよく答えたものの、残念なことに結果は伴わず。当てずっぽうでも50%確率でも当たるのに、格好がつかない。
「ちなみに俺をFだと思った根拠を教えてよ。非常に興味あるね」
オカジマの問いに対して、私は壁の空撮写真を指差した。
「あの写真、『シャドウランナー』のエンディングですよね。FはSF好きだから、Fかと」
「シャドウランナー」は近未来のロサンゼルスを舞台にした、人造人間関連犯罪取締官が主人公のハードボイルドなSF作品だった。
「うん、惜しいね。半分合ってるよ。でもあの写真は『シャドウランナー』のエンディングじゃなくて、『チャネリング』のオープニングなんだ。『シャドウランナー』のエンディングは『チャネリング』用に空撮されたフィルムの、未使用部分を使っているんだよ。だから、すごく似ている。でも全く同じ光景は無いはず」
それは初耳だった。異世界でこんな無駄知識を得るとは思いもしなかった。
「チャネリング」はサイコホラーの古典的作品だ。しかし、斧を振り回すオッサンの存在感が強すぎて、オープニングの印象は記憶に残りづらい。
「ま、俺もシャドウランナーは好きだし、ここは特別に正解扱いにしておこうか。ストレージにキーを送っとくよ。改めてよろしく、シャイニー・アイアンバー。後で是非MODの感想なんかも聞かせてくれ」
なんだかお情けで勝たせてもらったような気分だけれど、まあいいか。次頑張ろう。
「それからこっちの暗そうな奴がオプティガンな。『ブラック・マジック・ビジョン』の開発者だよ」
オカジマに紹介され、レザーアーマーの男が顔を上げた。
ブラック・マジック・ビジョンの作者ならば、そのキャラ造形も納得だ。NPCと変わりない髪と服装で一見地味だけれど、ちょうど今のように顔を上げるような動作で、ボサボサの前髪の下から青く輝く大きな瞳が現れる、その瞬間の美に目を奪われる。大きな瞳には金色で「71」と書かれていた。
ケイジが改造したブラック・マジック・ビジョンのソースは、作者から直々に共有してもらったと言うことか。
「俺の紹介なんかしたって面白くないだろ。どうせ陰キャだしな」
オプティガンは一度上げた顔を再び下げた。
「なんだよ、笑顔でいこうぜ。大学デビューの失敗なんざ、過去のことだろ。こっちの世界にきて、外見も何もかも変わったんだから、切り替えてこ。ほら、ケイジ先輩も何か言ってやれよ」
突然話を振られたケイジは困惑しながらも口を開いた。
「うん、外見が地味なら、行動で輝けば良いと思うよ。むしろ中身の伴わない外見なんて、惨めなだけだと俺は思う」
なんだか、良いことを言っている気がする。しかし、そう言っているケイジの外見はかなり派手だ。そしてその優等生感はオプティガンには逆効果のようだ。
「どうせみんなにはわかんねーよ! DTのままこんな世界に来て、DTのままクソ長い時間を過ごした後、精神が擦り切れて、スターマンみたいな生ける屍になる未来しかねーんだよ!」
事態が悪化する中、オカジマと目が合った。嫌な予感がする。
「ほら! ここにオチンチンの大家もいらっしゃるし! 気分転換にいっそ二本生やしてもらうのはどうよ? シャイニー、二本生やす機能実装してあげてよ」
隠し機能で既に実装済だけれど、とりあえず黙っておこう。
「二本になったところで、入れる穴がないなら、虚しさ倍増じゃねーか!」
オプティガンのちょっとクズい一面が垣間見える。
どんどんこじれていく中、ケイジが口を挟んだ。
「オカジマちゃん、とりあえず十八時からファイヤーピークで歓迎会だから、覚えておいて。俺はシャイニーを街まで送ってく」
「おう、十八時にファイヤーピークな。彼とは話したいことが色々あるし、楽しみにしてるぜ」
荒れるオプティガンを尻目に、私とケイジは逃げるようにオカジマ邸を去った。
「いやー、オプティガンもね、普段はもっといい子なんだよ。ただ、たまにああやって荒れちゃうんだよね。さて、あと紹介していないのはオナルだけかな」
そう言うとケイジは立ち止まり、顎に手を当てて少し考え込んだ。
「シャイニー、ストレージに画像を送ったから確認して」
ストレージは設定ファイルやゲーム中に撮ったスクリーンショットが保存される領域だ。
私は人差し指で長方形を描き、コンソールウィンドウを呼び出した。
—— LS↩︎
okjm_hint_key.esp
optigan_571812.png
二つ目のファイルがそうなのだろう。
—— EOG optigan_571812.png↩︎
コマンドを打ち込んでファイルをオープンすると、そこには二人の人物が写っていた。
中央に大きく写っているのはグレーのパラシュートシャツを着た黒髪の男性だった。長めでボリュームのあるウルフスタイルの髪型に、鋭角的な顔立ち。プレイヤーキャラクターの例に漏れず、彼もまた美青年ではあるが、あまり好ましいタイプではない。目は大きく見開かれているが、その瞳はMOD適用によりデフォルトのものより小さく、三白眼になっている。険のある顔、というのが率直な印象だった。
もう一人の人物は、黒髪男性の背後から顔を出して能天気にピースサインをしている。ついさっき会ったばかりのDT、オプティガンだ。
「彼の名前は『Le オナ〜る』、俺たちは『オナル』って呼んでいる。彼はなんというか……迷惑な行動をする人間なんだ。誤って迷惑をかけたり、私利私慾のために他人に迷惑をかけたりするのとは根本的に違う。迷惑をかけることそのものが目的なんだよ」
残念ながらそういう人間はいるものだ。誤って迷惑をかけることは誰にでもあるだろう。私利私慾のために迷惑をかける人間には、ペナルティを与えて結果的にデメリットがメリットを上回るようにすれば、とりあえずは迷惑をかけなくなる。しかし、迷惑そのものが目的になっている人間は手の施しようがない。
「『マッド・ヘアー』ってMOD知ってるかい? オナルが作った髪型MODなんだけど、色々問題があって、MODポータルでは公開停止になっている。他ゲームの髪型データコンバートによる著作権違反、ずさんなリソース管理による強制終了頻発、そしてウイルス仕込みとあげればきりがない。そんなMOD開発者がこの村に来てしまった」
長閑で退屈な田舎町にサイコパスがやってきた、と言えばホラー作品の設定のようだ。ただし、その田舎はスクリーンの向こうではなく、今私がいるここなのだ。
「こうしてスクリーンショットで見ると何の問題も無いように見えるけれど、彼の髪型は無駄に細かい多数のオブジェクトを積み重ねて作られている。そのせいで、他プレイヤーが彼の近く……遮蔽物の無い状態で約二十メートル以内の距離に近づくと、その一帯の描画リソースが不足して双方の頭髪が消失するんだ。髪の毛っていうのは描画優先度が低いからね。俺は何度も彼に、リソース無駄食いMODの使用をやめるように言ったけれど、聞き入れられることは無かった」
しかし、スクリーンショットの中のオナルとオプティガンはどちらも髪の毛は存在している。これは特殊な状況下だったのだろうか。
「オナルが来て間もない頃、四十週ぐらい前かな、彼の頭髪を撮影する『オナルとツーショットチャレンジ』っていうのが流行ったんだよ。皆、頭髪が消失して撮影できない中、唯一成功したのがオプティガンだった。オプティガンの髪型と装備はデフォルトのものだから、描画コストが極端に低いんだ。そういう訳で、オナルとオプティガンの二人きりという状況下だと、ぎりぎり描画リソースが間に合うらしい」
仮に私が同じことをした場合、髪も装備品も共にMOD適用だから、頭髪は消失してしまうだろう。
「そしてつい最近、ちょうど十週前にオナルは派手にやらかした。自身のMODに無限にリソースを確保するスクリプトを仕込んだんだ。結果、この村は完全に停止した。手足は一切動かず、声も出せず、コンソールコマンドも使えない。眼球すら動かない。強制ロールバックが発動するまでの十五時間そのままだった。ロールバックで環境と肉体は元に戻っても、俺たち全員の心にはトラウマが残った。退屈と停滞の先にある精神の死を恐れる俺たちにとっては、魂がすり潰される音を聴かされているような時間だった。この件は俺たちの間で『十五時間事件』って呼ばれている」
当時の恐怖を思い出したのか、ケイジは目を伏せて軽くため息をついた。おそらく感覚遮断を強化したような状態だったことだろう。彼らが体験したであろう、肉体の檻に隔離された孤独と絶望の十五時間を思うと、背筋が寒くなった。
「十五時間事件の後、俺はオナルに対して、迷惑行為をやめるよう何度か説得を試みた。でも対話は全く成立なかった。その後、彼に関しては放置状態になっている。ただ一応、彼の顔と名前ぐらいは知っておいた方が良いから、紹介だけはしようと思ってね。これでこの村の住人全員だね」
そう言って、ケイジと私は歩き続けた。やがて町の中心部に差し掛かった。ベルたんとフランクが居たカフェも見える。
「俺はこの後、十八時まで作業して過ごす予定だけど、シャイニーはどうする? とりあえず俺はあそこの最上階にいるから、何かあったら来て構わないよ」
ケイジが指差した先にあるのは非常に目立つ現代的なタワーマンションだった。
「ちなみに俺が使っているマンション、空いている部屋はたくさんあるから、休みたかったら自由にしていいよ。ベルたんとフランクが居たカフェの上階も居住スペースになっていて自由に使える。他にも居住できる建物は色々あるけれど、基本的に鍵はついていないから、みんなその時の気分で好きなように寝泊まりしている」
住人の数に対して、部屋の数は余っている事だろう。どこに寝泊まりするかは、今夜の歓迎会が終わってからゆっくり考えようか。
「じゃあ、俺は行くよ。十八時にまた会おう」
そう言って、ケイジはタワーマンションに向かって歩いていった。場には私が残された。どこかで休憩するのも良いけれど、一人でいると寝過ごして歓迎会に遅刻する可能性がある。ならば誰かと一緒にいるのが良いだろう。
作業があるケイジを邪魔するのは気が引けた。オカジマも同様だ。という訳で私はベルたんとフランクのいるカフェへと向かう。
次回、ダンジョン攻略