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事件編1:いかにしてゲームプレイヤーの女は美男美女村へと辿り着いたのか

 不規則な振動が体を揺らすのを感じた。心地よい振動ではない。無遠慮で粗野な力に内臓を揺さぶられて、意識がだんだんと明確になっていく。


「目が覚めたか?」

 聞き覚えのある声がした。


 誰の声だったのか、明確には思い出せない。でもそれは確かに聞き慣れた声だった。


 重い瞼を開けると、視界に現れたのはゴリラだった。


 もとい、ゴリラのような人間男性だった。


 ローマ帝国兵のような独特のミニスカ鎧から剥き出しになった手足は太く分厚い筋肉をまとっている。モヒカン風味の飾りがついた兜の下から覗く目は、不機嫌そうに、疑わしげにこちらを見ていた。明らかに警戒しているのが分かる表情だった。


「言葉が分からないか? 異世界人。お前ら異世界人は皆我々と同じ言葉を話すと聞いているが……」


 周囲を見渡した。自分が居るのは屋根や幌のない簡素な馬車の上らしい。揺れるのも納得だ。馬車は石造りの街道を進んでいる。御者台の向こうには先行して走る別の馬車が見える。


「あなたは誰ですか? 私を異世界人と呼ぶのは何故ですか?」


 ゴリラのような男は私に対する警戒はそのままに答えた。

「まず、一つ目の質問に答えよう。私は帝国軍兵士で一応十人隊長(デクリオン)を勤めている。不運にも異世界人を護送する任務を受けて、今それを遂行している真っ最中だ」


 この自称十人隊長(デクリオン)殿の言葉の端々から、私に対して決して良い感情は無い事が明確に分かった。


「そして二つ目の質問についてだが、理由は一目瞭然だ。我々とお前たち異世界人は外見が違いすぎる」


 つまりこちらが俗に言う「顔平たい族」ということなのか、あるいはゴリラ離れしているためなのか。


 ふと視界の端に見え隠れする髪の毛の色が、普段のものとは違っていることに気がついた。よく見ようと、手で髪を触ろうとするけれど、できなかった。両手が拘束されているようだった。


 自分の手に視線を落とすと、縄で拘束された両手首が見えた。手袋をした両手と、袖口のデザインには見覚えがある。確認するように自分の胸から下を見下ろした。見慣れた服装だった。これは私がやりこんだ海外ゲーム「ダスク・オブ・ジ・エンパイア」で愛用していた装備だった。


 私が今いるのは、洋ゲーの世界なのだ。


 目の前の人物がゴリラなのも当然だ。このゲームのキャラデザはいかにもな洋ゲーテイストなのだ。つまり清潔感が無く、ごつくて、悪い意味でゴリラっぽい。プレイヤーキャラクターももちろん例外なくゴリラなのだけれど、何らかの手法でプレイヤーキャラクターを美化するMOD、つまりゲーム内容を改変したり、コンテンツを追加したりするユーザー製作によるパッチを使用するのが当たり前になっている。私の姿がゴリラ感溢れるNPC達とは違っているのも当然だった。私のプレイヤーキャラクターもそれなりにMODを適用して、外見は結構な美女になっているはず。


 そしてこの十人隊長の声に聞き覚えがあるのも納得できる。日本語版の吹き替えは、主に洋画吹き替えなどで活躍している声優が起用されているのだから。十人隊長の声、つまりこの「汎用ボイス・男性・屈強」もベテランの声優が演じているはずだ。ゲームそのものもかなりやり込んでいる上に、洋画のヒーロー、または脇役、再現映像のナレーション、CM、あらゆるところで聞く機会のある声だ。


 今自分がどこに居るのかは分かった。けれど、自分がどういう立場に置かれているのかは全く分からない。


「私は……一体どこに護送されるのですか?」

 おそるおそる聞いてみた。処刑場だの、監獄だのではないことを願いたいけれど、十人隊長の感じの悪さからすると、楽しい場所に向かっているとは思えない。


「サンドボックス村だ。異世界人は発見次第そこへ送る取り決めになっている。喜べ異世界人。住人は全員がお前と同じ異世界人で美男美女だ」


 両手を拘束されて、問答無用で変な村に送られる事になっていて、喜べるはずがない。そこに私自身の意思はこれっぽっちも反映されていないのだから。


「何故異世界人はサンドボックス村へ送る取り決めなのですか? 私は何も悪いことはしていないし、拘束されるような謂れはありません」


 十人隊長の眉間の皺が深くなった。

「異世界人は全員が異常な力を持っている。世界そのものを根本から改変できる、神の如き力だ。お前達は生かしておくには危険すぎる。かといって殺すには惜しい」


 背筋が寒くなるのを感じた。そんなこちらを知ってか知らずか、十人隊長は言葉を続けた。

「お前達がどんな破壊をもたらそうとも、我々への影響が及ばない専用居住区が作られた。それがサンドボックス村だ。我が帝国の筆頭魔道士が作り上げた居住区だぞ。ありがたく思え」

 十人隊長はそう言った後、小声で小さく「化け物め」と呟いた。それが私に向けられた言葉なのか、異世界人全般に対する言葉なのかは分からない。もしかしたら、筆頭魔道士に対する言葉なのかもしれない。


 そんな事を考えていると、馬車が止まった。


「隊長! 着きました!」

 御者台から張り上げられた声に、十人隊長は頷いた。


「降りろ、異世界人」

 促されて馬車を降りると、そこは小高い丘だった。既に先行していたらしい馬車からは兵士たちが降り立って、私の乗っていた馬車を遠巻きに取り囲んでいた。


 丘の頂上はなだらかで背の高い草木は無く、ちょっとした広場のようになっていた。その中央には日本人には馴染み深い鳥居のようなものがポツンと佇んでいる。


 いや、どう見ても鳥居だ。


 この古代ヨーロッパをモデルにしたファンタジー世界に、どうして鳥居が存在するのか。冷や汗が頬を伝うのを感じた。この違和感は何かひどく危険な匂いがしたのだ。


 十人隊長はまっすぐに鳥居を指差した。

「あのゲートをくぐれ」


 くぐれと言われて素直にくぐる気にはなれない。日本人にとっては、神域への入り口を示すシンボルなのだ。一度通過してしまえば二度とは戻れない、そんな予感に心拍数が上がるのを感じた。


「聞こえなかったか? 異世界人。我々は帝国臣民らしい理性的な解決を望んでいる。もう一度言う。あのゲートをくぐれ」


 鳥居と十人隊長を交互に見る。広場の中央にポツンと立つ鳥居、対するは部下を引き連れた十人隊長。前門の虎、後門の狼とはこのことか。どうにか逃げ出せないか。せめて時間稼ぎだけでもできないか。


 考え込んでいると、業を煮やした十人隊長が片手を上げた。

「射手!」


 十人隊長の部下が一斉に弓を構えてこちらを狙った。

「撃て!」


 もう迷っている暇は無かった。

 できるだけ、矢が当たらないよう、ジグザグに走りながら鳥居を目指した。


「あぁ!」

 鋭い痛みが走った。矢が右耳をかすめたようだ。下手をすれば頭に当たっていたのだ。彼らは本気で殺しにかかっている。


 鳥居の柱の陰に入って、体勢を立て直そう。そう思って鳥居の柱に手を触れた瞬間、周囲の景色は光の奔流で塗りつぶされた。


 光の奔流は一瞬ですぐに周囲は正常な景色へと戻った。でもそこは既に小高い丘の上の広場ではなかった。


 私が今いるのは、石畳の道の上だった。背後にはあの鳥居が、前方には小さな町があった。現代の日本人感覚で言えば、小さいながらも観光収入でそれなりに潤っている町から電柱と電線を取り払って、洋風に仕上げたような町だった。ただし、人影は無い。

 少なくとも「ダスク・オブ・ジ・エンパイア」の都市に比べると、色彩があり、親しみの持てる光景だった。


 十人隊長曰く、異世界人は皆ここへ送られるとのことだった。本当にこの町の住人は私と同じような現代の日本人なのだろうか。少なくとも、集団生活に必要な最低限の価値観を共有できる相手であることを願いたい。


 ぼたりと言う音で、忘れていた痛みが戻ってきた。何かが首筋を流れる感触がある。足元を見ると、血が雫となって落ちた跡があった。耳の負傷は意外と深いらしい。


 耳の手当てをしたい。それにはまず、両手を自由にしなければ。両手を縛る縄をどうにかしたい……けれど今手元には刃物の類はない。このキャラはダガーを持っていたはずだけれど、護送前に取り上げられてしまったのだろう。


 なんてザマだろう。情けない。


 自分の弱さ、無力さに打ちのめされて遠くを見ると、町の方に人影が見えた。淡いピンク色の帽子を被った細長い人影だった。その色彩は明らかにMOD適用によりもたらされたものだと分かる。


 ピンクの帽子の人物はこちらに気づいたのか、走って向かってきた。若い男性だった。近づいて来るにつれ、人影の姿は段々と明瞭になっていった。遠目に見ても、目鼻立ちのはっきりとしたかなりの美青年であることが分かる。服装はど学校の制服のようにも見えるけれど、どこか現実味のないコスプレじみた雰囲気があった。何か有名なアニメ作品の登場人物を模した姿なのかもしれない。ピンク色の帽子に見えたものは、帽子ではなく、髪の毛であることが分かった時、人物は声をあげた。


「おーい! 大丈夫かい?」


 私の元に到着したピンク髪の青年は、少し屈んで私の顔を覗き込んだ。遠目に見ても美青年だと分かる顔を近づけられ、想像以上の迫力に気圧されてしまう。まるで乙女ゲームの登場人物が実体化したかのような容姿だった。

 これがPCのモニタ越しであったならば、その容姿は十人並みに感じただろう。掃いて捨てるほどネットにアップされているゲームのスクリーンショットに登場する勇者たちはそれぞれの理想を十二分に追求した、いずれ劣らぬ美男美女なのだから。残る差異はもう好みの問題でしかない。

 しかしそれが三次元化し、実体を伴ったものとして間近に迫っていると、モニタ越しとは比べ物にならない強烈かつ鮮烈な衝撃があった。


「怪我しているのかい。ちょっとごめんね」

 そう言って彼は、私の右サイドの髪を静かにかき上げた。初対面の人間に触れられるなんて、普段ならばあからさまに嫌悪感を示しているところだけれど、訳の分からない状況に強制的に投げ込まれている今、そんな余裕は無かった。彼の顔がさらに近づいて、吐息が肌に感じられる。


「深い傷じゃなさそうだけど、結構出血しているね」

 そう言うと、いくつもの金色の光の輪が私を包んだ。これは回復魔法のエフェクトだ。痛みは穏やかにすうっと消えた。


 傷は治ったし、目の前の美青年は敵意は無さそうではある。信用できる人間かどうかは別として、頼っても良さそうな相手に思えた。そんな私の様子を見てか、彼は軽く微笑んだ。


「ところで君も異世界から……というか、『ダスク・オブ・ジ・エンパイア』のプレイヤーだと思って間違いないかな?」

 私が頷くと、彼の目に同情の色が浮かんだ。


「そうか。もしかしたら護送されている最中に聞いているかもしれないけれどね、この村の住人は全員が君と同じようにあのゲームのプレイヤーなんだよ。何故かゲーム中で使っていたプレイヤーキャラクターの姿でこの世界にやってきて、問答無用でこの村に送られた。今の住人は俺を含めて七人。君を入れれば八人になる」

 そう言って彼は軽く身を乗り出した。


「この村の住人にはもう一つ、共通点があるんだ。全員がMOD開発者(モッダー)なんだよ。俺の名前は『KeiZ1994』皆からは『ケイジ』って呼ばれている」

「まさかKeiZ-UIの開発者!?」

「へぇ、知ってくれているんだ。俺もまんざら捨てたものではないのかな」

 そう言ってケイジは照れ臭そうに笑った。


「KeiZ1994」と言う名前がもたらすインパクトは、彼の乙女ゲームから抜け出たような容姿が与えるそれを遥かに上回る。掃いて捨てるほどあるMODの中で、最も普及しているMODを挙げるとすれば、ユーザーインターフェースの改良により操作性を向上させ、さらにバグフィックスを含んだ「KeiZ-UI」に間違いないだろう。殆どのユーザーはプレイヤーキャラクターの顔を美化するMODを使用しているけれど、フィクション的な美しさを追求した「フェア・スキン」派と、自然でリアルな美しさを追求した「スムース・フェイス」派に分かれる。体型MODも同様だ。でも「KeiZ-UI」には競合が居ないのである。私もまた「KeiZ-UI」にはお世話になっていた。


 こんなビッグネームとご対面することになるなんて、昨日までは想像もつかなかった。まあ、異世界に飛ばされている今の状況を思えば、何が起こっても不思議ではない。


「君もMOD開発者(モッダー)なんだろう? 名前を教えてくれるかい?」


次回、チュートリアル

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